第7話 誕生日と時の神
エミリウスの隣でしずしずと廊下を歩きながら、シビラは内心わくわくしていた。
偶然とはいえ、こんなに早くまたお話ができるなんて!
すると、横から声がかかった。
「そういえば、人間の世界では女性に年齢を尋ねるのは、失礼に当たるかもしれないと聞いたのですが」
「はい、でもそれは大人の女性の場合です。女性はいつまでも若く見られたいものなのだと、宿屋の女将さんが言っていました」
だから自分のような子供に気遣いは不要だと、シビラは明るく答えた。
子供相手にも、エミリウスがちゃんとレディとして扱ってくれるのが、シビラには嬉しかったのだ。
「そうですか。長命種の魔族と短命種の人間では、随分と感覚が違うようですね。では伺いますが、シビラさんはいくつですか?」
「昨日で六歳になりました!」
「昨日? それではご自分の誕生日に宿屋を追い出されたのですか?」
「あ、正確にはお父さんとお母さんの命日が私の誕生日と同じで、ただ区切りが良かったんだと思います」
宿屋に住み込みで働いていたときは、屋根裏部屋を与えられていた。
といっても、
でもそれは、大人のようにちゃんと仕事ができない、どう頑張っても半人前で厄介な子供のシビラには十分過ぎるもので……分相応にすら感じていた。
なにより、役立たずの子供のシビラを二年間受け入れて、居場所をくれた。十分な恩恵を受けてきた。だからシビラは追い出されても、女将さんを恨んではいなかった。
「区切り……ああ、人間の世界でいうところの『時の神』の恩恵ですね」
「はい!」
魔族の世界での認識はわからないけれど、人間の世界では誕生日は非常に重要視されている。
この世界の創造主である「時の神」に、時間を与えられていると人間は考えている。
だから与えられている時間を正確に記憶しておくことは、とても大切なのだ。
誕生日は祝う他に、神への感謝を示すための区切りの
シビラも、本当は花畑で最期を迎える前に、時の神にちゃんと「与えられた時間に感謝します」そう述べて終わらせるつもりだった。
「ご両親が亡くなられてから、他に祝ってくれる人はいなかったのですか?」
「白猫ちゃんが一緒にいてくれました!」
「白猫ちゃん?」
「町にいた野良猫で、私の大切なお友達でした。町を出るときにお別れしてきたのです」
エミリウスにシビラは咄嗟に友達の話をした。
両親が亡くなってから誕生日は一人で過ごしていました、というのは何となく避けたかったのだ。
やはりちょっと見栄っ張りだっただろうか。シビラがそろそろと隣のエミリウスを見上げる。
しかしエミリウスに変わった様子はなく、シビラは安心して別の話をした。
「魔族の世界でも誕生日は重要なのですか?」
「人間ほどの概念はありませんが、そうですね。一応、己の道筋を決める一つの指標としている傾向はあるようです」
「閣下は、おいくつでいらっしゃるのですか?」
「年齢は確か五百はくだらなかったと思いますが」
「ご、五百……」
「おや、いくつに見えましたか?」
「十代後半……十七か八に見えました」
「それは随分と若いですね」
シビラが言葉を失っていると、エミリウスはくすくすと笑って、それから前方へ目を向けた。
歩きながらの会話に夢中になっていたシビラは、いつの間にかエミリウスとの距離が近くなっていたのに気づいた。少し距離を取るべきか、様子を
しかしエミリウスは全く気にした素振りを見せなかったので、シビラもそのまま隣を歩いた。
大人の人と歩くとき、いつもはついていくのに必死で、会話を楽しむ余裕なんてなかった。なのに……そういえば全く歩くのが大変ではないことに、シビラは「あれ?」と内心首を
もしかして、私の歩調に合わせてくれているのかしら?
隣を見上げると、エミリウスが立ち止まった。目的の場所に着いたのだ。
「さて、着きましたよ。ここは石碑の塔と呼ばれています」
そこは、城の中でも一際ひっそりとした雰囲気の、離れの塔だった。
石造りの塔はかなり高く、子供のシビラではてっぺんまで見えない。
石碑の塔と呼ばれるだけあって、回りには石碑がたくさん立っており、等間隔でぐるりと塔を囲っている。その入り口の扉を、エミリウスが開いた。
ギイイィと音を立てて開かれた塔内へ、先に入室するよう「どうぞ」と
「私は塔内の部屋を巡回しながら上りますので、シビラさんは頂上にある部屋まで先に上っていてください」
「はい」
言われた通り、シビラはグルグルと螺旋階段を上り始めた。
塔を上っていく途中に、いくつか小部屋があったが、そこはエミリウスが巡回すると言っていたので通り過ぎる。
そうして何とか塔の上まで辿り着いた頃には、足がかなり疲労していた。
「ふうっ」と一呼吸吐いて、シビラは前にある扉を開ける。
塔の上の部屋は、外観で想像していたよりも、かなり広々としているのに驚いた。
長年放置されていたらしく、埃や年月の経過による劣化は見られたが、そこまで状態は悪くない。
豪華とはいえないが、質素だが品がある内装だ。書斎のような雰囲気があり、落ち着いていて、不思議と休まるような穏やかさを感じる。
部屋の中へ入り、奥へ歩いていくと、壁にかかった大きな肖像画が目についた。
「人間?」
綺麗な女性の肖像画だった。
しかし何故人間の肖像画が、魔族の城に飾られているのだろう?
肖像画に触れ、表面の埃を軽く落とす。何か文字が書かれているが、シビラには読めない。
基本的に文字の読み書きなどの教育は、貴族などの上流階級が受けるものであり。平民は、上流階級と何らかの繋がりがある者以外、できないのがほとんどだからだ。
「──一部の魔族しか知らないことですが、大魔王は元々人間でした」
背後から近づいてくる気配に、シビラはハッとする。
後ろを振り返ると、遅れてやってきたエミリウスが、静かに
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