第10話

 老婦人がネックレスを見せびらかす。カクマは苦笑した。

「ははあ、アポートですか。確かにすごい」

「でしょう。妹さんも、きっとすぐに見つかるわ。そうよね、先生?」

「……必ず見つけてみせます」

 占い師がふわふわと手を動かす。何も知らない者ならば、神秘的に見えるかもしれない動きだった。だがアマリリにしてみれば、ロレインが途方に暮れていることは明白だった。

 少女を見つけられなければ占い師としての名前に傷がつく。といって少女を見つけてしまえば、誘拐を自白するのと同義だ。

 ロレインが唸る。カクマは彼女の向かいに腰を下ろした。

「難しいかな」

「ええ。何者か――邪悪な意志を持った者の存在が、私の占いを阻んでいるようです」

「邪悪な意志ときたか」

 カクマは顎に手を当てた。

「実は、妹は誘拐されたんじゃないかと疑ってたんだが……いや、どんなに探しても見つからないもんだから。ひょっとすると、あながち的外れな考えじゃなかったのかな。あんたの占いを邪魔してるのは、そいつらの意志かもしれない」

「心当たりがおありですか?」

「いや。ただ、三等客車への通路は施錠されてるからね。誰かに攫われたと考える方が、しっくりくる気がして」

「……なるほど。そうでしたか」

 ロレインの口数は、ローブを着ていない時と比較すると極端なほどに少ない。低く押さえつけられたような発声も不自然だった。おそらくはこれが、商売としての占いを成立させるために彼女が選んだやり方なのだろう。

「占いで確かめられないかな? 正直なところ、そちらの方が余程安心できる」

 ロレインが怪訝な様子で顔を上げた。

「安心?」

「わからないか」

 カクマはテーブルに肘をついた。天分明かしの水晶玉が置かれた円卓だ。

「二等客車で誘拐なんか企てるヤツだ。何人いても、所詮バカ揃いだよ。なんでもかんでも自分にとって都合良く進むとばかり思ってるから、計画性のない犯罪に走る。少し想定外のことが起きただけで狼狽えて、すぐ頭に血が昇るんだ」

 カクマは薄笑いを浮かべてロレインの兄を振り仰いだ。

「君のことだよ、フランツ」

 客引きの男は噴火寸前の火山さながらに目まぐるしく表情を変え、耐えかねたようにぶるぶる震えていた。アンバーウッドの宿屋で見たのと同じだ。

 男は制御を失くしかけている。

「兄さん」

 ロレインが気遣わしげに兄の袖に触れた。

「堪えて、兄さん。根拠のない言いがかりよ。……カクマさん、貴方もいい加減なことを言うのはやめて。鉄道警察を呼ぶわよ」

「言いがかりかどうかは、あんた方が一番良く知っているはずだ。なあ、フランツ?」

「カクマさん」

「宿帳を見せてもらったんだ。いい名前だな、フランツ。あんたも前線にいたんだって? どこの連隊にいたんだ。ひょっとしたら、すれ違うくらいはしてたかもしれない」

「……十七連隊だ、俺は」

 男は唸るように答えた。

「とすると、イーソスの方か。激戦区だな」

「ああ。キツかったよ」

 カクマは嘲るような笑みを浮かべる。

「嘘だよ。当時の十七連隊が担当してたのは北方戦線だ。イーソスなんかにはいない」

「……聞き違いじゃねえのか。俺は二十七連隊と言ったぞ」

「へえ、そうか。そいつは奇遇だな」

 カクマは襟章の数字を示した。

「僕がいたのも二十七連隊だ。でも、イーソスに行った覚えはないな」

「何が言いてえ」

「別に大したことじゃない。あんた、嘘吐いてるだろう?」

 その場の全員が、占い師の兄に注目した。その顔色は、もはや凄まじいほどである。

「前線に出たことはない。ひょっとすると、兵士ですらなかったんじゃないか。お前が酒場で話していた戦場経験は、自分に箔をつけるためのでっち上げだ」

「……だったらどうした!?」

 男は吠えるように叫んだ。カクマとの問答を挟んだせいか、フランツはまだ、多少の理性を残しているようだった。

「ああ、嘘だとも。俺は戦場なんぞ行ったことはねえよ。それがどうした! てめえの妹と何の関係があるんだ、ああ? 言ってみろ、今すぐ言ってみろ!」

「関係ないよ。今はあんた自身の話をしてるんだ」

 カクマは落ち着き払って指を立てた。

「妹さんから聞いたよ。頭を撃たれて、狂騒証明をもらったんだって? これも嘘だよな。戦場には行ったこともないんだから」

「それが――」

「関係あるんだよ。戦場帰りでないなら、あんたの暴れん坊に理由はないってことになる。フランツ、わかるか? 君は堪え性のないただのアホなんだよ」

 ぶつり。怒り狂う男の中で何かが切れた音を、乗客全員が聞いた。客引きの男はあらゆる制止を引きちぎり、暴走機関車じみた勢いで掴みかかる。全く同時に、カクマが天分明かしの水晶玉に触れるのが見えた。次の瞬間――。

「ギャッ!」

 目が眩むような閃光が食堂車を照らす。フランツはもちろん、そこここの乗客たちからも悲鳴が上がった。小さな太陽が車内に生まれたような光だった。

「後期型のスキルフィアか。やっぱり、ちょっと眩しすぎるな」

「なんだッ、クソッ!」

 フランツが目を白黒させながらナイフを引き抜く。三日前の夜、アマリリが宿屋で見つけた鋸歯のナイフだ。

「そう、妙だと思ったのはそれが最初だったんだ。本当の戦場帰りは、銃剣に鋸歯をつけたりはしないからね。……危なっかしいから、しまった方がいいよ」

 カクマは頭を下げて、男のナイフを躱した。

「フランツ、わかってるのか? 無関係の他人に刺さったら取り返しがつかないぞ。本当は虫も殺したことがないんだろう」

「うるせえ!」

 突き出されたナイフを避け、カクマは悠々と立ち上がった。男がまた、ナイフを振りかぶる。カクマは足を上げると、目の前の占い師を蹴飛ばした。ひっくり返ったロレインの鼻先を銀色の軌道が掠める。

「ほら、言わんこっちゃない。妹さんに当たるところだぞ」

 暴漢はもう答えない。返事の代わりに突き出したナイフは、アマリリにも見て取れる単調な軌道だった。

 兵士の手元で、小銃がくるりと回った。銃床が一瞬風を切り、鋭く男の肉を打つ。軽い音を立てて、鋸歯のナイフが転がった。手先を殴りつけられたフランツが、自身の得物を取り落としたのである。

 カクマは男に小銃を向けた。

「もうよせ。自分で言うのもなんだが、目が眩んでる相手が勝てる僕じゃない」

「……」

 やはり返事はない。男は獣のように荒い息を繰り返しながら、カクマの銃口を凝視している。それが意味するところを十分に理解しているのだろう。

 カクマは乗客に声をかけた。

「誰か、車掌を呼んできてくれ」

 乗客の多くはまだ、先ほどの閃光に目を回していた。カクマはざっと彼らを見回し、いち早く回復したと思しき紳士に目を留める。

「……そこのあんた。車掌を呼んできてくれないか? 後ろの詰め所にいるはずだから」

「わ、わかった」

 兵士の声は厳格で、逆らい難い圧力を持っていた。覚束ない足取りで紳士が駆け出す。彼が踏み鳴らした床の上では、他の乗客も正気付き始めていた。

「なんだってんだ、全く」「私、まだ目がチカチカするわ」「おい、見てみろよ……」

 広がる囁き声。占い目当てで集まっていた老若男女は、すぐに兵士と暴漢に気づいた。彼らが目を回している内に、何か大きな状況の変化があったらしい。見るからに剣呑な雰囲気である。そこから逃げるようにして立ち去る者が何人かいた。

 だが乗客の多くは、そのまま状況を注視することに決めたらしい。占い師の兄妹が集めた客は、ほとんどそのまま野次馬に化けた。

 もう十分だろう。突き倒されたロレインは、そのまま床に座り込んでいる。彼女の兄は銃口を突きつけられてまんじりともしない。アマリリは静かに食堂車へ入った。

「なんだ、もう来たのか」

 カクマが声を出す。視線と銃口を男に向けたままにも関わらず、少女に気づいたのは彼が最初だった。

「はい。カクマさんがひと暴れして、ロレインさんがしょんぼりしたようなので。……早すぎましたか?」

「少しな。もうしばらく待っていても--」「貴様!」

 男が吠える。カクマの声が遮られた。

「このガキ! どこから入ってきやがった!?」

「黙れ、フランツ」

「そうか、わかったぞ。お前ら、全部掴んでやがったな! ガキを解放してから、俺たちを笑いに来やがったんだ。舐めやがって、ちくしょう!」

「馬鹿め。お前の頭はそれだけか」

 カクマの銃口が男の胸を突いた。

「そろそろ口を閉じろよ、フランツ。僕の方はいつ引き金を引いてもいいんだ」

「……」

 暴漢は再び押し黙る。その瞳の中には、異様な光がギラついていた。

 まるで手負の獣だ。アマリリは拳を握りしめる。カクマの言った通り、もう少し長く隠れていた方が良かったかもしれない。だがアマリリには、どうしても占い師に確かめたいことがあったのだ。

 アマリリはカクマに耳打ちした。

「あの。ロレインさんと話してもいいですか」

「君を攫った相手だ。普通ならやめろと言いたいが……銃は?」

「部屋に置きっぱなしです」

「そうか。今後は常に持ち歩いた方がいいな」

 占い師の女はまだ目を回しているのか、呆然と座り込んでいた。

「まあ、近づきすぎなければ」

 カクマはロレインを一瞥する。不用意な間だった。その瞬間、男が懐に手を差し込むのをアマリリは見た。素早く引き抜かれた腕の先には、拳銃が黒光しており--。

「カクマさッ」

 叫びかかったアマリリの視界を、軍服の背中が塞ぐ。カクマが拳銃に立ちはだかったのだ。乗客たちが息を呑むのがわかる。

 車内に銃声が轟いた。立て続けに三発。

「ち」

 カクマの舌打ち。その手元で再び銃床が風を切り、男の拳銃を払い落とす。床に転がった薬莢が弾き飛ばされて、また軽い音を立てた。兵士はさらに小銃を振るう。

 ボカッ! 耳にしただけで顎が回りそうな、骨と木の激突音。暴漢の体がぐらりと傾ぎ、ゆっくりと床へ崩れ落ちる。「兄さん」とロレインが呟いた。

「ハァー……」

 カクマが長い息を吐く。

「最初からこうしとけば良かったな。君、怪我はないか?」

「わ、私は大丈夫です。でも、カクマさんが」

「僕なら平気だ。こんなもん」

 軍服の前をカクマが払うと、銃弾がばらばらと落下する。兵士の胸先で止まっていた弾丸はまだ発射時のエネルギーを残していて、床の上でコマのように回転していた。

 あまりに現実離れした光景。アマリリは己の目を疑った。

「え? これ……」

 至近距離から撃たれて、弾丸が命中した。それで無傷ということがあり得るのだろうか。

 アマリリが仕留めたことがあるのは獣ばかりで、人間を撃ったことはないが--いや、人間も大きな括りでは獣の一つだ。鹿や熊を殺す銃弾が、人間を傷つけないわけがない。

「異界兵だ……」

 野次馬の中から、かすかな声が上がった。その一言を皮切りに、ひそひそ話が爆発する。

「まだ生き残りがいたのか」「言われてみれば妙なツラだ」「どうしてこんなところに」……カクマは微笑を浮かべて彼らの話を聞いていたが、やがて肩をすくめて見せた。

「困ったもんだな。こんなところにまでお喋りさんがいる」

「あの、異界兵って」

「その話はまた今度な。ほら、占い師と話すんだろう」

 カクマが再び、銃をフランツに向けた。もちろん暴漢が目覚める気配は微塵もない。異界兵という言葉は、彼にとってのっぴきならない意味を含むのだろう。これ以上踏み込むべきではなかった。好奇心の行き先は他にいくらでもある。

 例えば--。アマリリは円卓を見下ろした。そこには、占い師の使う水晶玉が置かれている。

「先生。先生!」

 ロレインには先客がいた。最前、カクマに順番を抜かされた老婦人だ。夫と思しき紳士と共に、俯く占い師を気遣っている。アマリリは婦人に続いて声をかけた。

「ロレインさん。大丈夫ですか」

 女が顔を上げる。憔悴しているようだが、さほど顔色は悪くなかった。

「あら、アマリリちゃん。元気そうね」

 受け答えもしっかりしている。少女は内心安堵した。

「兄さんは?」

「カク……私の兄が気絶させました。首都までには目を覚ますと思います」

「そう、生きてるの」

 淡白にそう言うと、ロレインは抱えた膝に顔を埋めた。

「ごめんなさいね。貴女を捕まえてまで逃げ切ろうとしたのに、失敗しちゃった」

「それについては言いたいことが山程ありますけど--」

「ちょっと待って頂戴」

 割り込んできたのは老婦人だった。

「なら、先生は本当にこの子を? ああそんな、どうして……?」

 ふらりと倒れかけた婦人を、紳士が支える。ロレインが口の端を歪めて笑った。

「簡単。見られたからよ、お二人の部屋に入るところをね」

「部屋? 私の?」

「ええ。これをお借りするために入ったの」

 ロレインは自暴自棄を起こしたようにローブの袖を傾けた。ばらりとぶち撒けれらたのは、懐中時計、宝石付きの指輪、パールのネックレス。いかにも二等客車の乗客が持っていそうな貴金属類である。

「これは」

 紳士が手を伸ばした。

「私の時計じゃないか。見当たらないと思っていたんだ!」

「わかった? これが魔法の種よ、奥さん」

「つまり、貴女は……貴女のやっていたことは」

 老婦人がよろめく。ロレインは嘲笑った。

「全部インチキ。事前に盗んでおいた品物を取り出して見せただけなの」

「ああ、そんな。私、本当に貴女のことを信じてたのに。全て嘘なの?」

「そう、嘘なの」

 老婦人がへたり込む。紳士がステッキを振り上げた。

「だから言ったじゃないか! 占いなんぞ信じるな、何か種があるはずだと! これでわかったろう、蓋を開けてみればただの盗人だ!」

「あなた、そんなこと」

「何か間違ったことを言ったかね? この女は私の懐中時計と、君のネックレスを黙って持っていったんだぞ。盗人と何が違うんだ? おうい、みんな!」

 紳士が呼ぶまでもなく、乗客たちは集まってきていた。何か新しい揉め事が始まったのを察知していたのである。

「あら、その指輪!」「私のネックレスじゃない!」

 これまでとは別種のざわめきが、疑念と共に広がる。少し経って、彼らは気づいた。……我々は皆、まとめてペテンにかけられていたのだ!

「こいつ!」

 ロレインがアマリリを突き飛ばす。直後、足元の占い師に蹴りをくれた者が数名。ステッキを振り上げた者もいた。

 私刑が始まりつつある。ロレインをむざむざ殺させるわけにはいかない。アマリリは乗客の背中を掴んで引き剥がそうとした。

「やめてください! やめて、止まって……! そうだ、カクマさんも手伝ってください。このままじゃ--」

 そこから先は言葉にならなかった。興奮した客の肘鉄が脇腹に入り、アマリリを突き飛ばしたのである。だが、それで十分だった。

 ズドオン!

 一発の銃声が車内をどよもす。その場の全員が一瞬思考を中断し、轟音の主を振り向いた。先ほど大立ち回りを演じた兵士が、小銃を構えて立っていた。

「彼らは鉄道警察に引き渡す。私的な制裁は控えてもらいたい」

「だが、こいつらは!」

「私的な制裁は控えてもらいたい」

 カクマは異論を唱えかけた乗客に照準した。

「よろしいか?」

 よろしくない者がいるはずもなかった。暴徒は波が引くように下がり、後にはボロ雑巾のようなロレインの姿が残される。

「ロレインさん」

「はあー、へへ。悪いことなんかするもんじゃないわね」

 女は鼻血を拭った。

「貴女は大丈夫? どこも怪我してない? 私が言うのもなんだけど、首都での生活に差し障ったら大変よ。妙だと思ったら、早めにお医者に行きなさいね」

「本当になんですね……。でも、私は大丈夫です」

 正直に言えば、縛られていた手足や、肘鉄を受けた脇腹は痛みが残っている。だが彼女にとっては先ほどまでの空腹の方がよほど深刻だった。

「それで、何の御用かしら。誘拐犯に恨み言? 今なら何でも受け付けるわよ」

「いえ。実は、ロレインさんに聞きたいことが。その、水晶玉についてなんですが」

「え、水晶玉?」

 この期に及んでそんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。ロレインは意外そうに聞き返した。

「妙なものに興味があるのね」

「アンバーウッドで会った時から聞きたかったんです。これも、イカサマなんですか」

「ええ、そうよ」

 ロレインはあっさりと答える。

天分明かしの水晶玉スキルフィアって言ってね。人の適性を見極めるって触れ込みの、胡散臭いオモチャよ。どこかの倉庫にしまってあったのを、兄さんが見つけてきたの」

「そう、なんですか」

 占い師がテーブルクロスをめくり、卓下の空間を示した。果たしてそこには、小さな機械が設置されている。

「これは?」

「階差機関。水晶玉の正体よ。この歯車の塊が考えて、才能を判定してくれるんですって。内容は眉唾らしいけどね。スイッチを入れてみましょうか?」

 女が機械に触れた。円卓からかすかな唸りが上がり、水晶玉の中にアマリリもよく知る靄が映し出される。

「どう、結構雰囲気あるでしょ。覗き込んでるだけでもそれっぽく見えるわ。何も知らない人からすれば、私が本当の呪術師みたいに見えるわ」

「……そうでしょうね」

「アマリリちゃんも触ってみる? 結構面白いわよ、自分の適性が見えて」

「いえ、私は結構です」

 アマリリはすげなく言った。水晶玉の呪縛を振り払うために、少女はようやく村を出た。今更ここで儀式をやり直す気にはならない。

「そう? ま、それもいいか。こいつも結構いい加減だしね」

「実際、どのくらい信頼できるんですか?」

「私も詳しくないけど……信憑性が高いのは、祝福レベルの才能が出た時だけね。その意味では、貴方のお兄さんは光る物を持ってるみたいじゃない」

「祝福ですか?」

 アマリリが聞き返すと、ロレインはうなずいた。

「ま、異界兵ならおかしくないけど。あれ? ということは貴方とお兄さんって、血は繋がってないのかしら」

「えーっと……」

「その辺にしておけ」

 カクマの声が割って入った。

「詮索のしすぎは身を滅ぼすよ」

「おーこわ。気をつけなくちゃね」

 食堂車の扉が開く。紳士に連れられて、例の車掌が顔を出した。ロレインは芝居がかって、肩をすくめて見せる。

「どの道、私たちはこれで破滅みたいだけど。ブタ箱行きで済むかしら」

「金を積めば出られるさ」

「役人の度量に期待ってことね。はあー……」

 占い師は懐に手を入れた。彼女が取り出したのは、一枚のタロットカードだ。

「アマリリちゃん。これ、渡しておくわ」

「なんですか?」

「宿屋で占ってあげた時、最後に引いたタロットよ。兄貴に邪魔されなかったら、貴女の未来を示していたはずのカード。女教皇の逆位置」

 手渡されたカードには、青い衣装の聖職者が描かれている。

「よく覚えてましたね」

「ま、配ったのは私だからね。意味を教えてあげましょうか?」

「お願いします」

 ロレインは悪意に満ちた微笑を浮かべる。

「女教皇の逆位置。それが暗示するのは、思慮の欠如。欺瞞。移り気から起こる失敗。……前途多難ね、アマリリちゃん」

「なるほど……」

 アマリリは両手で自分の未来を見下ろした。「ロレインが引いた」ということは、どちらの意味なのだろうか。いや、どちらにせよ--。

「わかりました」

 少女はうなずいて、占い師を見上げた。近づく車掌の手には、捕縄が握られている。

「そうならないように、頑張るようにします」

 紫ローブの占い師はまた、口の端を歪めて笑った。

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