─3─ 六天

 ……目を開けると見た事も無い景色が広がっていた。

 まあ、今のわたしにとっては全てが『見た事も無い景色』のはずだけれど。


「ここは……?」


 英知の腕を押し退けるようにして、一歩前へ踏み出す。歩く度にカン、カンと硬質な冷たい音が響いて、わたしの肌を強風が撫ぜてゆく。ここは随分高い所みたいだ。

 わたしたちは螺旋状の階段の途中にいて、階段は、巨大な塔のような建物の周囲へぐるりと巻き付くようにして天へ伸びている。わたしたちが立つ場所が一番高く、他の五つの塔は、全て見下ろせる範囲の高さで留まっていた。今のところは。


「作りかけに見える。あれも、あっちの塔も」

「そうだ。ここは『六天遺跡』」

「ろくてん……、遺跡? 遺跡なのに作りかけなの」

「作りかけというか、勝手に修復されつつある」

「?」


 ぱちんっとまた英知が指を鳴らした。

 遺跡にはさっき彼が入っていた『端末』のようながらくたがそこら中落ちていて、そのうちの一つ、わたしの顔くらいの大きさはある長方形のものが、ふわりとわたしたちの所まで浮き上がってきた。


「画面を見ろ」


 画面、というのはこのツルツルの表面のこと? わたしが覗き込むと、まるで精巧な絵画のように、この遺跡に似た場所の風景が映し出された。

 高い建物がいくつもあって、そのどれもがきちんと整備されている。遠く離れた地面には、動きやすそうでとてもお洒落な服を着たたくさんの人たちが歩いたり、走ったりして、なんだか活気のある楽しそうな街に見えた。凄いスピードを出して移動する、黒や銀色の塊も見える。生き物には見えないから、乗り物? 飛空挺にしては走る場所が低すぎる。


 「旧文明だ」と英知が言った。

 英知の指が画面に触れて、右の方をトントンと軽く叩くと、映像のスピードが加速していく。

 やがて妙な天気が増えてきた。カンカン照りに人々が苦しみ始めて、あるいは大雨で乗り物が流されていったりした。いくつもあるうちの建物から、ひとつ、またひとつと明かりが消えていき、何故か人々は至る所で殴り合いを始めた。刃物を持ち出して襲い掛かる人や、乗り物でわざと人にぶつかる人も現れた。酷い雷が建物に落ちてきてわあっと炎が上がった時は、画面越しにも耳を塞ぎたくなるような絶叫が轟いた。

 やがて人の姿は見えなくなった。おしまいに、流星がいくつも降り注いで街を蹂躙し、後には何にも残らなかった───。


「これが今から二千年前の映像」

「二千年前?! じゃ、じゃあここも二千年前の遺跡ってこと?」

「そうなるな。二千年前、この世界は文明も科学も発達して人々は何不自由無く幸せに生きていたが、貴重な資源を使い果たして星はボロボロ、人も争いを繰り返して見事に自滅。それでこの有様だ」

「えっと……」

「なんだよ」

「わたしなんでここに連れてこられたの?」

「勝手に修復されてるって話しただろ」

「え? う、うん」

「お前がやってるんだ」

「……え?」

「だから、お前がやってるんだ。二千年前の、この『六天遺跡』の修復を。お前が」


 呆然としているわたしの胸に、英知がそっと手を翳す。そして何かを引きずり出すみたいに手招きして、わたしの体から光に包まれた『なにか』が現れた。

 それは一冊の本だった。と言っても、焼け焦げてギリギリ本だと分かる形の、何も書かれていない代物。表紙にはタイトルや、作家の名前すらも無い。


「お前はこの世界に複数いる『ライターズ』のうちの一人。お前が冒険者として仕事をこなせばこなすほど、この遺跡は勝手に修復される。他の『ライターズ』もそうだ」

「完全に修復されたらどうなるの?」

「……別世界線パラレルワールドに存在する、まだ無事な『旧文明』を救い出せる」

「? ……ちょっと難しい」

「世界がいくつあるかは僕にもまだ分からない。ただはっきりしていることは、世界は複数存在していて、そのどれもが概ね同じストーリーを辿っているらしいということだけ。僕たちのいるこの世界の『旧文明』は壊れてしまって、今は『新文明』が歴史を刻んでいるが、この世界のどこかにはまだあの二千年前の姿を維持している場所が存在する。そしてこの『六天遺跡』は、そこに繋がっている」

「わかった。あなたの目的はその世界を助けること、なんだね。だからわたしに冒険者としてたくさん働いて欲しい」

「ワオ。お前は僕が知るどのコヒナより物わかりが良いな」

「……」


 それって記憶を失う前のわたしがバカだったってこと?

 それとも別世界線パラレルワールドのわたしがバカだったってこと?


 何にせよ、記憶が無いから「これをしろ」って決めてもらえるのは有難い。ボロボロの本は、手の中で何度か撫でているとまたわたしの体の中へ帰って行った。


「えーちゃんは、どうして遺跡を修復したいの?」

「僕は別にこの世界に思い入れがある訳じゃない。ただ『旧文明』を救いたいだけだ。あっちの方が便利なものがたくさんあるから」

「うん。わたしにもそう見えた」


 そう、自然に答えて……


「今わたしあなたのこと、『えーちゃん』って呼んだ?」

「呼んだとも。何がおかしい? お前は元から僕をそう呼んでいただろ」

「……そう、ならいいけど」

「お前に一番言いたかった事は言えた。それじゃ、行こう。……あ、ソウビに『詫び石』でも拾っていくか」

「石って?」

「ここに落ちてる資源は何かと使えるんだよ。拾ってソウビに恩を売っておこうかと」

「わたしも拾う!」


 考えるより動く方が好きだから、わたしは英知を追って階段を駆け降りていった。

 ソウビは賢そうな人に見えたし、良い資源を拾って帰ったら、あの映像で見た乗り物とかも作ってくれたり……しないかな? あの端末も元は英知ではなく彼が使っていたようだし。




 日が高くなる頃には、英知に教えられて『液晶タブレット』『車』『冷蔵庫』など、ある程度の物の名前は言えるようになってきた。

 けれど全部旧文明の遺物であって、街へ帰ったらろくに役立たない知識だ。

 拾った『クーラーボックス』の中に資源を詰め込んで、「よし、もう良いだろ」と英知が腰を上げる。


「資源を集めてこいって依頼も宿にはよく来る。経験しておいて損は無い」

「ありがとう」

「フン」


 そこは「どういたしまして」で良いのに、彼は真正面から感謝されたり褒められたりするのが少し、気に入らないようだった。


「テレポートでカラットまで帰る。僕の手に掴まってくれ」

「うん」


 行きと同じように連れて行ってくれるなんて、親切だ。わたしは素直に英知の元へ駆け寄って、そして彼へと手を伸ばした。

 今となってはちょっぴり懐かしい光に包まれて、目を閉じる。


 ───その時だった。


「なんだ……?!」


 英知の声に驚いて、ハッと顔を上げる。

 目まぐるしく変わる風景。ここは? 遺跡の風景じゃない。暴風に髪やスカートを煽られて、つい英知の腕を振り払ってしまったのがいけなかった。


「バカ! 手を……」


 血相を変えた英知がこちらに手を伸ばすも、わたしの体は舞い上がって、ぐるりぐるりと回転しながらどこかへ引っ張られていく。

 まるで巨大な落とし穴を落下し続けているようだった。

 辺りを見回す。わたしの周り一面に、あらゆる映像が表示されては消え、また流れては消えを繰り返している。それは燃える山小屋の映像だったり、階段の下で倒れている血塗れの女の人の映像だったり、豪奢なシャンデリアが誰かの脳天目掛けて落ちてくる映像だったり───何一つ穏やかとは言えないものばかりだった。

 わたしはぐるぐる、落ち続けて、落ち続けて───そして漸くどこかに辿り着いた。


「っ!」


 地面に身体を打ち付けたけれど、高さの割には何とも無い。服が破れていたり、汚れていたりする事も無い。

 わたしはかぶりを振って、膝をついたまま顔を上げた。


「!」


 ───わたしの前に輝いたのは、黒光りする長い筒。これは銃口だ。わたしは今、銃口を向けられている。


「見つけました。『ライターズ』」


 感情の一切を窺えない、冷たい声。

 暗闇に慣れてきた視界に、一人の少女の姿がぼうっと現れる。長い赤毛を胸の前で結わえた、不思議な髪型をしている。真っ黒な衣装に身を包んで、それはまるで何かの制服のようにも見えた。


「あなたが『文豪』かどうかは分かりません。……が、用心しておくに越した事は無い。ラズロ・ロス・メルタ、あなたをBANさせて頂きます」

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