好感度MAXのメスガキ系後輩(♀)と行く王都警備兵貧乏暮らし

坂水雨木(さかみあまき)

一話、食通警備兵とメスガキ系後輩。

 ――リリジン王国王都平民区。

 

 王都警備兵の朝は早い。

 日が昇り、建物同士の隙間を縫って差し込む光を浴びて目を覚ます。貧民街や流民街に近しい物件は治安が悪く、早朝から小さな諍いの声が聞こえてくる。


 毎日の雑音を聞き流しながら身体を起こし、男は立ち上がった。

 簡素なベッドを離れ、向かうのはトイレだ。建付けの悪い扉をキィキィ引き開け、ベタベタの粘液が詰まった穴に用を足す。


 キッチン兼洗面所の洗い場で手を洗い、顔を洗い、冷蔵庫を開けて食料を取り出す。内部の温度が妙にぬるく、氷魔石の効果が薄れていることを察する。


「……はぁ」


 また出費が増えると溜め息を吐く。

 キッチンには小さなコンロも備え付けられているが、火魔石を買うのはもったいないとほとんど使われたことがない。炎系統の魔石は持続時間の割に値が張るのだ。その点氷魔石は安い。一か月は持つのだからお買い得すぎる。


 無理矢理に自分を納得させ、色身の悪い米を皿に盛り、味付きの塩を振りかける。

 前日に買った見切り品の魚料理を横に置けば朝食の完成だ。


 今日の朝飯は冷えた米(うま塩味)と冷えた南蛮漬け魚である。

 箸を手に取り米を口に運ぶ。冷たく、やたら芯のある硬い米だ。だし塩(何のだしかは知らない)を使っているだけあって味はしっかりしている。


「うめぇ」


 短く一言。

 硬かろうが冷たかろうが、うまいものはうまい。もっとまずいものを知っている男からすれば、侘しく寒しい飯でも十二分にうまかった。

 色身の悪く硬い米は、栄養価に優れ量も取れる。何より安い。黒ずんだものや黄ばんだものもあるが食べる分に差し障りはない。いくら火を通そうと硬いままなのは致命的だが、男は毎日のようにこの米を食べていた。なぜなら安いから。


 食事を終え、歯を磨き服を着替える。

 男はこの国、リリジン王国の王都で警備兵をしている。服は当然制服であり、シャツ、ズボン、コートと全身灰色で染められている。鎧兜などという上等なものはなく、携帯することを許された武具のみが警備兵らしさを醸し出していた。


「さて、今日のデザートは……」


 男はなんでも食べる馬鹿舌ではあるが、それはそれとして普段から食べ物を携帯していた。

 左右合わせて四つのポケットに食べ物を詰め込んでいく。生ものは高いので基本乾物や塩漬けだ。海藻の塩漬けと果物の揚げチップス、固めた塩砂糖に肉の干物。完璧な組み合わせだった。


「うますぎるだろ……」


 海藻の塩漬けを咥えながら外へ。鍵のない戸を開け家を出る。ここまでほぼ日々のルーティンだった。


 明らむ街は人々の生活音で満ち、貧乏ながらも多くの人が街に暮らしていると伝えてくる。


 狭い通りを抜け、警備兵の屯所とんしょを目指し歩く。口の中に広がる塩味と海の香りが気分を上げてくれる。


 男が暮らすリリジン王国の王都は、横に長い川の本流を背に街を築いている。

 王城の後ろには遠くまで川が広がり、扇状に建物が並び立つ。城に近いほど豪奢かつ巨大な建物が多く、階級の高い貴族が住んでいる。街の中ほどは一部の騎士や豪商、平民でも豊かな暮らしを送る者が居を構え、外縁部には多くの流民がひっそりと暮らしていた。


 一概に王都外縁の流民、平民すべてが貧しいわけではなく、大通りに近い場所はむしろ金持ちが多いほどだ。


 警備兵の一員足る男が住む場所は、城から遠く街の中ほどと外縁部の間、建物が密集し日陰者が集まり、必然的に治安が悪くなった貧民街の近くであった。当然、まともな食料品店などない。


 歩く道は小汚く、それでも糞尿や人間が転がっていることはない。

 周囲から向けられる視線にも慣れたもので、すぐに逸らされるそれは男の制服に対する警戒だった。


「……ふっ」


 軽く笑う。舌に乗った凝縮された海のうま味が素晴らしかった。


 いつも変わらない美味を届けてくれる海藻とは異なり、一昔前の貧民街は攻撃的な視線が多かった。

 疑心、憎悪、忌避、負の感情に満ちた眼差しからは国に対する住民の感情が読み取れるようで、直接絡んでくる輩への対処が面倒だったことを覚えている。


 そんなマイナスだらけの空間がよくも平和になったものだと、男は感慨深い気持ちを覚える。磯の味にも深みが増した気がする。


「――ひ、ヒヒ、おまえ、国の犬だなぁ!?こんなと、ところでな、何をしてやがる!」

「……」


 無言である。何故なら口には海藻を咥えているから。男は警備兵であるが、仕事よりも飯を優先する不良警官でもあったのだ。


「ひ、ヒヘヘ、奴らがいりゃあおまえみた、みたいな犬共もみ、皆殺しだぁ、アヒヒ」


 感慨深さが薄れていく。この空間もまだまだマイナスだった。そして口内の海藻も消えていく。悲しい。飲み込んでしまった。口寂しいとはまさにこのこと。

 はぁ、と息を吐く。今はふらふら脇道から現れた赤ら顔の酔っ払いに対処しないといけない。


「そうか、よかったな。俺は先を急ぐ。じゃあな」


 スマートに手を上げてその場を離れようとするが、ナイフを構えた男に道を塞がれた。


「に、逃がさねえよお!!ヒヒ、ぶっ殺してや、やるうごぼぁ!?」


 叫ぶ男の腕を叩き、腹を殴り顔を蹴り、壁に叩き付けて気絶させておく。

 始業前なのでわざわざ捕まえておくこともないだろうとの判断だ。せっかく見逃してやろうと思ったのに、面倒な奴だ。まあ、貧民街が近ければこういうこともよくある。最近なかっただけに忘れかけていた。別の意味で少々感慨深くなる。


「……置いて行くか」


 わざと声に出して、周囲の住民に知らせておく。

 あとはどうとでもするだろう。簡単に人を殺そうとする輩の末路など知ったことではない。普段の行いが良ければ介抱されるし、そうでなければ身包み剥がされ人生おしまいだ。


 気を取り直し、新しい海藻を咥え平和になった貧民街を抜ける。

 貧相な通りを出て、川のある方とは正反対の王都東大通りに入る。人出の多くなった表の世界を、海藻咥えて一人歩く。気分は海沿い散歩だ。


 外壁近く、敷き詰められた石畳と石造りの建物の先に東門が見える。大きな門を遠くに据えた通りの一角に、警備兵の屯所はあった。


「おはござーす」


 滑りの良い扉を開け、挨拶を投げかけながら建物に入る。

 おはようございますと返ってくる言葉を流し、自分のデスクに座る。


 軽く見渡せばあらゆるものが自身の暮らす部屋より上等だった。

 机も椅子も、壁掛けの時計やデスク上の物品も、建物の材質や隅に見える簡易キッチンまで。簡易のはずなのにキッチンとしての機能が自分の家より上なのはどういうことだろうか。


 日々思う疑問は飲み込み、曲がりなりにも国の建物かと口端に皮肉を浮かべる。つい海藻がこぼれ落ちそうになり咥え直した。


 王国の兵士にしては下っ端の給料が低すぎやしないかと思うのだ。まあそれにも理由はあるのだが――。


「――おはようございまーす、ソウせんぱい?」

「あぁ。おふぁよう」


 時刻は朝の六時半。

 兵士長がやってくるまでぼんやり待っていると、男の隣に座った女が甘ったるい声で話しかけてきた。ちらりと横を見て返事をし、すぐ味覚への集中に戻る。


「あーっ、もう、相変わらずそっけなさ過ぎー。ていうかいつもいつも食べ物口に入れて赤ちゃんじゃないんだから我慢してくださいよ! あっ、それとも先輩……きゃふふ、お口、がまんできないんですかぁ?」

「……朝から元気だな。ラブリー」


 無視を続けると面倒なことになるのはわかりきっていたので、しょうがなく隣に目を向け話を続ける。海藻は飲み込んだ。朝のデザートはここまでにしておこう。


 視線の先には一人の女。名前をラブリィと言う。

 濃紺の長い髪を頭の横で結い、ゆるりと巻かれ伸びた髪の毛を尻尾のように揺らしている。毛先手前でさらに結われまとまった髪は、仄かな月光を湛える夜空のよう。

 髪とは正反対に白く色抜きされた肌はきめ細かく、健康的な白さが目に優しい。


 瞳は青みがかった紫色。

 緩く上がった目尻に収まる丸い瞳が髪の毛同様楽し気に躍っていた。


「ラブリーじゃないです。ラブリィですー。ソウ先輩いっつも間違えてますよね!」

「そうか、悪いなラブリー」

「んもう! ラブリィですってばっ。……ん、あれ。もしかしてソウ先輩、わざと間違えてます?私とお喋りしたくて間違えてるんですか? にふふ、そうなんですかー? ねえねえ」

「どうでもいいがラブリー、今日の昼飯は何を食おう」

「うぐ、相変わらず冷たすぎる……はぁ……ていうか、ソウ先輩ほんっとご飯食べるの好きですよねー」

「まあな。飯はいい。何のために働いているかって、飯を食うために働いている」

「何度も聞きましたよ、それ。じゃあせんぱい、朝ご飯なに食べたんですか?」

「米だ」

「うんうん。他には?」

「魚の南蛮漬けだ」

「ふんふん、それで?」

「海藻を食った」

「ついさっき食べてたやつです?」

「そうだ。超うまかった」

「そ、それはよかったですね。……他には?」

「以上」

「……昨日も同じの食べてませんでした?」

「そうかもな」

「……うーん、もっといろんなの食べましょうよ? ね?」

「海藻の種類の話か?」

「違いますよ! いろんなご飯とおかずの話です!!」

「そうか。だが悪いな、俺には金がない」


 ぽつりとした一言が屯所内に響き渡る。

 きゃぴきゃぴと喋るラブリィはいつものことで他の兵士も慣れていたが、男――ソウジンの言葉は何とも身に染みるものがあった。


 例外はあれど、この屯所に属する警備兵は皆持たざる者の側だった。要するに金のない低賃金労働者である。


 王都警備兵は国の犬、つまるところの公務員なわけだが、警備兵にもランクというものが存在する。


 ざっくり四つに分けられるが、一つ目は王城や貴族街を巡回警備する兵士。言うまでもなく高給取りである。実力だけでなく血筋も重要視されるため平民では成るのが難しい。二つ目は門兵。城門含め王都の門付近を警備する兵士を指す。給金はそこそこだが警備兵の花形とも言え、各方面から賄賂がもらえる。三つ目は都外警備兵。王都外への巡回を行い、魔物の討伐や盗賊野賊を捕縛討伐する。手当が付くため給金は多く、さらに討伐報酬や戦利品もあるため金持ちは多い。当然死傷者も多い。


 そして四つ目、都内巡回兵。

 基本的にやることは街中を見回って怪しい影がないか確かめるだけなので給金は少ない。貧民街や流民街担当ならそちらを根城にする悪党から賄賂をもらえるが、平和な大通り担当だとそうはいかない。


 人目の多い場所で騒動を起こす者は少なく、さらに大通りでは騎士も巡回しているのだ。場合によっては即座に捕縛、罰金を科される。


 ソウジンも数度騎士による捕物を目にしたことがあり、その時はなかなかの肉体強化練度だと感心したものだ。


 ランクに応じて給金が変動する都合上、都内巡回兵の給金はかなり少ないものとなっていた。

 また当たり前の話だが、賄賂の受け取りや戦利品の私物化は王国法でも違法である。


「……もっと金くれねえかなぁ」

「わがるぜぇ。今月ぎづいんだぁ。朝飯食っでねえじ。腹減っだわ」

「お二人とも節約したらどうですか?何なら私がお金貸しますよ?」

「十日で一割とか意味不明な条件だろぉ?借りたから知ってるぜぃ」

「おめぇ、その条件で借りだのがよ……」

「もうお返しいただきましたよ。とても良い支払いでした」

「二度と借りねえけどな」


 別の方で盛り上がる話を他所に、男は呟く。


「騎士か……」


 騎士。

 基本的に貴族階級しか成れず、一定以上の戦力を保持した人間を指す。その戦闘力は一般兵士十人分以上とも言われ、だからこそ貴族の保有する騎士団は精強だとも強大だとも言われる。


 男はただの一般王都警備兵だが、そもそも他の兵士とは生まれ育った国が違う。


 異種族と戦争を繰り広げるこの時代、戦争最前線の国家と、リリジン王国のように争いから遠く離れた国では戦士の質に途轍もない差があった。ソウジンの生まれ育った国は前線国家だったため、王国の騎士と比べても遜色なく、むしろ戦闘だけなら余裕勝ちである。頭脳労働は別だ。

 それはそれとして。


「……金か」


 騎士の給金だけは心底羨ましく思った。

 貴族出身なのだから、さぞ良い物を食べて育ち、良い給金で良い暮らしをしているのだろう。妬ましいことこの上ない。


「ソウ先輩ソウ先輩」

「はぁ……何だ」

「ソウ先輩、騎士になりたいんですかぁ?」

「どうだろうな」


 成れるものなら成りたいが、だからと言って面倒なしがらみは御免だった。金だけ欲しい。


「ふーん……」


 そんな男の内心を読み取ったのか読み取っていないのか、ラブリィは猫のように目を細め、にんまり笑って告げる。


「きゃふふ、ソウ先輩、私の騎士様になります? きっと楽しいですよー?」

「お前の?」


 ニコニコと、悪戯に頬を緩めて笑う姿はソウジンから見ても魅力的なものがあった。自身の魅力を最大限引き出した、可愛らしい笑みだ。まあもう見慣れたものだが。


 それより何を言っているんだこいつはと、男は胡乱げな眼差しを女に向ける。


「ふふふ、はいっ。私の騎士様になったらぁ、あんなことやこんなことだってできちゃいますよぉ? ほらほら、ね?」


 胸の下で腕を組んで、警備服を押し上げる胸を露骨に持ち上げアピールする。

 それなりに大きく、重そうだなと思っていたが強調されると殊更重そうに見えてしまう。


 ソウジンの視線を察したラブリィは笑みを深め、わざわざ下から覗き込むように姿勢を変えて目を合わせてくる。


「きゃふふ、ソウせんぱーい。今どこ見たんですかぁ?もう、そんなに気になっちゃうなら言えばいいのに……。わたしの、お」

「お前の乳房はどうでもいいんだが、そんなことより」

「……今日のソウ先輩、ほんっっと冷たいです。私拗ねますよ? いいんですか?」


 別にいつも通りなんだがな。胸の内で呟き、軽く首を傾げながらも言葉を続ける。


「今日の昼飯はお前と食べようと思ったんだが……嫌なら」

「――ソウ先輩、どこ行きましょうか?もうもう、それならそうと早く言ってくださいよね。えー!どこにしよっかなぁ」


 唇を尖らせそっぽを向く仕草はほとんどパフォーマンスであり、ソウジンの一言で全部忘れてくるりと表情を反転させ、華やかに笑みを見せる。


 そんな笑顔のラブリィを見てソウジンは短く頷いた。

 機嫌が悪いやつと一緒に飯を食べるのは疲れるのだ。食事時くらい、平和に穏やかに過ごしたい。


 根本的に食事は一人で取りたい派の男だが、週に数回はラブリィと共に食べている。自身の気分よりも彼女のことを優先するくらいには、ラブリィはソウジンからの信頼を得ていた。

 無論のこと、ラブリィはこのことを知らないしソウジンも言葉にすることはない。


 朝から元気にきゃいきゃい喋るラブリィと、それに釣られて口数の増えた兵士たち。適当に言葉を返している間に時間は経ち、六時五十分ちょうど、毎日まったく同じ時間になって屯所の扉が開かれた。


「――諸君、おはよう」


 現れたのはリリジン王国王都東大通り屯所が長、ソウジンの上司でもある、タイメイ・オトガネその人であった。

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