勇者パーティーは全滅した

三島千廣

1 放浪の章

序 かくして物語は始まった

「ねえ、あなたが今度お城にきた子なの」


 少女は見るからに高級な生地を使ったドレスを着ていた。少年は王宮の庭で木剣を懸命に振っていたので、少女の接近には不覚にも気づかなかったのだ。


 遠くで雲雀が楽しそうに囀っている。王宮の庭園には春の花が咲き誇っており、僻地の本領から越してきたばかりの少年にはまばゆく落ち着かないものであった。


 少年は平穏とは無縁の係争地に生を受けた。領主である父も剣と騎馬で各地を斬り従えた豪傑であり、弱さは罪だと教えられ生きてきた。


 一歳で立てるようになれば木剣を持たされ、意味もわからず戦士としての心構えを子守歌に育った。


 少年は女と話すと弱くなると頑なに信じていたが、故郷では見たことがない可憐な少女によって、わずかではあるが心を奪われていた。


「ねえ、聞いているのかしら。わたし、あなたに話しかけているのよ」


 少女は、大雑把に言えば五歳かそこらであるが、話す言葉はおとなと変わらずに流暢である。少年のほうが歳は幾つか上だろう。


 ロムレス王国でも辺境に位置する場所に故郷を持つ少年は、接する文化の違いもあり口は極めて重かった。


「ううん。もしかしたら、王都の言葉が通じないのかしら」


 こまっしゃくれた様子で少女が頬を桃色に染めて膨れた。ロムレス王国の版図は北から南、西から東は果てしなく広く、同国人であっても言語がまるで通じないということもよくあった。


「聞こえている」

「わ、びっくり」


 少年が木剣を下ろして喋ると少女は口元に手を当てて、わざとらしく驚いたふりをしてみせた。


 ――どう答えればよかったのだろうか。


 少年は困惑したまま上着を脱いだ。


「わ、わ、わ」


 少女が自分の目元を両手で押さえてその場にしゃがみ込んだ。素振りを長時間続けていたために、少年の身体は汗まみれになっていたのだ。


 汗で肌が濡れると、身体が冷えて病にかかりやすくなると、少年は剣の師に教えられていたので、実直に肌脱ぎとなった。


 とはいえ、まだ七歳では筋骨が育っているわけでもない。性別の違いなどわからぬくらいに、少年の胸も身体も細く、華奢である。ただ、特徴的なのは年齢にしては腕が長く、手だけはずば抜けて大きかった。


「あの、あの。はしたないですよっ。わたし、まだお嫁入り前なのですっ。淑女に対して、そのような不作法な。め、め、めですっ!」


 少女は真っ赤になって甲高い声で喚いている。とはいえ、少年は少女がどうして怒っているかわからなかった。故郷において少年は同年齢の女子とも、夏になれば裸になって川に入って遊んでいたからだ。


 ――王都で故郷の作法は通用しないのだろうか。


 少年は戸惑ったが、なにより勝手に鍛錬の邪魔をして難癖をつけてきたのは向こうのほうなのだ。屈するように、シャツを着るのは負けたような気がして業腹だ。少年は負けじ魂を燃やすと、敢えてなんでもないようなふりをして寒風に身を晒した。


「剣のお稽古をしていたのですか」

「そうだ」


 少年は黙りこくっていたが、少女が視線を動かさずにジッと見ているので仕方なしに答えた。


 少年は辺境伯である父により故郷から離れた王都に行儀見習いという名目で出された。


 とはいえ、実際は人質と変わらない。

 魔族と隣接した辺境伯は強い軍隊を持っていたために、王宮からは頼もしいと思われる反面、いつ諸侯の旗頭となって反旗を翻さぬかと疑われる損な役回りであった。

 よって、忠誠を示すために領主が嫡嗣を王都に送るのは慣例であった。


 上半身を布で拭っていると強い北風が吹いた。

 鍛錬で温まった身体には心地良かったが、薄着である少女は寒いのかぷるぷると震えている。少年は、樹木の下に置いておいたローブを手に取ると、放った。


「わふっ」


 少女の頭にローブがばさりと落ちる。

 しまったと思ったが、なんと言って場を繕えばいいか、わからない。少年は世慣れていないうえに女の姉弟もいないのでこういった場合はどう言えばいいかわからないのだ。


「ありがとうございますっ」


 可憐な花が咲いたように美しい笑顔だった。

 少年は自分の灰色の前髪をつかんで照れくささを隠すように言った。


「僕の名前はローグ。きみの名前は」

「わたし? わたしはシャナイア! シャナイアです! 今日からよろしくおねがいします。小さな戦士さま」


 それが戦士ローグとロムレスの第一王女シャナイアが初めて出会った日の記憶だった。

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