01「竜殺しのローグ」
実に特徴のない街であった。
ロムレス王国でも南東部に位置するぺギルの街。
戸数千三百余
人口五千二百弱
取り立ててパッとしない街だ。
名産品も目立つ資源もない。
隣国には軍事国家エトリアと近接しているにもかかわらず、王都より遠く離れたぺギル近辺に常駐する兵数は極度に少ない。
それだけこの街は重要視されていない証拠だ。
現に、紛争が起きるたび、真っ先に狙われ踏み躙られる過去があった。
一歩街を出れば街道や荒野には野盗やモンスターが跳梁跋扈している。到底住みやすいとはお世辞にもいえない治安状況だ。
このような辺境地帯の街では治安の維持に必要不可欠として、冒険者ギルドが設立されたのは当然の成り行きであった。
冒険者――。
相互扶助会である冒険者ギルドで依頼を引き受け、それを達成することで日々の生活の費えを稼ぐ。
風来坊、自由人と良く言う人もいるが、実情はお綺麗なものではない。
堅気からすれば冒険者はその日暮らしの野良犬というのが正解だ。
出自が貴族や教会騎士団などに、連なっていなければ論外である。
糞度胸に長けて、多少智慧があり、バイタリティの強い者だけが生き残れる弱肉強食の世界。
構成する層はまさしくピンからキリまでだ。
身分ある貴い元貴族の騎士もいれば、懸賞金のかかったお尋ね者、職業的犯罪者も混じっている。
結論、冒険者は自由と無道の象徴であった。
「あの、本当に大丈夫ですから。わたしのことは構わないでください」
「そう邪険にするんじゃねぇよ」
「俺たちはよう、冒険者の先達として流儀を教えてやるって言ってるんだ」
「なあんも怖いことはねぇよ」
「仲良くしようぜ、シスターのお姉ちゃん」
冒険者ギルドの入り口前。
苔むした赤煉瓦の建物の階段付近で、少女と四人ほどの男が言い争っていた。
いや、言い争うというのは正しくはない。
一方的に少女が絡まれているのだ。
「とにかく理屈はどうでもいんだ。俺たちとつきあえよ、シスターちゃん。いい目見させてやるって言ってんだろーがよ。ん?」
無精髭の男が、馴れ馴れしく肩を抱き寄せようとするが、少女は身をよじって逃げる。
「ギルドの手続きのやり方でしたら教会で確認済みですからひとりでできます。あなたたちのお気持ちはありがたいのですが」
服装や物腰から少女はこの世界でもっともスタンダードなロムレス教会の修道服を身に纏っていた。
おろしたてのよい生地を使っているのであろう。
純白のローブに清い青の装飾がより映えていた。
一点の汚れもない帽子の光沢は艶やかである。
また、少女自身の容貌も整っており、男たちが目をつけるのも当然であった。
「とにかく、間に合っていますから」
「いいからよう。俺たちがよう、冒険者ギルドの細かいところから懇切丁寧、やさしく教えてやるって言ってんだ」
「そうそう、手取り足取り腰取りなぁ」
経験のない新人冒険者が絡まれるのは珍しいことではない。それが、若く、愛らしい容姿の若い女であるならばなおさらである。
昼日中からの刃傷沙汰ならばギルドの職員も制止に入ることもある。しかし、この程度のことを自分で切り抜けられないようであるならば、この先冒険者としてやってゆくのは難しいと、通りすがる同業者も見て見ぬ振りがほとんどだった。
中には、暇潰しとでも思っているのか、愛らしいシスターが輩どもからどうやって逃れるかを下卑た笑みを浮かべて眺めている野次馬も幾人かいた。
シスターは時折、邪悪な群衆を振り返ってちらりと助けを請うような視線を送るが、誰ひとりとして仲裁に入ろうとはしなかった。
シスターの美麗な表情が困惑と焦りで歪む。
時刻はちょうど昼どきだ。
無責任な群衆はさらに増えた。
昼食を食い終わった街の人々は、まるで催し物を見るようにギルドの前へと集まって来るが、やはり見物するだけで声をかけようともしない。
本来であるならば、このような振る舞いは冒険者ギルドの格を落とす行為なので、良識のある上級クラスの冒険者が居合わせればそれとなく止めに入る。
しかし、ほとんどの者は外に出ている時間で、シスターにとっては不運だった。
「なぁ、姉ちゃん。そろそろ観念して俺らにつき合う気になったかよ」
歯を見せてさらに嬲ろうとした男たちに影が落ちた。
四人の男たちは同時に視点を入り口の扉前に移す。
瞬間、一同はギョッとしたように、身体を強張らせその場で凍りついた。彼らは示し合わせたように黙り込んだ。
そこには貫禄十分といった三十を少し過ぎたばかりの男が立っていた。
ギルドで用事を済ませて出て来たばかりなのであろう。
背は百九十を優に超えている。
長身である。
痩せてはいるが練りに練られた筋骨が窺える。
徹底的に絞った身体つきは俊敏さが窺えた。
被っているツバ広の帽子は風雨に晒され、かすれた色になっていた。
男の髪は灰がかった金。
砂のようにくすんで見えた。
古ぼけて鉤裂きだらけになった灰色の外套を纏っている。
小さな背嚢を背負っている。
煤けた外套は時折、強く吹く春の風になびいていた。
外套の合わせから覗く部分には古ぼけた革鎧が見える。
腰には恐ろしく長い剣を佩いていた。
整った顔立ちである。彫りは深く、女ならば思わず目を止めるような強い野性味があった。美男の部類と言ってよい。
しかし、男の眼差しは果てしなく昏かった。
表情も硬く他人を拒む厳しさがあった。
常に外を歩き回っているせいなのだろう。肌は浅黒いが健康的な印象はない。顔の輪郭はシャープだ。甘さというものがない。男はどこか虚無的なものを感じさせる空気を纏っていた。
痩せこけた頬と他者を突き放すような鋭い眼光が、人には決して馴れない凶暴な野良犬を思わせた。
「な、なにを見てやがんだっ!」
「おれたちのやることに文句でもあるっていうのかよ!」
少女に絡んでいた男たちは、誰もが二十そこそこであり、駆け出しの小僧と言ってよい。目の前の男とは勝負になりそうもない。あきらかに貫禄負けしていた。
「ど、どうだってんだよ! おっ!」
それが怯えとなって声として吐き出されたのだ。
「そこをどいておくんなさい」
男がようやく喋った。
錆びた、いい声である。
独特の威が備わっている。
迫力があった。
「あぁ!?」
男のひとりは怯えを押し殺したまま吠えた。しかし、完全に逆効果といっていい。声が完全に裏返っている。悲鳴にしか聞こえず、群衆のあちこちから失笑が漏れた。
もはやシスターに絡んでいたことも忘れて、男たちは、小動物が固まって身を守るようにして無意識のうちに身を寄せ合っていた。
「そこに立っていられると外に出れねえんで。どいておくんなさい」
「う、あ、あぁ……」
男がわずかだが前に出た。若い男のひとりが気圧されたように後退ると、騒動を見守っていた群衆が遠慮なく声を上げはじめた。
「ありゃあ竜殺しだぜ!」
「ってえことはあれが噂の竜殺しのローグか?」
「単騎で竜を討伐したっていうあの」
「だったら勝負は着いたもんだな。くちばしの黄色いひよっこどもはダメだな。田舎町の冒険者風情が相手になるもんかよ」
「待てよ、若造どもは言葉に訛りがある。この国のもんじゃねえな」
「他国者なら知らなくてもしようがないが」
「それにしたって、まったくもって貫禄が違い過ぎる」
「小娘に絡んでいい目を見ようとしたが、とんだお間抜けってやつだ」
「案外、悪いことはできねぇもんだな」
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