04「奇妙な同行者」

「ローグさま。ご存じでしょうが、チャズがウォルズの街にいたという情報はかなり信憑性があるものなのです。けれど、相手は名うての盗賊です。おそらくは、たまに街にやってきて、日ごろは山野の奥深い場所にアジトを構えていると考えるのが自然でしょう。いくら、ローグさまでもたったおひとりで盗賊の根城に乗り込むのは危険であろうと、国王自ら教会を通じてわたしが手助けするようにと命が下ったのです」


「あいにくでござんすか、あっしはなにをやるにもひとりが性に合っているんで。ご助成のお気持ちは勿体ねえくれえなんですが、今回は……」


「ローグさまのお気持ちはわかります。おひとりで十年もチャズを追い続けていたと聞いております。確かに、ご苦労な並々ならぬものであったのでしょうが、国王もそれを悔いているのでしょう。だから、教会を通じてわたしをわざわざ派遣したのですよ」


 フランセットの言葉にローグの感情はさざ波ひとつ起こらなかった。ひと口に十年といっても、定住生活の十年と諸国を流れさすらう十年間はわけが違うのだ。


 自ら積極的に動いていないとはいえ、チャズを捜し出せぬままではローグは王都に帰ることもできない。


 さらに言えばローグはチャズと国宝の探索だけに心を砕いてはいられぬのだ。国王は、シャナイアとローグの過去に対する嫉妬なのか意趣返しかは知らぬが、路銀というものを一切送ってこなかった。


 となれば、旅を続けるにも食って生きてゆく手段を講じなければならない。チャズは逃亡の旅ゆえに、流れている。ひとつ所に留まらない。当然、追う側のローグも定住などは考えられない。よそ者を酷く嫌う排他的な地方で賃金を稼ぐには冒険者以外に方法はない。傷つけば、ロクな治療も受けられず、そのまま死んでゆくのは目に見えている。


 幼き日より、定住から縁遠いローグであっても、知り人がまったくいない場所ではやはり気を遣う。孤独は精神を摩耗させる。自らの存在価値が信じられない。なにもかもがどうでもよくなってくる。精神が荒廃すれば自ずと体調も崩れる。ギルドの依頼がこなせなければ、冒険者のような浮き草家業はその日から喰うに困るのだ。常に焦燥感と虚しさが心身を蝕む。


 ローグは自分と同じく元貴族階級の冒険者があっという間に零落してゆく姿を数えきれないほど目にしてきた。


 元貴族のお坊ちゃんも、初めは豪奢な装備に身を包み、自由を謳歌していても、やがて足を踏み外せば、金のためならばどんな汚いことにも手を染めるのだ。


 かつては貴公子然とした男もあっさりと、強盗、誘拐、殺人をクリアし、その最期は、騎士団に追われて膾に斬り刻まれてドブ川に骸を晒すなどは珍しくない。


 美麗で目の前にいるフランセット以上にお姫さまといった上流階級出身だろうと思われる女騎士も、食い詰めれば男のローグですら距離を取りたくなるような醜い浮浪者に媚びて春をひさぐなどありふれていた。


 ローグはフランセットの協力を断った。しかし、彼女はあきらめることなくローグのあとをついてくるので根負けした形で同行を許した。ローグは健脚であるが、フランセットも教会で厳しい鍛錬を積んできたと自負していただけあって、遅れずについてくる脚の速さは、実際たいしたものだった。


 ローグは夜の帳が下りると、森の中の樹木の下を宿と決め、支度にかかった。フランセットは、ローグのやることを興味深そうに見守っているが、自分で手を貸すという頭は端から無いようであった。


 ローグは手早く枯れ枝や木の葉を集めると火を熾した。野営では、真夏でも必ず火を焚くことは常識である。火は、明かりになる上に、煮炊きに必要で、思った以上に気温が下がった時は暖を取るために必要なのだ。


「ナイフの使い方お上手なんですね」


 フランセットが背後から覗き込みローグの作業に見惚れていた。小型のナイフは冒険者にとって必需品である。これひとつで、料理から枝の細工、伐採など多種多様な仕事をこなすことができる。


 野営を行うロケーションで決め手となるのは、主に、適切な温度が得られること、安全を確保できること、材料の入手が容易であることが求められる。


 温度は日当たりが良くて、乾いており、風に当たらない場所の三点が重要視される。


 逆に、野営するにあたって選んではいけない場所は以下の四点だ。増水の危険のある場所、折れやすい木の枝の下、強風が吹く場所、落石の危険がある場所などだ。


 川の中州などは急な雨で増水しやすく取り残される危険性があり、森ではわると頻繁に枝は落ちてくるので、折れそうな枝の下に野営するのは忌むべきものとされている。


 また、山の稜線、小高い丘の上は見晴らしがよいが、ひとたび天候が崩れると強風で吹き飛ばされる危険性を孕んでいる。


 崖の下なども風を遮りやすい心理的安堵感が得られるが、落石や土砂崩れの起きる可能性は常にあるので、こういった場所で休むことは熟練の冒険者にとってはまずありえないのである。


 冒険者にとって夕食は貴重である。移動は徒歩と相場は決まっているので、一日に消費するカロリーはそれだけでも夥しい。戦闘が加わると、街から街への半月足らずの移動で人相が変わるほど痩せこける例も少なくないのだ。


 ローグは沼に行くと瞬く間に数十匹のザリガニを釣り上げてみせた。ロムレス固有のザリガニは、低地の沼に多数生息しており、捕まえるのは難しくない。ローグは携帯用の簡易鍋を持っているので煮炊きには困らなかった。調理方法は簡単だ。ロムレスザリガニは捕まえた端から尾をぺキリと逆に捻じ曲げて引くと、糞の詰まった臓器を容易に除去することができる。これをしないと、ロムレスザリガニは臭みがあるので、よろしくない。


 ローグは臓器を抜いたザリガニを沸騰した湯でしっかりとゆでる。ここで熱の通し方が甘いと寄生虫などの危険性があるので、念入りに行う。ガンガンに沸騰した湯で二十分程度煮ると、ロムレスザリガニは綺麗なオレンジに近い色になる。これを引き上げて殻を剥き、小分けに切る。ニンニクや香辛料と共に油でしっかり炒め、仕上げに岩塩で味付けを行うと完成だ。


「ぷりぷりして美味しいです」


 この状況で無視をするのも難しく、ローグは貴重な栄養源を分け与えることとなったが、フランセットは小さな口をハンカチで隠しながらも舌鼓を打っていた。ロムレスザリガニの味は淡白で上等なエビに似通っており、野天では美味の範疇に入る。


 ローグは食後の茶をフランセットから受け取ると、油断なく周囲に気を巡らせていた。


「すみません、いただいているのにわたしばかり。ローグさまの分も取り分けますね」


 フランセットは右手でカラトリー入れからフォークを取り出すと、向かい合っているローグにそのまま差し出した。ローグは左手にナイフを持っていた。


「どうしました?」


 フランセットがにこやかに聞いてくる。左手のナイフを右に持ち替える。それからローグはわずかに片眉を上げ、空になった左手でフォークを受け取った。貴重なカロリーを摂取しておかねば明日から差し支える。ローグは黙々と食べるが、フランセットは気にも留めず鼻歌を口ずさみながら左手の小指を自分の髪にくるくると巻きつけ弄んでいた。


「火を見ていると落ち着きますね」


 どうやらお嬢さまは腹が満たされると眠気が襲ってきたようだ。うつらうつらと舟を漕いでおり、いまにも沈没しそうなのである。この体たらくでは、ひとりでフィールドを移動することは無理であろう。


「先に休んでいてくだせえ。見張りは、あっしがしておりますので」

「ふああ、それじゃあ、わたしは先に休ませていただきますが……ローグさま、時間になったら交代しますから安心してくださいね」


 それだけ言うとフランセットは持参した毛布にくるまりながら、横になると寝てしまった。


 フランセットの寝顔は無邪気だった。ローグはわずかに生き別れた年の離れた妹のことを思い出していた。


 あれは故郷を魔王軍から取り返そうとして、家臣たちと転戦していた時期だ。戦は凄まじく、七つ下のジュディスの生死はわからないが、風の噂も聞かないところ、死んでいると考えたほうが自然だった。


 ローグが最後に見た妹は十三歳の少女のままだった。母譲りの美貌を持つ少女の命も戦場の霧と消えた。


 ローグは過去のことを女々しく思い出す自分に、自嘲した。愚かなことだ。過去を振り返っても、意味はないというのに。

 それから火が耐えぬように配慮した。


 火を焚くのは明かりと保温のためである。野宿をやったことのない人間が勘違いしていることが多いが、野生動物も魔獣も火を恐れることはない。それどころか、ある程度知性のある動物は好奇心が旺盛なので、闇の中に光があれば確かめずにはいられないので寄ってくる。防犯効果はないが、生きていくためには必要なのだ。


 ローグは長らくの旅で、休んでいるようでいて周囲に気を巡らすことが自然とできた。あからさまに敵意を含んだ個体が近づけば、すぐ身体が反応するようになっていた。これはローグの特技のひとつであり、脳を片方ずつ数時間ごとに休ませることで、どのような状況でも戦闘態勢に移行できるよう進化したといってよい。


 フランセットが寝付いてから四、五時間が経過した。旅人は就寝時間が早いので、時刻は日付を過ぎてまもなくである。ローグは両眼をつむって座り、背後の樹木に背を預けていたが、強烈な殺気を感じて目を開けた。闇の向こう。幾つかの黒いオーラをまとった生き物がゆっくりとこちらに忍び寄っていた。




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