─5─ 仲間

 ◆


「エリシャ」


 扉が開くのと、声がするのとほとんど同時だった。

 宛てがわれたばかりのおれの部屋は、たまたま空室になっていたお嬢の隣室。まだ私物も無い殺風景なそこには、ソウビが「調査に使えるだろうから」と運び込んでくれた『パソコン』と呼ばれる遺物が一台置いてあるだけ。

 部屋の中心にポツンと置かれているそれに、お嬢は入室早々面食らっていた。が、やがてにこりと微笑むと「先輩から歓迎のプレゼントって感じかな」と早口に言った。急いでいるらしい、というのは嫌でも分かる。おれは椅子から立ち上がって、「リンとははなせた?」と訊ねた。


「それが……、ちょっと上手くは説明できないんだけど、リン兄を実質『人質』に取られちゃってて」

「なんだって?」

「ああ、でもそんなに危ない状況とかじゃないんだ。水槽に閉じ込められてたけど命に関わるような害を与えてるわけじゃないらしくて……う〜ん正直わたしも何がなんだかって感じなんだけど、とにかくスメラギとは話せた。その上で時間が無い。早く行こう」


 そう言ってお嬢はふわり、膝丈のドレスを翻して廊下へ飛び出そうとする。


「待った。行こうって、廃病院に? 探索の支度をしなければ」

「あ、うん……そうだった」

「お嬢、そんなに慌ててなにが……」


 思わず肩に手を乗せて引き止めてしまったが、お嬢はされるがままにこちらを見上げた。

 何故だろう───。ただ金烏亭を訪ねてボスと話をしただけだというのに、どうしてか彼女の顔は真っ白だ。


「リンを帰してもらえなかったいがいに、なにか、あったのか?」

「どうして? ……いや、大丈夫。なにも無いよ。探索っていうのは初めてだね! 親父さんの手が空いたらまた、何が必要そうか声をかけてみよう」

「……ああ」


 そしてお嬢は緩く身を捩って、それとなくおれの手を払い除けた。

 ローファーの、軽いヒールの音が遠ざかっていく。おれの部屋からは階段を降りる彼女の横顔が陰になって、よく見えない。

 ───大丈夫だろうか。

 何かあったのか、ではなく、何を言われたのかと聞いた方が良かったかもしれない。あの顔を見て『何も無かった』なんてこと、あるはず無いのだから。

 おれはもう、彼女の仲間だ。心を開いてもらえるように、この旅ではもっと、彼女の役に立てると良いのだけれど───。




 ◆




「探索役が必要だな」

「探索、……役?」


 うむ、と力強く頷く親父さんに、わたしは「えぇ……」と反射的に抗議の呻き声を出してしまった。だってついこの前回復役が必要って言われてエリシャをスカウトして、それで今度は探索役?


「探索役は手先が器用だったり物覚えが良かったり、どんな土地でもスイスイ歩けるような奴が望ましいな。地図が読めるのは勿論のこと、ある程度いろんな知識があったり、話が上手い奴も向いてる」

「話が上手いとなんでいいの?」

「冒険者の基本はまず聞き込みって知ってるだろう? 慣れない田舎でも自然に人と会話できる、そんでもって怪しまれずに情報を掴める。そんな奴が一人でもいたら探索や調査の仕事は楽勝ってワケよ」


 ふーん……。つまり地図を読むのがヘタクソで、そもそも記憶が無いから最近のことしかよく知らないわたしや、ジェイダリア語が苦手でゆっくりしか話せないエリシャは向いてないってことか……。

 あっ。そういえば前に洞窟を調べた時、アラクランが地図を見ててくれたんじゃなかったっけ? それにあの人、ゴブリンが隠していた玩具やらくがきもたくさん見つけてきたよね。じゃあうちのパーティーの探索役はアラクランってことじゃん!

 ───ん? 待てよ?


アラクラン蠍ちゃんは?! あいつどこ行ったの?!」

「すまない。お嬢が出かけているあいだおれはずっと宿にいたが、奴のすがたは見ていないな」

「すまんがワシもだ。まあワシは厨房にいたからなァ……。しかし裏の窓からもそれらしき奴は見とらんぞ。匂いも無かったしな」

「くっそ〜! 連絡先交換しとけば良かった!」

「お前さんは端末を持ってるが奴はそんなもの知らないんじゃないか? ははあ、どのみち詰んだな」

「うるさいやい! 人の失敗を笑わないでくださーい!」

「カタギじゃない奴をホイホイと仲間にするからそんな事になるんだ。良い勉強になったじゃあないか! ほれ、ユウジンには黙っといてやるから」


 うりうりっと大きなモフモフの手で顔を撫で回される。仕方無い……親父さんのでっかいモフモフハンドに免じてわたしを笑ったことは許してやろう。

 だがアラクラン、てめーは許さん。次会った時覚えてろよ。


「なんだ、コヒナちゃま。そんな怪しい男がお友達にいるのかい?」


 出たな! わたしの失敗をケラケラ笑う人二号!

 ヨウがカウンター席からこっちを見て、肩を震わせて笑っている。その距離で盗み聞きされるの、なんかヤダ! もういっそこっちのテーブルに来てくれたらいいのに。


「ヨウ先生からもバシッと言ってやってくれよ。若いのにそんな不用心じゃ困るってな」

「やだなあ親父。日頃からコヒナちゃまを口説いてる俺が説教なんて、そんな偉いことできるかって」

「それもそうか、ガハハ! そりゃあこんな陽の高い時間から飲んどるようじゃなあ」

「アンタがハケさせたい安酒のボトルを買ってやってんだ。感謝しな」


 何このいかにもおじさん同士の会話……。


 ヨウはああ言えばこう言うっていうか、ポンポンと会話を続けるのが上手な人なんだよね。初めて見かけた時もたしか、女の人と楽しそうにお酒飲みながら話してたっけ。てっきり付き合ってるのか、はたまた夫婦なのかと思ってたら、ついさっき会ったばかりで綺麗だったから声掛けたんだ〜って言ってたっけ。別の日もまた違う女の人とご飯食べながら大笑いしてたし。

 きっと賢いから話も上手なんだろうな……。実は良いとこのお坊っちゃまの生まれなんだって聞いたことがあるし、すごく有名な学校にも通っていたらしい。その後の仕事は上手くいかなかったみたいだけど、本人曰く「何だかんだ誰からも可愛がられて生きてきた」そうだ。たしかにヨウは物知りで、ちょっとした相談にもきちんと乗ってくれる。彼は話しやすくて良い人だ。


 …………。ん? …………?


「ヨウ先生で良いじゃん!」

「俺良いって何よ?!」


 オーバーリアクションに仰け反るヨウを、今度は親父さんがゲラゲラ笑う番だった。


「ワッハッハ! 良いじゃねえか、ヨウ先生!」

「何言ってんのさ! お、俺がいくつか分かってんのォ……? 三十八だよ、もう? ンな歳で冒険者なんて……」

「でもこないだ誘った蠍ちゃんは三十四って言ってたからそんな変わんないよ」

「あのねえコヒナちゃま? 二十後半になったくらいから分かるけどね、二十後半と三十前半と三十後半は似てるようで全部違うからね? そんな若者と一緒にしないでもらえます?」

「でもヨウ先生頭良いじゃん。地図読めるじゃん。外国語も読んでたじゃん。一人でフラフラ旅行して名前も聞いたことないような土地で友達作って帰って来たりするじゃん。初対面の人とご飯行ってそのまま温泉旅行とかしてたじゃん」

「そんなことができる人、いるんだな……。おれにはとてもできない……」

「エリシャくん?! それは尊敬ですか?! 侮蔑ですか?! イマイチどっちか判断に悩む微妙なラインの表情と声音、ものすごい不安です!」

「ね、エリシャも尊敬してるって。ほら。やろう、冒険者。ようこそ、冒険者の世界へ」

「コヒナちゃま両腕を広げないの! 飛び込みたくなっちゃうでしょうが! あ〜もうジリジリにじり寄ってくる……! くそ〜〜!」


 ───ふふん。勝ったな。

 これでもわたし、ヨウの扱いはもうめちゃくちゃ慣れてるんだ。わたし冒険者歴より『ヴィノクの兎亭』ウェイトレス歴の方が長いから!

 わたしがニコニコ腕を広げれば、酔っ払ったヨウは絶対飛び込んでくる。紅潮した顔を肩にぐりぐり埋めて、「酷いよ〜」なんて泣き言を言うけれど、本当はいっぱい褒められて嬉しいんだもんね?


「頼りにしてるよ、ヨウ先生!」

「コヒナちゃま……オジサンをそんな子供扱いして、何かに目覚めちゃったらどうするんだ……」

「? 眠らせるから大丈夫」

「どうやって?!」


 冷めたコーヒーを飲み干して、親父さんがふうと一息つく。ようやく笑いの収まった親父さんは、「何はともあれ人員問題は解決したな」と頷いた。もうすっかり『冒険者の宿の亭主』モードに切り替わっている。


「探索に必要な道具だが、前回も持たせたロープやランタン、ナイフに加えて、解錠道具なんかもあると良いな。だがこいつは一朝一夕で使いこなせるアイテムでもないし、今回行くのは散々人が出入りしてる廃病院だ。しょっちゅう肝試しに使われてるような場所じゃ、どこも施錠されてはないだろう」

「じゃあ前回と荷物はそんなに変わらないね。良かった」

「解錠、道具……については……今後ちかいうちに仕入れよう。いざというときのために、訓練しておかなくては」

「そうだね。じゃあ病院の調査から戻ったら買いに行く?」

「ちょ、ちょっと待って! 病院?! 廃病院……って、ネズニア精神病院跡地?!」

「え、うん。だってヨウ先生が言い出したんじゃん。もう一回廃病院に行ってみたらいいんじゃないかーって」

「言った。言ったけどそれはコヒナちゃまたちだけで行くんだと思ってたから言っただけで……」


 急に血相変えて、なんなんだ……?

 わたしが訝しげにじとーっと見つめていると、ヨウは「いやだって……だってだよ……?」と左右の手をこねこねし始めた。こねこね、もじもじ……。


「だって…………あそこ、裏に患者の墓とかあるんだぜ? 出るじゃん」

「なにが?」

「いやだってさ、出ない出ないって皆言うけど出るまでちゃんと見てないだけでしょ? どうせああいうのって隅々まで見たら出るんだって」

「だからなにが?」

「お嬢、人員も荷物もかんぺきだ。そろそろ行こう」

「そうだね。ほら行くよ、先生。スメラギが派遣してくれた助っ人さんが待ってるから」

「出るってーーーーーーーー!!」


 ヨウのの絶叫は、二軒向こうの雑貨屋さんまで聞こえていたとか。いなかったとか……。

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