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 睦が俺の部屋にあがってきたのは、夜の九時を過ぎていた。

鍵は渡してあるから、勝手に玄関を開けて入ってくる。駅から自宅に寄らず、直接来たみたいで、汗だくになりながらギターを背負っていた。


「ああ、涼しい。シャワー借りてもいい?」

「もちろん。夕食は?」

「二人ととってきた」


 二人とは、バンドメンバーであるドラムスの大学生と、ベースの真美と、ということだ。

 睦がシャワーを浴びている間に、炭酸水とトマト、胡椒たっぷりのサラミを用意して部屋に運んだ。睦の食の嗜好は、酒飲みそのものだ。


「なんかサービスよくない?」


 シャワーから戻ってきた睦が、座卓に並んだものをまじまじと見て訊く。


「久しぶりに食材の買い出しに行ったから、ついでに買ってきた」

「へえ、ありがとう」


 嬉々とした顔になって、胡座をかいて炭酸水を飲み込む。俺は味もそっけもないと思うのだが、睦はこれが大好物なのだ。

 綺麗に喉仏が上下する。それをしっかりと目に焼きつけた。

 こんな一瞬すらもう、疚しい思いをせずに見ていられる幸せを、噛みしめる。

 しばらくして睦のスマホが鳴った。


「ああ。拓んち。…今日? 分からない。たぶん泊めてもらう。――もちろんしますよ。これから数学と化学、勉強する予定だし。…はいはい。…はいはい。分かってます。ご心配なく。じゃあね」


 訊ねずとも分かる。おばさんからだ。

 夕方に会ったおばさんの言葉が胸によみがえる。

 俺は、睦をこのままどこかに連れ去って、睦の両親から永久に隠してしまいたい衝動に駆られた。

 睦のそばに寄り、手からコップを取りあげて座卓に置く。睦がきょとんとして俺を見あげる。そんな睦の腕をとってベッドに誘った。


「どうした?」


 睦はいつになく動揺したらしい。肩を倒すようにして横たえると、まじまじと見上げてくる。それから、おどけた声を出した。


「やけに積極的じゃん?」


 キスをした。舌を滑り込ませる。ゆっくりと歯列に這わせて、その奥の粘膜を味わった。

 切なくて、鼻がつんとしてくる。一人でセンチメンタルになって、バカみたいだよな。


「何かあった?」


 潤んでしまった目に気づかれ、睦が心配そうに問う。その優しさに、いっそういたたまれなくなった。また唇を重ねる。これは自慰だ。もしくは、傷を舐めあうようなもの。

 大切な睦。

 自分で決めた道を自由に進んでほしい。

 そしていまは、俺たちだけの時間。

 ここは俺たちだけの場所。

 誰も邪魔しない。誰にも邪魔させない。

 でも、分かっている。ここですら借り物だ。俺が母さんから借りている、この世の仮り住まい。俺たちはそれほどまでに非力なのだから。


 キスの音をさせながら、俺は考える。

 いつか、本当に俺たちの場所といえるものを手に入れたい、と…。

 むかし二人で作った「積み木の家」みたいに。俺たちは俺たちの手で、真に俺たちのものと呼べる空間を手に入れたい。

 睦の上に身を重ねてキスをしているうちに、気分が高まってきた。

 腰の真ん中を擦りつけると、あっという間に勃った。睦のも勢い付き、また抜きあおうというそぶりをしたので、その手を止めた。


「今日は、入れて欲しい」


 睦は一瞬、何を言われたのか分からなかったみたいだった。少しの間、絶句した後で、口を開く。


「何かあったんだろ、拓」


 なぜ、分かっちゃうんだろう。

 つくづく不思議に思う。俺の異常というか、いつもと違うところを、睦は鋭く見抜く。


(いや…俺だって、そうなのかもしれない)


 好きだから。睦のほんのわずかな変化だって気になる。


「昼間、おばさんに会ったんだ。医学部に行けって助言してくれって頼まれた」


 睦が唖然とする。


「まったく、お袋のやつ」


 苦い顔をした後、すまなそうに俺を見る。


「ごめんな、嫌な思いさせて」

「謝るな。でも、お前がなんだか可哀想で――」


 喉に塊がこみあげてきて、泣き出しそうになった。


「心配するなって。親の言うことなんか知るか、だからさ。安心しろよ」


 睦の力強い言葉が、俺を励ましながら心に深く沁みわたってゆく。

 前髪を優しくかきあげられる。

 何度も繰り返され、心地よさに目を閉じた。かきあげられる一つ一つの動作から睦の愛情が伝わってきて、俺の胸のうちを震わせる。その指先から送り出されるあたたかさに、神経がとろけた。


「欲しくなってきた」


 睦の声にぞくんとくる。


「ああ…」


 相槌を打った唇を塞がれた。くるんと寝返りをうたれ、今度は俺が下になる。

 睦のキスは激しい。

 俺の頭を掴み、貪りついてくる。深く唇を割り、荒々しく押し入ってくる舌の動きに、俺は息さえままならなくなるのだ。

 それは睦がキスに夢中になっているというよりもむしろ、キスによって俺の所有権を主張しているように感じられるものだった。

 俺を所有し、支配する。そして、そんなふうに主張されるのは嬉しい。

 求められるまま、どうなってもいい。

 身体の芯に熱い興奮が湧いてくる。甘苦しくて、重ねられた手をぎゅっと強く握り返した。


「――!」


 舌を甘噛みされた。

 びりっとした衝撃が走り、切ない吐息が鼻から抜ける。疼痛と緩い快感が体の中心から込み上げてきて涙が滲んだ。

 シャツの裾から手が忍び込み、愛撫する。

 逞しく長い指が迷いなく胸の突起を摘んだ。恥ずかしいほど甘い悲鳴が出た。

 指先でねじるように揉まれ、快感が背中を抜ける。口に含まれ、甘噛みされて、腰の真ん中で快感がとぐろを巻く。


「睦…俺に入れて」


 入れて。貫いて。


「でも、拓がつらいから」


 生真面目に答える。本当に泣くぞ。


「でも欲しいんだ…。そんなふうにお預けするな」


 睦の首に縋りつき、逞しい首筋におでこをこすりつけた。


「そんな可愛い言葉、遣うなって」


 睦は困ったようだった。

 睦の唇が下降してゆく。盛りあがった場所をズボンの上からキスされる。大きく口に含まれ、背中がびくびくとしなった。

 それを脱がされる。勢い付いたものを直に舌でなぶられ、首をのけぞらせて俺は喘いだ。

 舌先で卑猥な音をさせながら睦は口淫する。初めての経験に、嫌だ嫌だと俺は首を振った。


「だめ…。イく…から、離、して――――」


 腰が小刻みに震え、肢体がひきつる。

 耐えきれずに睦の口内に吐精した。恥ずかしさと興奮に体がわななく。その震えを包みこむように、睦が覆いかぶさってきた。


「全身が赤いよ、拓。すごく可愛い」

「やだ。…入れてほしかっただけなのに。繋がりたかっただけなのに――」 


 俺だけこんなふうに快感を得てしまったなんて、申し訳ない。睦だって滾っている。そのまま俺を味わってほしい。


「準備がいるみたいだから、してもいい?」


 返事に迷っている間に俯けにされ、腰を高くあげられる。「そこ」に、ねっとりと睦の舌が這った。


「く…っ、そんな、こと、いらな…っ」


 睦の顔が俺の尻に埋もれている図を想像して恥ずかしさがピークになった。

腰をしっかりと掴まれていて動けない。睦は唾液をこれでもかと塗りつけながら指も入れてきた。すごい違和感だ。

指でこれほどなら、睦が入ってきたら俺はどうなってしまうだろう。

不安もあったが、睦と繋がりたいという想いの方が勝った。


「本当はゼリーか何かがいいらしいんだけど…。次までには用意しておくから。いまは、ごめんな」


 なんでお前が謝るんだ。

 男女ならば自然とできることができない。なんでこんなに俺たちは不便なんだと、むしょうに悲しくなってくる。

 指を増やされ、内壁をほぐされ、入り口を広げられた。違和感はあるけれど、睦の指遣いはどこまでも優しい。


「ごめん、汚いことさせて…」

「なんで。拓の体だ。隅々まで大好きだよ」


 あたたかな気遣いに視界が滲んだ。


「もう、いい…」


 仰向けになった。指を受けていた部分が切なく疼いていた。


「つらかったらすぐに言えよ」

「うん…」

 

 怒張をあてがわれる。大きかった。

 突き入れられると全身から汗が噴き出す。痛みに心臓が激しく暴れた。


「我慢できる?」


 頷いて答えた。


(我慢できる。きっと)


 我慢したい。睦を受け入れたい。その一心だった。


「俺の中――どんな…?」

「熱い。柔らかい肌が、すごくよくからんできて…気持ちいい」


 そんなふうに言われると、つられるように中が収縮して、ぞくんとくる快感があった。


「気持ちいい…けど…きつい…」

「ごめん――」


 どうしようもない。俺の肉襞が睦を求めて、しめつけたくてしかたないのだ。


「でも、お前が求めてくれているようで、嬉しい」


 そんなことを言ってくれる。

 様子を窺うような緩いピストンが始まった。時間が経つほどに心地よい波を連れてくる。

 もっと深く、激しいものが欲しくなった。俺は自ら腰を揺らして、深く咥え込もうとする。それに応じるように睦の抽送のスピードも増した。


「…んん、…んっ、…んぅっ、」


 こすりつけられる内側が、熱く爛れるのが分かった。それすら幸せだった。

もうずっとこうしていたい。

 睦さえいればいい。

 睦が勢いを増す。俺も昇りつめていた。



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