─11─ 真、no

「ああ、つい最近もうちの子が見かけたばっかりよ。でもアイツら臆病だから、人間の子供がきゃあきゃあ騒いでるの見てさっさと引き返したようだけどねぇ。そうそう、ちょうどそこの門を出て東の方よ。息子たちが作った秘密基地の近くなの」


「秘密基地ならこっちだよ! お姉ちゃんたちゴブリン探してるんでしょ? あいつらぜーんぜん、怖くなかったよ。な!」

「うん。ぼくたちのこと見てビックリして逃げたんだもん」

「だけど逃げてった方向さ、追っかけてみたら大きな足跡も混ざってたんだ。きっとボスゴブリンがいるんだと思って、おれたちもう秘密基地で遊ぶのやめたんだ。ザコは怖くないけど、ボスは絶対怖いじゃん。漫画で見た事ある!」

「お姉さんたちがやっつけてくれるなら、また秘密基地で遊べるな」

「うん! あそこ、漫画置きっぱなしにしてあるんだ。だから秘密基地行けなくなったら、すっごい困る!」


「ボスゴブリン……? 何か知ってるかい、お爺さんや」

「ううぅん…………あ、そうじゃそうじゃ。二十年前じゃったかな。騎士隊の方々が洞窟を見に来てくだすったときは、中からふるぅい子供の服が出てきてなぁ。それはもう大騒ぎになったぞい。子供を攫って、食ってるに違いないとなあ」

「これ、これ。お爺さん、関係無い話をして冒険者さんたちを困らせるんじゃあありませんよ」

「すまん、すまん。婆さんは何か知らんのかね。その、ゴスボブリン……」

「ボブゴスリンですよ、お爺さん」


 ───といった感じでの聞き込みはおしまい。

 村の子供たちに詳しい場所も聞けたし、子供を攫って食べたかもしれない大物がいるってことも分かった。駆け出しのわたしたちとしては、そんな危険な大物が潜んでいる可能性を知れただけでも大違い。


「よーし!」


 ぱん! と両手を叩くとエリシャが頷き、アラクランも自信たっぷりに笑ってみせる。


「最悪ボスを見つけたらつつかず帰ります!」

「おう!」

「おれも、異論はない」

「程々に数を減らして帰ります! 蠍ちゃん、地図にチェックはした?」

「完璧。あとは報告用に中入ったら印付けてくだけ〜」

「天才! これでもうこの依頼の五十パーセントはクリアと思ってよし!」

「わーい。ハードル低すぎてウケる」

「モチベの下がる茶々を入れない! 行くぞー!」


 そんなこんなで、わたしたちは洞窟に足を踏み入れた。




 ジメジメした岩肌。隙間からは草が伸び放題になっていて、ゴブリンが頻繁に出入りするらしいところは岩が砕け、つるつるとした礫が剥き出しになっている。そこをわたしたちは慎重に降っていき、天井の高い広間のような空間へと辿り着いた。

 ゴブリンだって生き物だ。自分たちが生活しやすいように、ある程度住処を整えている。ここは食事をしたり、身支度を整えたり、起きている間のほとんどの活動を行う場所らしい。食べかけの果物や、小動物の死骸に蝿が集っている。ひどい匂いだ。

 わたしたちの侵入に気付いた何匹かが恐れ知らずにも立ち向かってきたけれど、双剣を抜くまでも無く、どいつもこいつもアラクランの蹴りの一発で伸びてしまった。


「お嬢ちゃま、殺す?」

「ううん」

「あらま、お優しいことで」


 気絶している三匹を、アラクランは軽々掴んで広間の隅に固めて積み上げている。


「別に優しくない。後でどうするか決めるだけ」

「ふぅん」

「勝てると確信したら燃やす」

「……へえ?」


 わたしが掌に炎を出してみせると、アラクランは愉快そうに目を細めた。


「お嬢ちゃまはそういうことしないと思ってた」

「うん……? ……奥に逃げた奴らがいる。多分、そいつらが本命……みたいな。今ここでこいつらを殺したら、奥に逃げた奴らは報復に出るでしょ」

「了解。殺すならお仲間まとめて皆一緒に送ってあげるのね。なんて情け深い女神ちゃまなの」

「冗談はいいよ。はやく次に行こう。……あっちの物音が大きいね、動揺してるみたいだ。叩いちゃおう」


 …………。


 ───……あれ?


 初めて、なんだよね?

 なんだかサクサクいけてる気がする。次に何をやればいいか、どういうことをしたら危険なのか、分かっている感じ。というか、これは……感じに近い?




 ◆




 やはり、と言っていいものか否か。


 流石はユウジンの娘だ。そう思う。

 彼女が他人からそう評価されることを望んでいなくても、世間は、おれたちはそう思わずにはいられない。

 彼女という駆け出しの冒険者にとって、父親ユウジンはあまりにも強すぎる後ろ盾であると同時に、厄介すぎる壁でもあった。

 それでも長年見てきた背中だ。彼女はしゃんとして、冷静に状況を見極めている。───あの強大な父と同じ眼差しを以て。


 洞窟は奥に進むにつれ、より暗く、より狭くなっていく。

 勝手知ったるフィールドへ誘い込み、おれたちを襲撃しようというのが奴らの魂胆であるらしい。


「むこう、岩陰に、二体。そのおくへ、左右にわかれて四体」

「ありがとうエリシャ。じゃあわたしは右に」

「俺は左ね。了解」


 おれの魔物検知の術でそれも簡単に見破れる。お嬢とアラクランも、二手に分かれたって充分戦えるだけの実力がある。

 はっきり言ってこの依頼は、おれたちには簡単すぎるくらいだ。


 もっと大きな仕事をするべきだと言うのではない。大きな仕事には危険が伴うし、何より駆け出しの冒険者にそんな事を頼む人もいない。ただ───、


「うん。終わったよ」

「お嬢、けがは」

「大丈夫。反撃もされなかったからね」


 スカートに付着した泥を払う。そんな余裕があるお嬢の目を見て、おれは「そうか」としか言えなくなってしまう。

 きっと彼女は大きな仕事をやりたがっている。歳頃の娘特有の、ユウジンに対する反発心なのか、それとも子供ながらに未だ夢を追い続けているのか。どちらとも受け取ることが出来る彼女の目の奥に、怒りにも似た熱の塊が揺らめいている。

 そう待たずして戻ってきたアラクランも同様で、やはり掠り傷ひとつも見当たらない。怪我をしなければおれの世話になることも無いなんて大口を叩いていたが、どうやらそれに見合うだけの腕は確かなようだ。


「だいぶ減らしたんじゃねえ?」

「ううん。さっき指笛を鳴らそうとした奴がいた。まだ仲間が残ってるんだと思う」

「お嬢ちゃま、もしかしてなんすけど殲滅する気になってる?」

「……え?」

「いや、ね。俺は良いのよ。暗い所好きだし。なんだけどお嬢ちゃま、このままグイグイいってアタマ潰す気なんじゃねえかな〜と思ってさ」

「できるならやっちゃった方がいい。できなさそうなら、帰るよ。ちゃんと」


 おれは早くも『嘘だ』と気付いていた。

 どうやらアラクランも同じ事を感じ取ったらしい。おれを見て、彼はわざとらしく肩を竦めている。

 三人揃って黙り込むと、洞窟はより静かになった。時折コウモリの羽音が聞こえて、それに扇がれた雫が水溜まりに落ちるだけ。

 おれが何を言おうか迷っていると、アラクランが「お嬢ちゃま」とすぐそこへ跪いた。


「本当は帰りたくないけど〜って聞こえるんだよ、さっきから。お嬢ちゃまのそれはさ。あんね、俺思うんだけど洞窟の中のゴブリンをぜーんぶ退治するならね、親父さんは村に宿を取るようにって言ったと思うじゃんね。親父も冒険者の宿の責任者なわけじゃん? でもそういう話をしなかった。わざとしなかったんだよ。俺らに『出来れば今日中に帰って来なさい』って言いたかったんだと思うのさ」

「…………」

「ありゃ、目逸らされちったァ。俺変な事言った?」

「いってない。……お嬢、あなたがもってきた紹介状だが、おれ宛の手紙が同封されていた。内容を、はなしておいたほうがいいだろう」

「……?」

「あなたを、日付が変わるまでに宿へつれて帰るように」


 お嬢は目を見開いている。

 どうして? と詰め寄りたい気持ちを抑えて、おれを見つめるだけに留めている。


「酷なはなしだが、今回にかぎってはあなたやおれたちに、事件の解決は期待されていないんだ」

「なッ……、蠍ちゃんも知ってて……?!」

「いンや? でも薄々そうだろうな〜って。お嬢ちゃまがスッゲーやる気だったから言わんかっただけ。俺偉いっしょ?」


 アラクランを肘でどつく。こいつ、目の前でお嬢がショックを受けているのが分からないのか? ……いや、人の心を察せる奴が盗みだの詐欺だのに手を染めるわけが無いか。

 何にせよ、ボスを倒すなんて以ての外だ。お嬢の言った通り、奥へ逃げた残党はもう少しばかり追っても良いだろうが、依頼書の報酬額を見てもこれくらいで引き返すのが妥当に感じる。


「お嬢、おれはあなたを無事に家までおくりとどけなくちゃならない。そのためのおれなんだ。ガンダルヴァには恩がある。その恩を仇で返すことがないように、どうかおれの頼みをきいてもらえないだろうか」

「エリシャ……」

「お! 迷子の雑魚だ」


 キシュウッと縮み上がるような鳴き声が聞こえた。

 暗闇を横切ろうとした一匹のゴブリンが、アラクランの投げつけた瓶で頭を打って、岩壁から転がり落ちる。そいつは手足をばたつかせている間にお嬢の双剣で切り付けられ、一瞬で動かなくなってしまった。


「大人しくしとりゃ良かったものを! なァんか忘れ物でもしちゃったんすかね」


 敵とはいえ、奪った命のその『最期』を嘲るだなんて、全く品の無い男だった。

 隣に佇んでいるお嬢まで顔を顰めている。上手くやっているように見えて、お嬢も彼のこういった態度は見過ごせないようだ。お嬢はアラクランの方へ肩を怒らせて歩み寄り───違う。彼女が向かっているのはゴブリンの方。今し方息絶えたそいつへ近付き……お嬢はゴブリンが咥えている『なにか』を拾い上げた。


「こ、れ……」


 お嬢の片手に乗るくらいの、小さくて固い、なにか。

 遠目に見ても鮮やかなそれはイチゴのような色をして───


 お嬢はハッとして立ち上がる。


「……子供の、靴だ……!」

「お嬢?!」


 言うが早いか、お嬢はその靴さえも放り投げて走り出してしまった。

 なんて速度だ。幻でも何でも無く、彼女は突風を起こして飛び出していった。入り組んだ洞窟では彼女の行く先さえ知れない。


「どうすんだ?!」

「手分けしてさがすしか、ないだろッ」

「マジで言ってんの……? ここただの洞窟じゃない、昔坑道だったんだぜ?!」

「なら、なおさらはやくさがさなくちゃ、お嬢の炎魔法ではこんなせまい場所、崩落させかねないだろ」

「……ッ」


 アラクランは地団駄を踏んで、漸くお嬢の消えていった方向へ走り始めた。彼でも相当な速さだが、お嬢のそれは比ではない。

 二人がかりで探し回って、追いつけるかどうか。

 恐らく、彼女と遭遇したゴブリンがこの中を逃げ惑い始めるのも時間の問題だろう。おれは魔物感知の術式を壁に刻んで、岩壁に沿って足を進めた。

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