─12─ Show・突
詠唱はもう慣れた。あの言葉は少しの違和感も無くわたしの口からすらすらと流れ出て、この体に力を与えてくれる。
血湧き肉躍る、なんて言葉があるけれど、わたしの血は今にも爆発しそうなくらい煮え立っていたし、わたしの肉は堪え切れない衝動にただただ『足』と呼ばれる部位を動かし続けるだけの、そう、───いわば獣と変わり無かった。
わたしの瞳はよく耐えた。この恐ろしい速度と熱風の中で、一秒たりとも瞬きをせずに、逃げ遅れた可哀想なゴブリンたちを捉え続けた。
わたしの手は優秀だった。わたしがどうしたいのか、この両手が一番よく分かっていた。わたしは今の自分の動きを言語化することなんて出来ないけれど、それでもわたしの手は、そこに握り締められた双剣は、一匹残らずすれ違うゴブリンたちを葬り去っていた。
八、九、十 十一 十二、十三、……そうして頭の中はどこまでも冷静に、これまで倒したゴブリンの死体を思い返している。
「は……っ、はぁ」
息が上がって、胸を軽くトントンと叩く。
血の味がして、おえっと嘔吐く。
腰に下げたポシェットの中から、イリクサを一本取り出した。どうせ中身は飲み切るんだから、転がり落ちた蓋の行方なんて知らなくていい。慣れない舌触りに顔を顰めながら一気飲みすると、ポシェットに小さな振動を感じた。
「え……? なんだろう」
『なんだろうじゃないんだよなァ! 良いから早く出せ! 忘れたのか?! この僕をッ!』
「あ……あああ!」
───思い出したぁ!!
そうだ! 荷造りしてた時に「なにかに使えたりしないかな?」と思って勝手に持ち出したものが一つあった!
かつてはわたしのバイタルチェック用に使われていたとかいう、旧文明の便利アイテム。『スマホ』とか『アンドロイド』とか『アイフォン』とか、まあなんか色々名称は違うみたいだけど(犬でいうダルメシアンとかチワワとかみたいなもんだと思う。)宿ではもっぱら『端末』と呼ばれている、それ……!
「ぷはッ……!」
もはやわたしが引っ張り出したのか、自分から転げ出てきたのか分からない。
半開きのポシェットから滑り出た端末が、眩い光を放ったかと思えば、弾かれるように青白い人型が姿を現した。
「えーちゃん!」
「お前ーッ! お前程度の『作品』はお前本体にしか加護を与えないんだぞ! あんな猛スピード出されたら僕が死ぬ! 服弾け飛んでも知らないからな!」
「そうなんだ! ありがとう! 弾け飛んでないから大丈夫だよ」
「僕が弾け飛ぶ所だったわボケが!」
そして、十四。
背中からこっそり近付いてきたゴブリンを、英知はノールックで仕留めてしまった。
何が起きたのか、さっぱり見えなかった……。英知がパチンっと指を鳴らした時にはもう、ゴブリンは一瞬だけ青くカッと輝きを放って、その場にひっくり返っていた。
「雷の魔法……? そういえばえーちゃんのジョブを知らない。キャスター?」
「僕の事はどうだっていい。お前、どうするつもりだこれから」
「ボスを倒しに行く」
「聞き間違いかな。僕は望んだ答えが出るまで同じ質問を繰り返すぞ。ゲームのNPCのように。お前、どうするつもりだこれから」
「ボスを倒しに行くボスを倒しに行くボスを倒しに行く」
「コマンド打ちながら壁にめり込んだらバグ技使えるとか無いから!」
コマンド? バグ技? 何を言ってるかよく分からないけど、駄々を捏ねながら岩壁をべしべし殴りつけているわたしを見て、英知は「ああもう、分かった分かった」と呆れ顔だ。
「適正レベルって知ってるか?」
「うん……? レベル、なら分かるよ。敵を倒した分だけ強くなるやつでしょ」
「ああまあそう。それでいい。これはチュートリアルのシナリオなんだ。ボスに挑むにはそれなりのレベルでないと、このシナリオでは登場しないことになってる」
……つまり?
ええと、つまり……今のわたしの強さじゃどれだけ探し回っても『ボスゴブリン』は現れない……ってことなの?
ぽかん───と口を開けているわたしを見て、英知はフンと鼻で笑った。
「残念だったな。恨むなら公式シナリオの安全設計を恨めよ」
「なんでそんなこと知ってるの……?」
「うん?」
「エリシャと、蠍ちゃんは、そんなこと知らなさそうだった。親父さんも知らないんでしょう。知ってたらわたしに回りくどいこと言わないはずだ。まあ強敵が出てくることなんて有り得ないから、気楽に行っておいでって……親父さんの性格ならそう言いそうなもんだ。なんで、えーちゃんだけそんなこと言うの……?」
……。
…………。
…………───何、なんですか。この沈黙は。
すごく……居心地が悪いんですけども……、いや、こんないかにも『敵が出てきます!』みたいな洞窟の奥で立ち止まって、居心地が悪いのは当然なんだけど……。
わたしと英知は暫くそうして見つめ合っていた。酸素が薄いせいか、わたしたちの間には必要以上に緊迫した雰囲気が漂っている……気がする。
「……そうだな。『緊迫感がある』。実にその通りだと思う」
英知はわたしの心の中を見透かしたような事を言って───
「僕がどうして適正レベルの話をしたか分かるか?」
「……?」
「パーティーのレベルって平均値で測るんだ。例えばお前が1、エリシャが4、アラクランが2だとする。レベルは2.4ってとこかな。ボスは到底出現しないだろう」
「ま、まさか……」
「コヒナにしては察しが良いな。やっぱり『今回』のコヒナはINTが高めか?」
ズン、ズン、ズン───足の裏を伝って、お腹の奥まで響いてくる嫌な気配。
まさか、まさか……さっきまであんなに「ボスを倒してやる」なんて意気込んでいたわたしの手は、あっという間にびっしりと汗をかいている。双剣を取り落とさないように構え直すので精一杯だ。
とんでもなく嫌な気配。こんな感じ、人生で一度だって感じたことは無い……!
「さ、パワーレベリングの時間だぞ。コヒナ」
ウインクしてみせた英知の背後から、何かが爆発したんじゃないの? ってくらいの音がして、辺りは木っ端微塵に吹き飛んだ。
洞窟って、こんなに広かったっけ───? なんて惚けたのも一瞬のうち。
「う───わあああああああああああ?!」
崩落。まさに、大崩落。
洞窟があった場所は丸ごと地盤が崩れて、わたしと英知はものすごいスピードでぐんぐん、ぐんぐんと落下していく。
この前は地面がひっくり返って、今度は地面が無くなって……?!
「わたし地面と相性悪いかも!!」
「ほのおだからじゃない? そろそろ最下層だ。着地良いか?」
「ッ、うん!」
近くなる地面に手を翳し、英知はビリビリと
ここが、ボスのフィールド。適正レベルでなければ到達できない場所。多分、アラクランとエリシャはここへは来られない。どういう仕組みかは分からないけれど、わたしたちのパーティーはこの世界の事情によって分断されてしまったんだ。
「来るぞ……!」
英知がコイントスのように弾いたのは、マジックアイテムのポートストーン。あの時お兄さんが鉄槌を呼び出したのと同じ要領で、英知はその手に紫電を纏った蛇腹剣を手にしていた。
英知の言葉に頷きだけを返す。なにか気の利いた言葉を考える時間も無かった。
最奥の岩壁に亀裂が走り、───ドゴォン! と真っ二つに割れる。立ち込める砂埃の中、一歩、二歩……と歩みを進めてくるのは、これまでのものとは比べ物にならないくらい巨大なゴブリン───いや、こいつは……
「オーガ……?! なんでオーガがゴブリンと一緒にいるの?!」
「知るか。ははぁ、しかしどうりで! ゴブリンが人を喰うわけ無いのに、あの爺ちゃんたちは何言ってんだかと思ってたけど成程な!」
自分は安全圏でぬくぬく過ごして、手下のゴブリンたちに人間の子供を誘拐させてたんだ……。
ずっとここに隠れていれば、自警団や騎士隊が事件を探りに来ても、討伐されるのは表立って現れるゴブリンの群れだけ。
オーガに人間ほどの知性は無いって聞くけれど、こいつはきっと生きるためならどこまでも意地汚くなれる。狡いことを考えて、平然とやってのけるんだ。
「許せない……っ!! ずっと昔からここに隠れて、ゴブリンたちを利用して……!」
「ま、実際僕が一緒にいて平均値を上げなきゃお前だってこのエリアに到達できなかった。お前もゴブリンの仕業だと思い込んで終わるところだったって事だな」
「うう〜っ!」
そうだ。それが悔しい。
ゴブリンたちが悪いんだとばかり思っていた。きっと親玉のゴブリンがいて、そいつが村の人たちに危害を加えるように命令してるんだって、そう思い込んでた。
強くならなきゃ見えないものがある。強くならなきゃ辿り着けない場所がある。この世界はつまり、そういうふうに出来てるんだ。
わたしが平等に、世界を知って、見届けたいと願うなら───わたしはもっと、もっと……強くならなくちゃいけないんだ。そうすることがきっと、遺跡の修復への近道になる。わたしはもっと強くなって、世界を知って、助けなくちゃ……!
わたしは 世界と、向き合う必要がある。
「絶対に倒す!! この依頼を、成功させる!」
「そう来なくちゃな。僕のコヒナ」
駆け出したわたしたちに呼応するかのように、オーガが「グアアアアッ───!!」と雄叫びをあげた。
予定調和で、ドラマティック。
わたしたちを『かかってこいよ』って嘲笑うみたいに、オーガはふとましい両腕を広げて、わたしの攻撃を今か今かと待ち構えているのだ。
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