─15─ End1




 ◆




 何となく、ここにいれば会えるだろうっていう予感があった。

 べたついたカウンターに突っ伏して、狸寝入りを続ける俺の耳に、ギィ……と小さな異音が届く。俺は自分の腕で作った枕に顔を埋めたままほくそ笑んだ。ほら、やっぱり来た。

 そしてそんな俺のリアクションに気付いているかのように、彼は───帽子屋マッドハッターは盛大に溜息をついた。


「これは単なる愚痴だから聞き流してくれ。尤も、君が俺の話をまともに聞いてた試しなんて無いから、いつも通りでいてくれれば良いんだけど」


 溶けた氷で水割りになることを余儀無くされた可哀想なウイスキー。俺の傍からするりと持ち出して、彼は平然とそいつを飲み下す。


「ボスエリアにテレポートできなかったんだ。何かに妨害されて……。あの子がそんなことするはずは無いから、恐らくは」

「…………」

「……約束した以上、俺はコヒナの騎士でいるつもりだ。あの子が困っていたら駆けつける。君はもうあの子の仲間になるんだろ? なら人手が足りなくて苦労するようなことがあれば俺の名前を挙げて欲しい。俺の名前を呼ぶだけでいい。あの子が呼んでくれるだけで、俺は必ず迎えに行くから」

「…………」

「───頼んだからね」

「ふへッ。聞き流せって言ったり頼んだって言ったりメチャクチャっすね」

「要らないことは聞き流して必要なことは覚えていてくれるから君は話しやすい」

「なんすか? よく聞こえんかった」

「ありがとう」

「どういたしまして〜」


 空になったグラスへ、カツン、と何かが落ちる音がした。

 顔を上げれば、そこは俺以外無人のカウンター席。ロックグラスの中には銀貨が二枚入っている。揺れる風はテレポートの残り香。ほんのりとバニラの匂いが乗っかっている。

 俺はふふん、と笑いながらグラスに指を突っ込んで、銀貨を掻き出した。


 お嬢ちゃまもまさか、自分が銀貨二枚で取引されているとは到底思うまい。


「クク」


 ───そんであの男も、俺が腹のうちで何を企てているかなんて到底、わかりっこないのだ。




 ◆




 六天遺跡を再び調査しに行って、白いハットを被ったお兄さんと再会したこと。

 彼に連れられて闘技場へ行ったこと。そこでラズロともまた出会い、『ロール』やそれらの能力について教えてもらったこと。

 アラクランと出会ったこと。どさくさに紛れて彼を仲間に勧誘し、早速依頼を受けたこと。その折にエリシャに世話になったこと。───洞窟のゴブリンたちは、実はオーガに利用されていたこと。


 そして帰って来ると、わたしたちと同じ頃に出先でリンが拾ってきた子犬が、何やら物騒な交渉に使われそうになっていたこと。


 ここまで全て説明し終えて、わたしはふうと息をついた。客観的に見たらこんなにボリューミーな一日だったんだね。まあボリュームがマシマシになっちゃったのは概ねリン兄の勝手のせいなんだけど。

 話に一段落ついたわたしへ、ソウビがグラスに入った水を差し出してくれた。なんて気が利く人なんだ……。


 一方、ヨウは「ふむ」と顎に手を添えたまま何やら考え込んでいるみたいだ。

 頭の中を整理中みたいだし、わたしはわたしで気になっていたことを聞いてみようかな?


「エリシャ、神父様はなんて言ってたの?」

「おれが宿へもどるとはなしたら、門出を祝福してくださったよ。ヨウ先生はたまたまその時間お祈りへいらしていて、ともにこれからの相談にものってくださったんだ。ふたりとも親身になっておれのはなしをきいてくださって、おれも、なんの悔いもなく冒険者としてやっていけそうだ」

「ほんとう! じゃあ……!」

「ああ。お嬢、今後もあなたがひきいるパーティーで、おれをつかっていただけないだろうか」

「もっちろん大歓迎だよ! あ、使っていうのはナシね。仲間だからわたしもエリシャも立場はおんなじってことで」

「ありがとう。よろしくたのむ」

「こちらこそ! 蠍ちゃんとまとめて歓迎会とかしちゃいたかったけど、あの人ぜーんぜん帰って来る気配無いね。何やってるのかな?」

「……なんとなく、奴にかぎって、お嬢にだまったままパーティーをぬけるなんてことはないとおもう。フラリと帰ってくるだろう、そのうち」

「エリシャって蠍ちゃんにはちょっとキツいよね」

「そうだろうか……?」


 エリシャも正式にメンバー入りが決まったところで、ヨウが「よし! まとまったぞ!」と突然大きな声を出した。


「コヒナちゃま、『廃病院』について調査してみるのはどうかな?」

「えっ、なんで廃病院? それはリン兄がもう調べて完了した依頼でしょ?」

「ああ。でもこれまでの話を聞いて思ったんだ。ロールやレベル……そういった事を踏まえて考えた時、彼が調査した時と別の結果がコヒナちゃまたちには得られるんじゃないかってね」

「……なるほど。分かったぞ」


 これまで静かに聞いていたソウビが横で頷いた。


「『ライターズ』は物語の真相を読み解くだけの力がある。今回の洞窟の件がそうであったように、廃病院やロロのことも何か隠された真実があるのかもしれねえ。ただ現れた敵を倒して依頼を完遂する『リッターズ』や『キャラクター』では分からないことが、コヒナさんには見えるかもしれねえって事すね」

「おうとも。それにレベルのこともある。あえて低いレベルの集団で挑むことによって、敵と遭遇する危険を回避しながら探索に集中する……というのもやり方としてはアリだと思うぜ」

「そっか! 先生すごいや、ソウちゃんも!」

「そうときまれば……つぎの目的地は、ネズニア廃病院。二十年前にとじられた精神病院の跡地か」


 壁に貼られた街の地図を指さして、エリシャが言う。

 街の北門より少し手前の、森の中にある病院だ。暑い時期になると若い人たちが肝試しに訪れたりもする。でも、皆口を揃えて「何にもなかった」って言うんだよね。廃病院と言う割にはそんなに中も汚れていなくて、怖くないんだとか。


「そうだ……あの時ボスエリアに入り込んだのはわたしが『これ』を持って来ちゃったからだった」


 ポシェットから端末を取り出して、テーブルに置いた。するとソウビは血相を変えて「なんて事を!」と端末をひったくる。


「英知を連れて行ったんですか?! どんだけバカ……いやなんでもないっすわ……」

「バカって言ったよね? バカって」

「こいつは俺が預かっておきますからね! 大体テメェの所属は『六日のアヤメ』ウチだろうが! 勝手によそのパーティーに手ェ貸すなよな。報酬の分け前とか面倒くさくなるだろ」


 ソウビがイライラと端末を振っているけど、画面は光らないどころか何の音もしない。英知、本当にその中に入ってるのかな? それともただ無視してるだけなのか……。

 何にせよ、端末を置いていかないとまたレベルの平均値を狂わせてしまう。今回は探索がメインだから、荷物の中身ももう一度見直しておかなくちゃ。

 これは正式な依頼ではないけど、廃病院にもし『真実』が眠っているのなら、それによってロロを使った交渉を有利に進められるかもしれない。勿論、ロロの命を救う方向で『有利』にね。


「冒険者の仕事はまず聞き込みから! ソウちゃん、リン兄は今どこ? リン兄にもう一回病院についての話を聞きたいんだ」

「リンなら金烏亭に行きましたよ」

「金烏、亭…………ってたしか……」

「───『芥川龍之介』を追い、『六天遺跡』を管理している……黒点会の定宿」


 ヨウが重々しく呟き、エリシャもきつく唇を結ぶ。

 ライターズ、『芥川龍之介』。その名前を聞くのもなんだか久し振りに思える。

 黒点会というパーティーが存在する冒険者の宿、金烏亭。そこにいつかは行かなければいけない気がしていたけれど、まさかこんなに早く機会が訪れるなんて。


「行ってみよう、金烏亭! リン兄と……それから……」


 わたしはごくりと唾を飲み込んだ。

 なんだろう、この胸のぞわぞわした感じ。喉の奥が異様に渇く、この嫌な感じは一体なに……?


「黒点会のボス───スメラギに会うために」






 ───√K Chapter:1

    Completed.



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