第18話 迎えにきたエミリウス

 魔族は己の配下の、特に目をかけている者には自らの印をつけて所有を示す習慣がある。そうすることでどの魔族が誰の陣営か表明し、互いに力を誇示こじすることができるからだ。


 力こそ正義の魔族において、己の配下もまた、力を示す重要な手段の一つとなる。


 だが、魔族の誰もが喉から手が出るほど欲しがるエミリウスの印を、受けた者がいたとはついぞ聞いたことがない。


 契約者とはすなわち、エミリウスの庇護下にあるのを示すのはもちろん。大魔王の最側近だった男の後ろ楯を、人間でありながらシビラは手にしているということだ。


 そうと知っていながら、その娘を攫った代償は大きい。


 手を出さないようにと命ぜられた通り、傍観するにとどめているが……ロードは前方の惨劇に顔をしかめる。


 シビラを攫ったのは、魔族の中でもとくに古い家柄の高位魔族だった。


 辺りには城の一部であった瓦礫が散乱して、城内のいたるところに死屍累々の惨状が広がっている。


「馬鹿が、そのまま眠らせていればいいものを。寝た子を起こすからこうなる」


 かつて牙城と呼ばれた高位魔族の城も、これで完全に落ちるだろう。


 念の為ついてきたものの、愚かな行動の行く末には、微塵みじんの憐れみも感じることはなく。


 ただただ歯痒いような、もどかしい心境にロードはあった。





 ──高位魔族の城を訪ねるのは久しぶりだ。


 頼る灯りは空の星の光しかない、人間のシビラには不便な場所にエミリウスはいた。


 自らが築いた屍の山──魔族と魔物の遺骸の積もった頂上に片膝を立てて座り、辺りを眺める。


 かつて城の大広間だった天井には、大穴が空いている。戦闘中、ドラゴンの吐いた炎で崩れたらしい。


 加えてデザートローズの成体が暴れ回った外壁は崩壊し、城内のいたるところで天井が崩落。足場は降ってきた瓦礫で埋もれている。


 この城の城主である高位魔族は先刻、突如空間を切り裂き現われたエミリウスに、何故シビラを攫ったのかのたまっていたが、


 人間を契約者として扱うなど腑抜けになったのかと詰問し、人間に肩を持つ気かとよく聞く責め苦を並び立て。


 そうしていざ、エミリウスが処罰を下す段となったとき、命乞いをし、誘拐を企てたのは自分ではなく息子だと罪をなすりつけた。


 仮にも高位魔族でありながら、己の手を汚さず息子に実行させる。実態はクズだった。


 浅慮せんりょな行動には呆れを通り越して虫唾が走る。親である城主は早々に切って捨てた。


 それにしても──その息子とやらは、どこにいるのか。


 地上より遙かに高い位置からエミリウスは改めて周りを見渡す。


 気づかぬうちに他の魔物と一緒に片付けてしまったか。


 自ら築いた屍の山の頂上に片膝を立てて座るエミリウスの眼下には、ゆうに百を越える魔族と魔物の遺骸が散乱している。


 高位魔族の城、それも城内ともなると魔物だらけなのは当然だが……久々の感覚にゾクゾクと血がたぎる。


 ああ、やはりこうでなくては。


 血と暴力の渦中にあって、壮観さに高揚こうようするエミリウスの耳に、下から声が届いた。


「大魔王よりも強いとは聞いていたが、まさかここまでとは……」


 他の魔物たちの下敷きになって、辛うじてだがまだ生き残っていたらしい。


 地面に這いつくばり、虫の息で青年の魔族が、エミリウスを見上げていた。


「あなたですか、私の契約者を攫ったという高位魔族の子息は。駄目ですね。試す相手は選ばないと」


 エミリウスがゆっくりとした動作で、屍の山を下りていく。やがて、地面に到達すると、エミリウスは青年を見下ろす。


「私たちはただ、大魔王に成り代わる資質を持ったあなたが人間の娘に慈悲を与え、憐れみから傍に置くのを見ていられなかっただけだ。大魔王と同じ名を持つ者とはいえ、相手は人間だぞ? 寛容にするにも限度がある。あなたは魔族の代表と同等の地位にありながら、我々よりも人間を優先し、魔族を蔑ろにするのか」

「それには少し語弊がありますね」

「どういうことだ?」


 敗者とは無様なものだ。遺骸の山から這い出ることもできず、己の矜持きょうじすら保てぬほど、最後はみっともなく足掻くしかないのだから。


 青年に、エミリウスは答えた。


「憐れみから傍に置いているのではないからです」

「なん、だと?」

「一部の高位魔族の間では、私が溺愛する魔族の姫君として欲しがっている輩もいるようですが。あの子の心を欲しがっているのは私の方ですから」

「人間の娘を欲しているだと……?」

「どこまでも自分本意な性質は魔族の特権のようなものですし、それに文句を言うつもりはありません。けれど残念ですが、他人の心配をする振りをして、高潔なる魔族に栄えあれと都合の良い傀儡を欲しがる高位魔族のかつ神輿みこしになるつもりはありませんので」

「愚かな戯言を! 我々魔族よりもあの人間の娘を取るとは。人間相手にそこまで落ちたか!」


 事実を述べたら血が上ったらしい。話の通じない無能には辟易する。


 カッと怒りに任せて言い募る男を、エミリウスは冷めた目で見据えた。


「やれやれ困りましたね。あの娘と私の話に、余計な口を挟むなと言っているのがわからないとは。まったく」

 

 ──話をする価値もない。


「なっ!?」


 驚愕する男を、エミリウスは他層次元を構築し、ズレを生じさせ空間ごと切り裂いた。


「が、ぎっ、ぎゃあああああああああああ!!」


 耳をつんざく断末魔にも、エミリウスは顔色一つ変えず、淡々と始末をつける。


 やるべきことは終わらせた。後片付けはロードに任せるとして、エミリウスがシビラを迎えに行こうとしたところに、鈴を転がすような声がした。


「──エミリウス様?」


 振り返ると、そこにはエミリウスが大切にしている娘がいた。


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