─8─ 葉
ネモが言ったように、探索は思いのほかサクサク進められることになった。
……と言うより、噂通り内装は綺麗で怪しいものも無くて、幽霊とかお化けとかの出そうな雰囲気もあれから一切感じられないんだよね。だから一体なにを調査しに来たの? ってくらい、なんにも不可解なところが無かったっていうか……。
それよりも、ここに来る前スメラギと話したことは、わたしの中できちんと活かされていたように思う。
何も無いとはいえ、観察するべき部分がゼロってわけじゃない。
一階は広い待合室の奥に、二十六室もの診察室があって、たしかに診察室の造りはどれも写し絵のようにそっくりではあったけれど、細々した部分に違いが見て取れた。部屋によってデスクやラックの配置が僅かに違ったり、カーテンの留め方に癖があったりして。それぞれの部屋には担当のお医者さんがいたに違いない。これだけ広い病院だもの、開業していた頃は診察室が全部埋まるくらい、たくさんのお医者さんと患者さんがいたんだろうな。
残念ながらカルテや、読み物の類は見つからなかったけれど、診察室はいわばお医者さんの仕事部屋。流石に仕事に使うものを置きっぱなしにしておくなんて、有り得ないよね……ってことでわたしたちの探索は二階へ続いた。
白い階段を上り、白い廊下を歩く。
この病院はなんと八階建て。遠くから見ても随分大きくて立派だなって思っていたけど、相当なお金持ちがこの病院を設立するのに協力したんじゃないかな? 維持費がどうとかって話をヨウがつらつらと喋っていた。わたしには三割くらいしか理解できなかったけどね。
さて、二階から五階までは患者さんの入院していた病室が続くらしい。一階の待合室で見た案内図にはそう書いてあった。確認しに戻るのも面倒だから、ネモが端末で撮影しておいてくれたんだ。
「『出る』としたらここから先だと思うんだよねっ」
ネモがウキウキと案内図の写真を眺めている。ちなみに、ネモは自他共に認める怖いもの好きなんだとか。幽霊やお化けは勿論のこと、吸血鬼、人狼、ゾンビ、グールなんかについて調べるのも大好きで、スメラギのパーティーに所属したきっかけも「人外生物に興味があったから」なんだってさ。
「一階が出なかったんだ。ここからも出ないに一票」
「おれも一票」
「男性陣ビビりか〜?! ねえ、コヒナは出ると思うよね?!」
「出るって言うか、ここから先はたしかに『人が死んだ現場』ではあると思う」
単純に『死んだ現場』に幽霊が現れるなら可能性としては全然あるけど、わたしが追っているのは『吸血鬼』にまつわるヒントだ。そしてスメラギも同じものを期待しているはず。
わたしはネモの端末を覗き込んだ。二階、三階、四階、五階───計四つのフロアに病室と、
プラネタリウム……?
「プラネタリウムって何?」
「ああ〜、旧文明の世界では結構あった施設らしいよ? 朝でも昼でも雨の日でも、天体観測ができる施設」
「ふぅん。面白そうだね」
「そいつはまたとんでもなく金のかかりそうな……」
「ヨウ先生はさっきからお金の話ばっかりだな〜」
「だってそうだろ?! 一階の診察室だって、ジェイダリアじゃなかなか見られない『アルミ』製のデスクしかお目にかかれなかったんだぜ。木材が豊富で木製家具ならいくらでも自給自足できる我が国で、わざわざ旧文明の遺物をこねくり回して作ったデスクを多用する必要があるかってんだ」
ヨウもそこに引っ掛かってたんだ……。
わたしも、あの部屋はなんだか変だと思ってた。誰も何も言わないから気にし過ぎかな? って最初はスルーしようとしてたんだけど、診察室にあるデスクもラックも、ジェイダリアじゃほとんど見ないような素材で作られていたんだよね。
どれもやけに丈夫そうっていうか、大袈裟っていうかさ……。
「ヨウおじさまよく気付いたね! そういえばアルミ製のデスクで思い出したけど、うちのボスもたっかいお金出してツルツルのデスクを買ってたなあ」
「スメラギも?」
「うん。ボス、眼帯してたでしょ? 彼って別に目が悪いとかじゃないんだけど、利き目の『錯覚』が絵に支障を出すのを嫌うんだ〜」
「何それ?」
「人間の目って二つあるじゃん。右目が左目を、左目が右目を補ってモノを見るようにできてるから、実際の距離や大きさとは多少ズレることがあるってわけ! 画家さんがこ〜やって、ウインクしながら鉛筆翳してるの見た事ない? あれは『スケール』を正しく図るためにやってるんだよ〜。カッコつけてるわけじゃなくてね! スメラギは常にその状態にするために、眼帯を付けて錯覚が起きないようにしてるの」
「ああ、木目が視界にあるとスケールの感覚を引っ張られるからか」
「おじさま天才! そゆこと! もしかしてヨウおじさまも絵描きさんだったりする?」
「は? いやいやいや……ちょっと物知りなだけだよ。ほら、君たちよりは断然長く生きてるしね?」
「…………ふーん? そう?」
───まただ。また、ネモの何かを探るような視線が、ヨウに向けられている。
今度のヨウははっきりそっぽを向いた。
……仕方ない。探索しなきゃならないフロアも多いし、ここからは二人ずつの別行動を提案しよう。
「ネモ、時間が無いし2:2で分かれて調査しない? 二階と三階、四階と五階って感じで分担しようよ」
「お、いいね! それならサクッと済みそう〜」
良くも悪くも人を疑わないネモだ。わたしの出したチーム分け作戦に、彼女は快く頷いてくれた。
「ちょうど病室も男女でフロアを分けてたみたいだしね! 二階と三階は女性、四階と五階は男性って感じ」
「それならちょうど良かった。わたしとネモは女性のフロアを担当するから、エリシャと先生は四階から上を見てもらえない?」
「わかった」
「了解。時計は持ってるか? 二時間後に集合しよう。場所は……そうだな、そこの『201号室』の前で」
「オッケー! それじゃ男性陣、まったね〜」
本当は別行動って得策じゃないんだろうけど、ネモに手を振られたとき、ヨウが一瞬だけ見せた安心したようなあの顔……眉を下げたあの仕草。
ヨウは何かに気付いている。そしてネモも、ヨウに何かを感じている。
「……」
「コヒナ、行こっか!」
「その前に、ネモに聞きたいことがあるんだ」
「えっ、なになに〜? なんでも聞いちゃって! わたしこれでもコヒナよりちょっとお姉さんだからさ、ヨウおじさまほどじゃないけどきっと色々教えてあげられるよ!」
「その、ヨウ先生のことなんだけど」
ネモに正面から向き直る。
腰に両手を当てて、彼女はいくらか神妙な面持ちに切り替わった。一面の白に囲まれた彼女の姿はとても煌びやかで、冒険者と呼ぶには華があり過ぎる。けれどわたしに向けられる目は、あの時、わたしと言葉を交わしていたスメラギのそれによく似ていた。
「…………ヨウ先生は……」
何者?
───いや、違う。
彼女は、───スメラギの『部下』は、そんな質問を良しとしない。そんな漠然とした問いでは満足しない。
考えろ、考えろ。
……そうだ、観察。
ヨウはわたしに言った。ロールを明かすことにメリットは無いと。ライターズはキャラクターやリッターズに比べれば、大き過ぎるデメリットも無い。けれど彼は自分がライターズであると明かすことを渋った。人から指摘されることをも、だ。
何故ネモを警戒した? ネモが黒点会から来た冒険者だから? 黒点会とライターズとの関係性───黒点会は、あるライターズを追っている。『芥川龍之介』。六天遺跡の修復を防ぐために、芥川龍之介を始めとする強力なライターズを阻止しなければならない。それが黒点会の目的。芥川龍之介が属しているとされるその集団を、人はなんと呼んでいた? ───そうだ、『文豪』だ。
で、あれば……
「ヨウ先生は、『文豪』……なの?」
問われれば、ネモは決して隠し事をしない。
「その通り」
ネモは口角を上げた。にっと笑うとより一層眩しく、愛らしい顔立ちだった。
「ライターズ『太宰治』。きっとそれが、彼のほんとうの名前だよ」
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