5 崩壊の章
01「王都ロムレス」
――俺より無口なやつは久方ぶりに見たな。
山を駆け下りながらローグは思った。
アレフレドとシャナイア――。
恋敵であったと思われるアルフレドの嫉心に満ちた殺意は織り込み済みであったが、シャナイアのそれは衝撃だった。
これがローグひとりだけに向けられたのならば、自らの業であると受け止め切れたのだが、事実、弟分であったチャズは死に、妹分であったアリスは事実上は地位を剥奪されて追放を受けている。ローグがもっとも嫌悪した王宮内の腐り切った派閥抗争の末にだ。
自分がシャナイアに袖にされただけならば笑い話ですむ。しかし、自らの権力を補強するために周囲を振り回して、さらには妹であるジュディスの幸せを奪い、チャズを死に追い込んだふたりは絶対に許せなかった。
凍りついてピクリともしなかったローグの胸の内に激しい怒りが巻き起こっていた。
相手は国王となった元勇者であり、王都には十万からの兵士が詰めている。剣士や魔道士など、それこそ手練れが掃いて捨てるほどいるのだ。
ローグが歩き出したシト山のふもとから王都ロムレスガーデンまでは数百キロを超えている。しかも、進む道は整備などされておらず、ゆく手には無数の森とモンスターと賊が蔓延っている。それらを加味しても、ひと月はかかる旅程をローグはほとんど駆け足に近い速度で抜けていった。
昼も夜もなく歩き続けた。食事は、最後の七日はほとんど取らなかった。通常の半分ほどの速度で歩き抜いたローグの顔には、疲労による消耗といった軽さではない、文字通りの死相が浮かんでいた。
ローグの胸には冷たいまでの殺意と燃え盛る強烈な怒りの炎が混在している。王都に入る直前でローグは休憩をようやく取った。
ほぼ、十五日間、眠らずに歩いた。食事を取ったのは数えるほどだ。王都に入る前に身体を充分に回復させる必要性がある。
ローグは、森で魚を数十匹捕えると、たっぷりと塩をかけて腹の皮が弾けるほどに貪った。それから清水を大量に飲み干すと、ひんやりとした洞穴で泥のように眠った。
四十八時間、微動だに動かず休息を取ったローグの体力は十全に回復していた。装備を点検して、最後に抱えていた首桶を下ろしてチャズと対面した。
「今日はよろしく頼むぜ」
久方ぶりに仰ぎ見たロムレス城は十年前となにひとつ変わりはなかった。ローグはチャズの首桶を背で担ぐようにしながら、順次、入城待ちをしている列に並んだ。王宮の政治がどうであれ、魔王軍の攻撃がないだけ国民の負担は小さいのか、誰もが笑顔にあふれて、仮初であっても世界は平穏に満ちているように思えた。
王都ロムレスガーデンは城塞都市だ。外敵の攻撃から耐えうるように、厚く高い城壁囲まれており、通行手段は東西のふたつの門から入る以外に方法はない。番兵の前に立つ。
「通行証を見せよ」
剣聖としての称号を剥奪されたローグの身分を証明するものは冒険者ギルドの許可証しかないが、それで充分だったのだろうか中に通された。城内は活気に満ちあふれている。この繁栄が、ローグや名もなき者たちを踏みつけにした結果であるとするならばこれほどむごいことはないだろうと忸怩たる念を抱く。
ローグはまず、城内にいる旧家臣で信用のおける老騎士を訪ねてチャズやアリスから聞いた話の裏付けを取った。
二十五歳であるジュディスが無理やりアルフレドの側室に入れられたのは確かなことであった。いくらエトリアがロムレスの属国であるとはいえ、これでは盟主であっても諸国から信を失ってしまう。
間違いなく魔王を斃した時のアルフレドは勇者にふさわしい貫録と慈悲を備えていたが、たかだか十年程度でそれらを失ってしまった。ローグは空を仰いで嘆息した。
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