02「暗殺部隊」

 言葉を交わさなくともローグはチャズがいう臨時の隠れ家がどこであるかおおよそ見当はついた。


 ウェアウルフの少年はかなり賢い。ほんのちょっとした目につきやす部分の灌木の枝を意図的に折り曲げたり、それとなくあとに続きやすいよう目印を残してくれているので、後を追うのはたやすかった。


 深い林に入ったところで雨が降り出した。枝葉に遮られてそれほど濡れないのが不幸中に幸いであった。空を見上げる。雲の濃い部分と、陽光の差す晴れ空がくっきりと分かれている。空気の動きと臭いでローグは長く降らないだろうと見当をつけた。


 獣道を抜けると広い野原に出た。背後と左手には雑木林が広がっており、右手にはだだっ広い荒野がどこまで続いている。


 先ほどまで、小うるさく鳴いていた土鳩たちが一斉に騒ぐのを止めた。不気味な静寂である。ローグは本能的に危機を感じ取った。それは後方のチャズもアリスも同じらしく、ローグの背に隠れるように動きを止めていた。


「どうやらここが正念場のようでござんす」

「だな」


 チャズがアリスを背負ったままわずかに鼻を蠢かした。盗賊であり直観力は勇者パーティーの中でもずば抜けていたチャズが危険の正体を探っている。ローグたちがいる場所はかなり高い丘になっており、もう二、三十メートル進むとゆるやかな傾斜があり丈の長い熊笹が生えた平地が広がっている。


「さしずめ、丘を下り切ったところが一番臭ェや」


 チャズが指摘すると同時に、熊笹の中から七人の男が現れた。全員が漆黒のローブを纏っており、頭巾で顔を覆っているので人相はわからないがいずれも手練れなのは発する闘気から窺い知れた。


 隠れてつけ狙うのは、無論、仲良くするためではないことはわかり切っている。アリスが仕事を仕損じた後片付けをする。そんな汚れ仕事を請け負う男たちは、どこにでもいた。


「アイツら……王都の暗殺部隊よ……」


 アリスが言うが早いか男たちは杖を向けるとローグたちに向かって魔法を放った。


 魔力の籠った弾丸が矢継ぎ早に迫る。ローグは咄嗟に身をかがめた。爆裂魔法は放物線を描いてローグたちのわずか後方に落ちた。途端に、耳を聾する魔力の爆発が起こって激しい衝撃を受けた。


 こちらが先に発見していなければかわせなかっただろう。剣の達人とはいえ、高濃度である魔力の塊を受ければ当たりどころによっては致命傷になりかねない。


 アリスは深手を負っている。ローグひとりならばどうでにもできる状況であるが、アリスには問い質すことが残っていた。彼我の差は三十メートル。十秒とは言わない。数秒稼げればローグは七人の敵を斬り伏せる自信があった。


「お、ろして……早くっ!」


 悲鳴のような声。アリスだった。


「わかった!」


 チャズが慌ててしゃがみ込む。アリスが転がるように地面に落ちた。ほぼ同時にアリスの詠唱が聞こえた。大気中のマナがたちまちに収斂する。エルフであるアリスの魔法技術は人間の比ではない。その危険さに気づいた暗殺部隊が再び杖をこちらに向けるのがわかったが、熟練の魔道士であるアリスのほうが早かった。


「もう、遅いのよ!」


 かざした右手。まばゆいまでに白熱した。ローグもあまりの輝きの強さに視線を逸らした。ほぼ同時にアリスの右手から生まれた巨大な風が刃となって前方にいる男たちを襲った。


 風の魔法ウインドカッターだ。この魔法は磨き上げた魔力の風が刃となって敵を襲うアリスの十八番である。巨大な風の刃が幾重にも凄まじい音を立てて放たれる。


「すげえ……」


 感嘆の声をチャズが上げた。ローグも思わず目の前の惨状に生唾を飲んだ。アリスの放った風の魔法は暗殺部隊を誰ひとり余さず斬り刻んだ。


 まな板の上で人間を千切りにすればこうなるのだろう。なんら抵抗することなく、人間だったものが肉片となって散らばる光景は幾度見ても慣れるものではない。


「……アリスさまを、舐めんじゃないわよ」


 伝法な口の利き方でアリスが地面に顔を伏せた。最後に残った力を使い果たしたのだろう。早急に休める場所で治療を行わねば本当に命を落とすことになる。


 そう思った瞬間、ローグは後方から駆け寄る幾つもの足を音を聞いて愕然となった。顔を上げる。見れば、三十を超える黒尽くめの男たちがいた。見間違うはずもない。今度はローグもよく知るロムレスの暗部を司る死神部隊だ。


 彼らは、先ほど斃した者たちとは違って魔法だけではなく剣も使う。苦戦が強いられることは間違いない。いまの状況では悠長なことをしている暇はないのだ。


「兄貴、とっととアリスを連れて先にゆくんだっ! コイツらはオレが引き受ける!」


 大声で叫んでチャズが突進していった。ほぼ同時に、後方の雑木林から巨大な火球が幾つも飛来する。さすがにチャズは素早く右に左に動いて火球をかわしながら距離を詰めていた。


 迷っている暇はない。ローグはアリスを背負うと振り返らずに、斜面を駆け下りた。熊笹の向こうにひょこと犬耳がわずかに立つのが見えた。


 チャズの奴隷であるレオがいた。ローグは駆けながら、いまさらどうしてかつての仲間と昔のように危機を超えているのかと、どこか不思議な気分であった。


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