─4─ Writer

 冒険者を辞めろとは言わない。


「…………」


 それは───それは、良くも悪くもわたしをってことだ。

 遺跡を修復したいという『やりたいこと』があるわたしにとって、邪魔をしないでいてくれるというのはとても有難いことだった。だけど彼はここでわたしを始末しておく道を選ばなかっただけ。最悪、本当にわたしが邪魔になったらどうとでもできると、彼は思っている。


「……まあ、お前の方のボスがどう出るかだ」

「え?」

「お前自身の考えではないのだろう。遺跡を修復しようというのは、恐らくは誰かに旧文明の豊かさを説かれて……あるいはよく知りもせずに『修復しろ。力を使え。ライターズにはそれができるのだから』と叩き込まれて、二つ返事で了承したか」

「プフッ」


 堪えきれなかったような吹き出し笑いがドアの方から聞こえてくる。シュウエイだ。眼鏡をクイクイやってごまかそうったって無駄なんだからね! わたし、ヘニャヘニャに歪んだ口角を今ばっちり見たんだもん。

 ───わたしってそんなに情けないかなあ。英知えーちゃんに言われて志した冒険者の道だけど、今はきちんと考えて、自分の頭で、冒険を続けていきたいって思うんだけどな。それがいつしか六天遺跡の修復に繋がって、最終的には旧文明の続く世界を助けることになる……。

 わたし、多分世界を救いたいわけじゃないんだ。旧文明は素晴らしいと思う。いろんなものがあって、ヒトの種類は少ないけど皆豊かで、だからこそ仲が良さそうに見えて、素敵だった。でもわたしのやりたいことって、冒険者を続けていきたいっていうただそれだけのこと。


「……スメラギ、わたし誰に言われても言われなくても、冒険がしたい。冒険者を辞めたくない」

「おいおい、辞めろなんて言ってないだろ?」

「違くって、これただの決意表明みたいなものなんだけど、聞いてもらえる?」


 スメラギは一瞬きょとんとして───それから目尻のとろんと下がった、甘ったるい笑みを浮かべた。

 わたしはそれを、肯定だと思った。

 ───わたしというひとりの人間に対しての、許しだと思った。


「ゴブリン退治が初めての冒険だったんだ。悪いゴブリンがいるって聞いてたのに、本当はオーガがゴブリンの洞窟を陣取ってて、ゴブリンを隠れ蓑にして悪事を働いてたんだ。わたしはそのときに……、真相を暴くことは、きっと幸せに繋がると思った」

「へえ。興味深い話だ」

「でしょう。『ライターズ』ならそう言うと思った」


 ぴく、とスメラギの眉が動いて、柔和な笑顔に影が射す。


「わたしは真相が知りたい。だからスメラギ、多分あなたとは、敵対する」

「何故そう言い切れる」

「話を聞いてて思ったんだけど、六天遺跡って『この世のライターズの経験を記録している、ものすごく大きな一冊の本』……みたいなこと、なんだよね?」

「……!!」

「……違う?」

「…………素直に驚いた。お前がそこまで賢いとは思わなかったんだ、コヒナ。許してくれ」


 ……今なんかすごくバカにされた?

 ま、いいや。文句言い出したらキリが無いし。わたしは話を続けることにした。


「だから『文豪』は困る、そういうことだよね。わたしみたいな作家たちライターズはたかが知れているから、放っておいても大丈夫。でも強い作家たちライターズ六天遺跡大きな本に与える影響力が段違い」

「その通り。解釈においても描写、演出においても奴らは格が違う。六天遺跡サーバーに恐ろしい速度で記録データが集積されてしまう」

「そうなる前に殺さなくちゃ。芥川龍之介を」

「その通り」

「……っ、だからわたしとあなたは敵対するしかない」

「そう来るか……」

「わたしがそうだったように、きっと芥川龍之介もこの世界を知りたいだけだ。作家たちライターズは世界の真相を暴き、記さなくては。この世界の『幸せ』のために」

「それがお前の答えだね」

「これがわたしの答えだ」


 ───…………。


 ───暫く、沈黙があった。

 スメラギとは長いこと見つめあっていたけれど、その沈黙も苦にならないような、不思議な感覚があった。

 何故かスメラギとは初めて会った気がしない。こうやって向かい合って、言葉を交わしている時間が、とてつもなく穏やかでかけがえのないものに思えてくる。変な感じだった。


 やがてスメラギがふうと溜息をついた。呆れとか、侮蔑とか、そんなんじゃない。頭を切り替えるのに必要なブレスを挟んで、彼は言った。


「あの廃病院にどんな『真相』があると疑っている?」

「実はここに来たときはまだピンと来てなかった。リン兄に、廃病院でどんなことがあったのかを聞いて、それから乗り込もうと思ってたけど……でもスメラギと話せたからわたしの中の方針はある程度決まったつもり」

「せっかくだ。聞いてやろう」

「わたしの今回の冒険の目的はロロを助けること。ロロがヴィノクの兎亭の仲間だと認めてもらえるようにすること。そもそもどうしてロロの命があんなくだらないギャンブルに使われたかだけど、それはロロが吸血鬼だったからだと思うんだ。ロロという吸血鬼を生かす代わりにユウジンが冒険者になるか、そうでないならロロという吸血鬼を殺すか───、そんな話になった原因はきっと、ユウジンが吸血鬼を制御できるかどうか、って、ことなんじゃないかと思って」

「…………」


 ユウジンは強い。最強の剣士とかいう子供が考えたみたいなあだ名を、大真面目に付けられるくらいの人物だ。

 彼がリーダーを務めるなら、言葉の通じない(けれど本人……本? に悪意があるわけではない)吸血鬼の命を無理矢理奪う必要も無い。しかし彼が断るなら、たとえ普段は子犬の姿をしていようと、人を襲う気が無かろうと、吸血鬼は吸血鬼。殺しておくに越したことは無い。


 ユウジン。六年前の事件から、わたしとたった二人で生還した元・仲間。まだ子供だったわたしを庇って、あの傷を負ったのなら……彼はきっとロロを見捨てられない。───リンはそう考えたはずだ。


「でも、だけど、この交渉が『ギャンブル』になってしまっているということはつまり、現状ユウジンが断る可能性はまだ全然あるってこと。リンの思惑通りにいかない可能性が出てきてる。つまり、ユウジンがロロを『子供』じゃなくて『吸血鬼』と評価した場合」

「……ああ」

「そこから想像するのは───ええと……、…………だから」


 ユウジン、六年前の事件、わたし、吸血鬼。

 ユウジン、わたし、六年前の事件、吸血鬼。

 六年前の事件、ユウジン、わたし、吸血鬼。

 ───あっ。


「───六年前、わたしとユウジンは吸血鬼に襲われた」


 ───まただ。

 また、スメラギのあの笑顔。


「で?」




 彼もまた、真相を追う作家たちライターズの一人だ……。


「その吸血鬼は、芥川龍之介と、関係……して、る………………?」




 ◆




 路地に取り付けられた『カメラ』という遺物が、コヒナの小さな背中を目で追っている。その映像が室内の『モニター』に映し出されて、そして数分もしないうちに彼女の姿はフレームアウトした。ヴィノクの兎亭の方へ帰って行ったのである。

 私はそれを確認すると、モニターの電源を落とした。シュウエイの手腕で復活させた遺物といえど、無駄遣いは厳禁。遺物は消耗しやすく、一度壊れてしまえば修理も非常に難解だ。


「よろしかったのですか。『廃病院の調査に協力する』などと伝えてしまって」

「構わない。何から何まで図星だった。さて、あいつはあんなに賢い子だったかな……本当に」

「……ネズニア精神病院の跡地ですが、仰せの通りネモを派遣しました。コヒナ殿の特徴は伝えておりますので、上手く合流してもらえるかと」

「分かった」

「ボス」

「なんだ、ラズロ」


 ボスが手元の端末から顔を上げる。

 私を、見る。


「恐ろしくなったか? ライターズが」

「いえ、そのようなことは……」

「恐れていい。オレたちは皆頭がおかしいんだ。奴の言う通り、オレたちはどうしても物語の最後を知りたくなる。真相を、全貌を、知って、えがき尽くして、語り継いで……」

「ボス…………」

「とにかく奴が良い土産話でも持って帰らないことには、オレはリンを解放する気は無いわけだからな。頑張ってもらわないと。さて、奴が戻る前に何枚描けるかな」


 ボスは端末をデスクの端に放り投げて、代わりに床のスケッチブックを拾った。

 ああ、おいたわしや、ボス・スメラギ。彼はご自身のその思想のために、ライターズでありながら己の『作品』を封じておられるのだ。それがいかに辛く、虚しいものであるか、キャラクターの私にはいくらおもんばかったところで辿り着けない。

 今はただ、完成しない絵のために、紙の消費を続けていくだけ。


「久々にあんなライターズと話したよ。ああ、ぎらぎらして、眩しい。オレにもあんな頃があったな。物語の真相を追いかけることこそが、皆の求めるものだと、それがまことの幸せだと、熱く信じていただけの頃が」


 ボス。ああ、ボス。おいたわしや。

 イーゼルに向かう背中の、なんと小さきことか。


遺跡を修復するペンをとるほど人が消えてゆく。おかしな話だ。読者あっての作家なのに、オレは描けば描くほど、ひとりになっていくんだぜ───」

「……、ちがうッ、違います、ボス……!」


 堪らなくなって、駆け出した。

 わたしは伸ばした腕の中にボスの体を閉じ込めて、薄い背中に胸を押し付けて、繰り返す。「違います」と。

「違います、ボスはひとりじゃない。私が一人にさせない。させないから……」


 ───フレイヤ闘技場で戦わされていた私を、見世物になっていただけの人形のような私を、買い取って、時計の読み方から報告書の書き方まで、教えてくれたのはあなた。あなた。あなたなのだから……。

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