3 冒険の章

01「人魂モンスター」

 ローグが闇に目を凝らすと幾つかの光点がボッと青白く燃え上がり、存在を強調した。


 数は五つ。


 木立の向こう側から、ゆっくりとローグたちに向かってくるそれは、実態を持たないアンデッドモンスターに属するとされるウィル・オ・ザ・ウィスプだった。


 要するに、青白い鬼火のモンスターだ。脅威度は低いが、実体がなく、宙をすべるように動くので冒険者からはかなり忌避されている。ウィスプは実体がないだけに、噛んだり切り裂いたりの攻撃はないが、この鬼火に絡みつかれると衣服が燃えたり、肌につけば性質の悪い火傷を負う羽目になる。


 ウィスプの火傷は魔法による怪我と近く、治りは通常の火傷に比べれば、倍はかかると思ってよい。夜しか出現せず、音も出さず鳴き声もないので接近はかなり気づきにくく、それほど強くはないが大群に包囲されれば死ぬ確率は高いと言えた。


 ローグは頭陀袋から小型の瓶を取り出すと、すでに抜剣していた刃の部分に中身をザッと振りかけた。


 瓶の中身は教会で聖別された清らかな水である。普通に攻撃して掻き消せないこともないが、その場合は武器がウィスプの核に当たるという条件があるので、難しい。


 それよりも聖水の加護のある武器があればかすっただけでも消滅させることが可能なので、お守りがわりに冒険者が常備するのは当然の心得である。


 かたわらにいる神官騎士のフランセットを起こして戦えば、苦労はしなくて済むのだが、ローグはこれ以上なにか彼女に借りを作るくらいならば、自分が処理したほうが精神衛生的良いと判断した。


 ローグは聖水のしたたる剣を手に持つと、身を低くしたまま、樹木の乱立する地点に自ら踏み込んでいった。


 ウィスプがローグの挙動を読み取り、先制攻撃を仕掛けてくる。ローグは落ち着いた様子で、凄まじい速度で右方から襲いかかってくる二体の鬼火に向かって長剣を使った。


 刃の切っ先がウィスプに触れる。鬼火は途端にジイイと線香花火のような鈍い音を立てて、中心部分を白熱させると煙をだけを残して消滅した。


 この攻撃に警戒したのか、残った三体はローグの動きを見定めようと、頭上のはるか上をぐるぐると回転している。その奇妙な回転も長くは続かなかった。三体のウィスプは一体が、後方、残り二体がローグの斜め上から猛烈な勢いで突進してきた。ローグは長剣を逆手に持つと、後方に素早く突き出して、一体を仕留めた。


 ――残り二体。


 ローグは自らその場に仰向けに倒れ込むと逆手に盛った長剣を素早く二度振るった。


 狙い違わず刃はウィスプ二体を綺麗に両断すると、あとには静寂だけが残った。

 ほとんど呼吸も乱さずローグは完勝した。見るべきものが見れば、ローグの洗練された動きや剣法は魔王を斃した時よりもはるかに上達しているが、人ひとりいないフィールドでは評価する者もいない。


 旅立って十年、好む好まざるを別にしてローグは以前以上に自分の剣法から無駄な動きが消えていることがわかったが、それを知らせる者も興味を持つ者もいなかった。


 冒険者の評価はどれだけ凶悪な賊やモンスターを討ったかという結果だけであって、過程には誰も興味を持たないものだ。


 ローグが速やかに外敵を排除して野営場所に戻ると、よほど疲れていたのかフランセットはかなり景気の良い寝息をカーカーと立てており、起きる気配も見せなかった。


 無意識なのだろうか、フランセットは顔にかかった自分の髪を幼女のようにもぐもぐと食べていた。


 ローグはぴくとわずかに眉を動かし、佇立したままフランセットの寝姿を眺め、はだけていた毛布をかけ直してやった。


 ――今夜はこれ以上危険もないだろう。


 戻る際に、周囲に魔石を使ってちょっとした結界を張った。低級なモンスターが近づけば爆竹のような音が鳴るだけの簡易的なものであるが、ローグが深く寝入ったとしてもすぐ飛び起きれるだろう。剣を鞘に納めると抱きかかえた格好で目をつむった。夜が明けるまで、ローグは自分でも驚くほど深く眠れたことに、むしろ驚いていた。


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