03「過去の清算」
ローグはふたりがズルズルと扉に血糊を残してすべり落ちるのを見ると長剣を右左に振るって大扉を切り裂いた。蹴りを入れる。轟音を立てて扉が崩れ落ち、謁見の間の向こうに王座が見えた。
遠目にローグはアルフレドを見た。隣にはシャナイアもいる。ふたりを見るのは十年ぶりだった。なんら感慨もない。
いまだ、息があったのか巨漢の騎士は悲鳴を上げながらうつ伏せのまま、国王であるアルフレドに向かって残った左手を伸ばして助けを請うている。
ローグは微塵の情も残さず巨漢の首筋の裏中央にある、いわゆる盆の窪へと切っ先を突き入れて絶命させた。
シャナイアが甲高い悲鳴を上げた。さらに進む。ふたりの顔。よく見えた。アルフレドはギリギリ二十代であるはずだが酒色と荒淫によって酷く肥満し、髪には白いものが混じっていた。一方シャナイアはかつての清楚な部分は欠片もなく、幾分豊満になったのか、熟した美貌が際立っていた。
巨乳を際立たせる胸元にザックリと切れ込みが入ったドレス。子を産んで豊かになった乳房は、はちきれんばかりに布地を突き上げ主張している。
だが、ローグはもはや彼と彼女にかつてわずかだが覚えた情も信義もなにひとつ感じなかった。
「待った、待ってくれローグ。おれは、おれたちはこんなことをする気じゃなかったんだ。事情が、事情があったんだ」
アルフレドは王の威厳も糞もない三下染みた声を出した。それが余計にローグの感情を逆撫でする。
「事情たぁなんだ。笑わせるんじゃねえ。俺たちがどんな罪があっておまえたちにここまで恨まれにゃあならねえんだ」
ローグは背負っていた首桶を床の上に置くと蓋を開けた。それから髪をひっつかんでチャズの生首を持ち上げて、ありったけの怒りを込めてアルフレドを睨み据えた。
ローグは腹の底から嚇怒していた。故郷の領地を滅ぼされた時も、これほどの感情は抱かなかった。
そう、自分は心のどこかではかつて共に生死を共にしたアルフレドやシャナイアたちを信じたかったのだ。だが、現実はどうだ。脅されたとはいえチャズはアルフレドの言いなりになった。アリスは地位に恋々として唯々諾々と王命に従い自分をたばかったのだ。
魔王に対しても、これほど烈火の如く感情を露にしなかった。ローグの真の怒りを目の当たりにした国王たるアルフレドは口も利けずに縮こまっている。
「そうか。弁解のひとつもねえのか。あたりまえだ。裏はとっくに取れてるぜ。おまえさん方がくっつこうが、そこはてめえの間抜けさ加減を笑えばすむこったがよう、アルフレド。おまえはチャズを死に追い込み、アリスの自尊心を傷つけ、この俺のたったひとりの妹であるジュディスを慰み者にした。王なら王らしく、ケジメってのをつけてもらいてえんだ」
「おれを斬るのか、ローグ」
「それだけのことをしたんだろうが」
「おれはこの国の王だぞ……! おれを斬れば国軍が、国がおまえを許さないぞ。ローグ、おまえは一生追われ続けることになるんだぞ」
脅しにしては尻つぼみな、説得力のない弱々しい言葉だった。ローグは剣の柄にペッと唾を吐きかけると彼我の距離を詰めた。王座まで五メートルもない。アルフレドは椅子からすべり落ちると、立てかけてあった聖剣を手に取った。
「逆賊が! 勇者であるこのおれに逆らうつもりのかっ!」
「そんな言葉、おめえから死んでも聞きたくなかったぜ」
瞬間、アルフレドは聖剣を引き抜こうと柄に力を込めた。ズッと刃が鞘から抜かれてゆく。だが、剣身が露になった時、アルフレドの顔に驚愕が奔った。魔王を討った聖剣は切っ先から根元まで完全に錆びついていたのだ。
「な、な、な、馬鹿な……!」
聖剣はすでにアルフレドを勇者であると認めていなかったのだ。戦闘にブランクがあり身体共にゆるみ切ったアルフレドがローグに勝てる可能性があるとすれば聖剣の加護だけであったが、その目は完全に消え去った。
アルフレドは膝からその場に崩れ落ちるとたるみきった二重顎を媚びるように震わせ泣き笑いのような表情を作った。
ローグが剣を構えてスッと前に出る。
だが、アレフレドをかばうようにシャナイアが絶叫した。
「待ってください、ローグ! わたしたちは、わたしたちは仲間でしょう? 栄えある勇者パーティーの信頼し合える真の仲間じゃなかったのですか? アルフレドのやったことは許せないかもしれないでしょう。けれど、わたしたち仲間だったんですよ? せめて、慈悲を! 彼に、償う機会を与えてくださいっ」
許しを請うようにシャナイアは両手を胸の前で組み、瞳の縁に涙を浮かべている。
同時にアルフレドは腰の短剣を引き抜いてイチかバチかローグに躍りかかった。
シャナイアに気を取られたローグに乾坤一擲の奇襲をかけたのだ。
だが、ローグは冷静に長剣を振り上げるとアルフレドの短剣を跳ね上げた。
アレフレドの表情。
絶望に染まっていた。
ローグはアルフレドの胸元に突きを見舞った。ずぶりと長剣の半ばまでがアルフレドの心臓に埋没する。力を込めて捏ねた。絶叫が響き渡る。血飛沫がバッと弾けて王座を濡らした。
ローグはアルフレドの顔面を蹴上げるとシャナイアを一喝した。
「王妃殿下。甘ったれちゃあいけやせん。勇者パーティーなんぞはどこを探してもありやしねえんで」
アルフレドはカッと喉から血の塊を吐き出すと転がった。
シャナイアは悲鳴を上げると呆然とローグを仰ぎ見た。
同時に、扉の向こうから数えきれないほどの騎士が津波のように流れ込んだ。
数百はいるだろう。
ローグは澄み切った湖面のような表情で彼らを見た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます