02「青の騎士団」

 すべてを知ったローグは老騎士の家を辞去すると王宮を目指した。やがて、王宮に通じるひと際豪奢な大門に到達した。ここには完全武装した重厚な鎧の騎士が十人ほど並んで、道行く平民を睥睨している。ローグは騎士たちの顔に驕り高ぶったものを感じて、胸の内がスッと冷えていった。


「ごめんなすって。王宮内の警備を司る隊長にお取次ぎをお願い申します」


 騎士たちは一同そろってギョッとした。ローグの恰好は王都では甚だしく浮いた格好なのだ。都では乞食でも、ここまで薄汚い服装の者はいなかった。それもそのはずである。ローグは半月あまり、休むことなく荒野を駆け抜け、無数のモンスターと野盗を屠ってその返り血を浴び、塵埃に塗れ切っていた。顔が映るほど磨き込まれた甲冑の騎士たちからすれば、話しかけてくること自体が想定外である。


「国王に謁見を願いてえんで。その旨を警備隊長殿にお伝えしてもらいたいと存じやす」


「なにを考えている、この気狂いが。一国の王がおまえのような野良犬と会うはずがなかろうが。この槍で突き殺されたくなければ、とっとと消え失せるがよい!」


 騎士が居丈高に怒鳴りつけた。さらには手にした槍をローグの喉笛にピタリと突きつけた。顔は侮られたと思い込んでいるのか怒りで朱に染まっている。ローグは、長く息を吐き出すと、帽子の庇を上げて顔がよく見えるようにした。


「国王陛下は……いや、アルフレドは会う。あいつはあっしに会わなきゃならねえ理由があるんで」


 不意にローグの全身から凄まじい闘気が噴出した。燃え盛るような怒りと強力なオーラで騎士たちはその場に凍りついた。格が違い過ぎるのだ。


 十余名の騎士たちはいずれもローグより頭ひとつ大きい巨躯の持ち主であったが、借りてきた猫のようにへなへなとその場に座り込むと、完全に戦意喪失していた。


「勝手知ったる場所ってことで。案内は不要にござんすよ」


 王宮に続く門を潜り抜けると、広場に出た。今度は年季の入った紅のマントを身に付けた騎士たちがバラバラと駆け寄ってきた。ザッと見ても百名近い。ローグからすれば誰も彼も見覚えはあるが、実力的にどうということもない輩ばかりだった。


「おまえは、どこの誰だ。まさか――」


 年嵩の四十年配の騎士が青白くなった。ローグは担いでいた首桶を手に持ってズイと前に一歩進み出た。塩漬けにされた首桶から独特の死臭が滲み出て、騎士が怯えたように後退った。


「ローグが盗賊チャズの首を持って戻ってきたと、国王陛下に伝えておくんなせえ」

「拝見いたす」


 年配の騎士は硬い表情のまま首桶に一礼すると中身を検めた。ギョッとした様子でローグを仰ぎ見、ようやく目の前の人物が伝説の一角を担っていた男であると知ると態度を改めて、小者に命じて上役に判断を仰ぐよう走らせた。


 しばらく経つと、ローグは若い従騎士によって謁見の間にゆくことを伝えられた。ここまでは順調だ。正規の取次ぎを経ずに殴り込みをかけても良かったのだが、それではアルフレドの顔を拝まずに地下に向かう可能性もあった。少なくとも、王宮にはローグに優るとも劣らない腕前の騎士が多数いる。


 しかし、ここに至ってローグは屍山血河を築いても突き進まねばならない事情があった。


 謁見の間に続く渡り廊下を半ばまでゆくと、目の前の大扉が開いて完全武装した騎士たちがバラバラと十人ほど現れた。


 左右から庭園を突っ切って二十人ほどがローグを包囲する。さらに後方からも十人ほどの騎士が現れ退路を断った。合計四十人。ローグは厳しい面持ちで前後に視線をゆっくりと送った。


「そうかい。端からそっちがそういう腹積もりならこっちも手加減はできねえ」

「逆賊ローグだな。国王を弑し奉ろうとはなんたる悪逆非道。我ら青の騎士団がお主を冥府に送って進ぜよう」


 青の騎士団は名うての剣士を集めた王国における精鋭中の精鋭だ。だが、ローグは落ち着き払った様子で長剣を引き抜くと表情のない顔で言った。


「降りかかる火の粉は払わにゃならねえ。怪我したくなきゃ黙って回れ右をして出ていくんだぜ、嘴の黄色いヒヨッコども」


 騎士たちは青白い輝くような鋼の甲冑を着ているが、顔色は紙のように真っ白だった。体格はみな百九十を超えるローグと遜色はないが、酷く若く、二十歳前後の者が多かった。ローグの腕前を聞かされて育ったのか、みな抜剣しているが突出して斬りかかる度胸は持ち合わせていないのだろう。


「行かねえんならこっちから行かせてもらうぜ」


 ローグが渡り廊下を歩き出すと緊張に耐え切れなかったのか、ひとりの騎士が躍りかかった。それが合図だった。ローグはゆらりと動くと自然な動きで剣を振るった。騎士たちにはなにが起こったのかわからなかったのだろう。騎士は長剣を振り上げたまま、ぴたりとその場に凍りついた。ローグが長剣を素早く振ると、濡れた血が廊下の大理石を汚した。長剣を頭上に振りかざした騎士は、数秒後、上半身がズレ落ちるようにして床石に転がり落ちた。


 凄まじい剣速である。ローグが鋼の甲冑を切り裂けるのは刃に強烈な闘気を纏わせているからだ。これにより、長剣には人間の血脂が巻きつかず、刃こぼれひとつせずに敵を斬り殺し続けることができた。


 それがキッカケになって前後左右から騎士たちが一斉に斬りかかってきた。瞬間の斬殺に脳の理解が追いつかなかったのだろう。攻撃に移った理由は勇気よりも怯えが強かった。


 ローグはほとんどその場を動かずに、二十人以上を瞬く間に斬り伏せた。右に左にローグが動くたび、屍が積み上がってゆく。この間に一分もかかっていない。


 四十人の騎士の半分をあっという間に斬られた青の騎士団の隊長は歯の根をガチガチと咬み合わせながら、怯えを隠さず左右を見た。


 二メートルを超える巨漢の騎士が巨大な戦斧を振り上げながら打ちかかってくる。隊長の前で勇気を見せたかったのだろうが、それは彼の死を早める以外のなにものでもなかった。ローグが長剣を振ると巨漢の騎士は右腕を半ばから斬り落とされて絶叫を上げた。


 隊長はついに恥も外聞もなく謁見の間のほうへ逃げようとしたが、同じく怯えに取りつかれた巨漢の騎士の背中に扉ごと挟まれた。閂がかかっているのだろう。激しい重みに耐えかね隊長が女のような泣き声を上げた。


 ローグは両手で長剣を握ると、全体重をかけて真っすぐに刃を繰り出した。

 諸手突きだ。

 闘気を纏った長剣は巨漢と隊長を扉に縫いつけて絶命させた。


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