メケメカスの魔導士協会
ククラが着いた場所は、この世界では見た事のない形をしている町だった。
鋼の国。メケメカス。
鉱山が多く、それで国を興し発展している国で、噂では古き遺産のガジェットが眠っているという。
その中央都市コンマリ。そこにククラは来ていた。
変わっているのは、そこに立っている建物が背の高い建物が多いという事だった。ククラには少し懐かしい気持ちを起こさせる町だ。
こんなに身長の高い建物が林立しているのは、他では見た事がない。
もちろんククラが見た事がないだけでなく、この世界ではとても変わっている形だ。此処まで鉄鋼に頼っている国は他にはない。
おかげで他よりも文明が進んでいる分、魔導は遅れている。
というよりかは魔導士があまり相性の良くない鉄鋼を敬遠している感があった。
ククラは最初に家を探し始めた。
この国に長く住むつもりだったから住みやすい家が良かった。
この世界には不動産屋があるわけでは無いので、良さそうな家を見つけたらそこの持ち主に話をしなければならない。
ククラは宿を取って地道に探した。
一週間が過ぎるころ、ククラは街中に立つ二階屋を手に入れた。
そこは利便性が良いのだが少々日当たりが悪いので、お安く手に入るという話だった。
本をたくさん集めるつもりのククラには丁度良かった。
期待していたよりも安く買うことが出来た。
さっそく1階の改造に着手する。ククラは下を店にしようと思っていた。
そうは言っても何かを売るわけでは無い。
つまりお客の話を聞く場にしたかったのだ。
魔導書を並べる棚を壁面一面に作った。
その前に大きな固い木製の机を置き、その前に小さな応接用の薄水色のソファを置いた。
窓はドアの横に大きなものが付いていたが、外から丸見えだったので魔法で見えなくした。中からは見える優れものだ。
そして表には小さな看板を掛けた。そこには。
【ようこそ・魔導士の店へ】そう書いてあった。
ククラは一階が改造し終わると、二階に着手した。
一階からドアのない階段がつながっている二階は、リビング、キッチン、あと一部屋あるだけの小さな間取りだった。
部屋にはベッド。リビングに小さなテーブルとイス。
色々と細かいものを揃えるのはもう少し後にするとして、取り敢えずはこれで十分だった。
ククラは家の改造に随分と力を入れた。もう何日もたっている。
家具を買ったり布や魔法の道具を買ったりで、手持ちのお金は少なくなったが、ククラは満足そうにうなずいた。
やっと落ち着いて下のソファに座ってみる。
そこから見える風景に何だか嬉しくなった。
此処が自分の家。
新しい故郷になる。
そんな事を考えているククラの耳に、ドアをノックする音が聞こえた。
ドアの方を見ると窓に人影が写っている。
魔導士のローブを着ているようだ。
「…はい」
ククラがドアを開けるとそこには一組の男女が立っていた。
女性は茶色い髪を二つに分けた三つ編みにして下げている。くりくりとした大きな栗色の眼に、それを覆うような大きな眼鏡をしていた。
男性は金色のくせ毛に緑色の瞳、肌が浅黒いのが少し変わっていた。
「…何の御用ですか?」
ククラがそう聞くと、小さな女性の方がにっこりと笑った。
「あなたは魔導士ですか?」
「…ええ。そうですけど」
ククラがそう答えると、隣に立っている男が口を開いた。
「俺達は此処の魔導士協会から来たものだ。話をさせて貰ってもいいか」
「…どうぞ」
ククラは二人を招き入れる。
そして首を傾げる。何の用事だろう。
お茶を出してククラは相向かいに座る。
二人はお茶をひと口飲んだ後、話を切り出してきた。
「ええと。今まで魔導士協会に所属したことはありますか?」
女性が聞いてくる。
「…いいえ」
ククラが首を振ると、女性は少し困った顔をした。
「大概の魔導士は協会に所属をしています。入らないで此処で商売をするとなると、協会員との争いが出るかもしれません」
「俺達、魔導士協会は古くからここ、コンマリで活動をしている。もしも君がここに居るというならぜひ入ってもらいたい」
二人にそう言われてククラは困った顔をした。
大体それ自体が分からないのだ。
「ええと。質問をしても良いかな」
「はいどうぞ」
女性がそう言って笑う。
「…悪いんだけど、僕に名前を教えて貰える?」
ククラがそう言うと女性があっという顔をした。
「ご、御免なさい。そうよね、私はトビナ。この人はジェイよ」
「そう。…じゃあ質問をするよ。魔導士協会って何をしている所なの」
ククラの質問にきっかり10秒はトビナが黙った。
「ええ!?協会の事を知らないの!?」
「うん。…今まで聞いたことが無い」
二人が顔を見合わすのをククラは見ている。
「…魔導士協会というのは、言ってしまえばギルドのようなものだ。そこに所属をして仕事をしたり、助け合ったりする」
「魔導の勉強や、一人ではできない依頼なんかに、人を手配したりするの。…大体が相互扶助の精神でやっているわ」
「…ふうん」
ククラの返事にジェイが眉を寄せた。
「…お前の名前は何というんだ」
ジェイが聞いてくる。
しごく当たり前の質問なのだが、ククラは少し答えづらかった。
「…入ると決めたら言うよ」
ククラのその答えに、二人とも黙った。
「…もしやお前は犯罪者か」
ククラはその質問には答えなかった。
そのククラの態度にジェイは溜め息を吐く。
「…子供の魔導士が生意気に、店を出すなんて十年早いと思うけどな。もう少し魔導の勉強をしてからいろいろ考えてやったらどうだ」
「ちょっとジェイ。それは失礼でしょ?」
ククラはその言葉を、大人としては当たり前の意見として聞いている。
「どれほどの事をやれた気になっているのかは知らないが、魔導士というものはそんなに甘いものじゃないんだ。少し使えるからと言って商売になるものではない」
ジェイが忠告を、随分な悪口を混ぜて言ってくる。
トビナが慌ててフォローに入った。
「あ、あのね。悪気があって言っている訳じゃないのよ。ジェイも、ただ心配なだけなの。…その君みたいな若い子が魔導士の店なんて」
ククラが二人に言われている事に、肯いてからお茶を飲んだ。
二人はそんなククラをじっと見ている。
「…協会に入ると制限が掛かったりする?」
大人の意見を気にせずに、ククラが質問を続ける。
その質問にトビナが頷く。
「ええ。協会員の決まり事があるわ。…細かくは手引書をあげるけど、何か困る事があるかしら?」
ククラは少し微笑んで頷く。
「魔導の制限があると困るかな」
「…そんなものはもっと優秀になってから考えればいい。…大体、なんで名前を名乗れないんだ」
ジェイが怒った口調でククラに言う。
それを聞いてククラは困ったように笑った。
「…入ると決めたら名乗ると言ったけど」
「そんな、もったいつける様な名前なのか。お前のような子供が考えてる世界なんて小さなものだ。…お前が考える程、お前の名前なんて誰も知っちゃいないものだ」
…そうだと良いのだけど。
ククラは、黙ったままお茶を飲んだ。
そのククラの態度にジェイが切れそうになる。
立ち上がって何かを言おうとしたジェイを、トビナが止めた。
「ちょっと黙っててジェイ。…あのね、魔導の制限はそんなにはないわ。ただ禁忌を使ってはいけない事にはなっているの。それを使うと協会から罰せられるわ」
「…法律ではないんだね」
ククラの言葉にトビナが肯く。
ジェイは低く唸ってからソファに再び座った。隣に座っていたトビナが少し跳ねる。
「…前に居たところでは僕は一人でやっていたから、協会とかの仕組みは分からない。ただ仕事がしにくいと言われれば、入った方が良いんだろうな」
ククラが二人を見て、そう呟くように言った。
「そうね。私は入って欲しいわ。…あなたが知っている魔導をより深く知るためにも」
トビナはそう言って、ククラを見る。
ククラは少しエメンダを思い出して笑う。
女性の頼み事は聞いておいた方がよさそうだな。
そのククラの苦笑をトビナが不思議そうに見た。
「…いいよ。その協会とやらに入るよ」
ククラがそう言うとトビナは嬉しそうに微笑んだ。ジェイが身を乗り出してくる。
「よし。それなら、お前の名前を教えろ」
「…あなたも、しつこいな」
ククラがそう言って笑うと、ジェイは少し怒った声で言った。
「名前も知らない者と、長い話は出来ない」
ククラは少し息を吐いてから、二人を見た。
「…僕の名前はククラだ」
知らない様にとは願ったが、そんな訳がなかった。
二人はククラの名前を効いた途端に、口を開いて固まった。
「…え?ククラ?」
「…その名前は聞いた事があるぞ、確か」
そのつぶやきはククラの耳には少々痛く響いた。
二人がじっとククラを見る。
ククラはそんな二人に肩を竦めて見せた。
「…本当に、あの、ククラなの?」
恐る恐る聞いて来たトビナの言葉に、ククラは苦笑いをする。
「どの、ククラの事を聞いてるか知らないけど。…僕はククラだよ」
「じゃあ、お前はオンウルから来たのか」
「…そうだよ」
ククラの頷きにジェイが口に手をやった。
何だか顔が赤くなっていく。トビナがそれを見ながら溜め息を吐いた。
「…変な事を言って恥ずかしくなるのは自分でしょ?少しは勉強しなさいねジェイ」
トビナがそう言って、もう冷めた紅茶を飲む。
ククラが不思議そうに見ているのを、トビナが微笑んで見返した。
「じゃあククラ君。協会の方に来てもらえるかな。手続きがあるの」
「…いいよ」
ククラは机の上に置いてあったローブを被って、二人と共に協会へ向かう。
町の少し外れたところに在るそれは、古い地味な教会風の建物だった。
この新しい文明の豊かな町の中では逆に目立っている。
外はレンガ造りの大きな建物で、特に看板は掛かっていない。
中に入ると大きなロビーがあり、図書館の様に本が並んでいて魔導士のローブを着た人たちがそれを読んだりしている。
何人かの魔導士が、二人と入って来たククラをちらりと見る。
「中は後で案内するわね。結構、複雑な作りなのよ」
トビナの言葉に、あたりを見まわしていたククラは頷いた。
ククラはその奥の受付まで行って、必要な書類を何枚か書かされる。
最後の署名の時にジェイがじっとククラの手元を見る。
ククラが不思議に思ってジェイを見あげると、その視線に、ばつが悪そうにジェイが告げる。
「…この書類だけには、判定の魔導が掛かっている。…嘘の名前は書けないように」
つまりククラが、本当にその名前なのかを見たいという事だ。
まだ疑っているジェイにククラは苦笑をする。そのククラの手元をジェイは真面目に見ていた。
ククラはそのまま、ペンを走らせてサインをする。
書類は薄紫色の光を出して、ククラの名前を浮かび上がらせる。
そして光が消える。
ククラの名前は消えることなく、そこにあり続けた。
それを自分の眼で確認したジェイは、ククラを見下ろしている。
それから右手を差し出してきた。
「…疑って悪かったなククラ。俺はジェイ。これからよろしく頼む」
苦笑をしながらククラはその手を握った。
ククラがサインを終えたとほぼ同時に、どこかで騒ぐ声が上がっている。
「どうしたんだ?」
ククラが聞くとジェイが肩を竦めた。
「多分お前の名前を見た奴らが、声を出したんだろう?」
「…僕の名前って?」
ジェイがロビーの方を指さす。
「ここの壁には、魔導士協会に所属をしている奴の一覧表がある。さっきお前がサインをしたから、そこに名前が浮かび上がったはずだ。…それでじゃないか?」
ククラはあまり嬉しくない事態だなと思う。
普通に魔導士をしたいだけなんだけど。
「まあ。あまり気にするな。そのうちみんなも慣れるさ」
ジェイがそう言ってニヤリと笑った。
余り慰めてないよな、それは。
ククラは少し意地悪気なその顔を見て息を吐いた。
そこへトビナがやって来る。
「あのねククラ君。この魔導士の名簿に、名前が登録されたから見て欲しいの」
トビナが手に持った分厚い本を見せる。そこには歴代らしい魔導士の名前が書いてあった。一番新しいページにククラが書いてある。
「…うん。あるよ」
「よろしくね、ククラ君」
にこやかに言うトビナにククラは笑って頷いた。
「戦禍のククラが来たというのは本当か。」
そう言いながら見知らぬ男がククラ達の所に歩いて来た。
白いローブを着た、気真面目そうな男だ。
何だよその名前は。
ククラが睨んでいるのを無視して、男はあたりを見まわす。
そこに居る少年の事は目に入らないらしい。
「…何処にいる?」
そう聞く男に、トビナとジェイが男の前に居る少年を指さした。
「は?こんな子供がか?」
男が気の抜けたような声で言いながら、指をさしている二人に聞く。
二人はこくこくと頷いた。
「…悪かったな、子供で」
少し怒ってそう言うククラをじっと男は見た。
そして少し馬鹿にしたように鼻で笑った。
「そうか。あまりここでは悪さはするなよ」
そう言い放つとククラの答えなど、はなから待っていなかったのか、すぐに踵を返して足音高く去っていった。
「…誰?」
何だか狐に包まれた様な気持ちで、ククラが指差してトビナに聞く。
トビナは苦笑をしながら持っていた名簿を開いた。開いたページを指で指し示すと、その名前が薄く光った。
「彼はヴァイス。ここでは有名な魔導士よ」
「あいつは慈善家だからな。それが良いってやつは多いんだろ」
ジェイがそう言うと、そのジェイをトビナが睨んだ。
「ヴァイスは頑張っているわ。そりゃあ失敗も多いけど、成功率は悪くないわよ」
トビナのその言葉にジェイが肩を竦める。
どうやら、はなから信用をしていないようだ。
ククラはそのやり取りをぼんやりと見ている。
前にいた役所のおかげで、そういう雰囲気には慣れている。
ククラが二人を眺めているのを、二人が同時に気付いた。
「仲、良いんだね」
ククラがそう言うと、トビナが頷きジェイはそっぽを向いた。
「それはそうよ。何せジェイが赤ちゃんの頃からのお付き合いだもの」
ジェイが嫌そうな顔をした。
ククラは不思議そうにトビナを見る。
「…私は精霊種なの。もう100年は生きているわ」
少女のような微笑みでトビナがそう言った。
ククラがきょとんとした顔でジェイを見る。
ジェイは肩を竦めた。
ククラはまだ微笑んでいるトビナをしみじみと見る。
精霊種には、初めて出会った。
この世界では精霊は精霊郷という島に住んでいて、島と人間の国との交流はあまりおこなわれていない。
たまに流れ着いた人間が一時期留まる程度だ。
そんな人間が精霊郷を自分の物に出来ないのは、もちろん精霊が強力な力を持っているからだ。
殆んどの魔導士が召喚できる精霊が、その島から来ることは知られているがそれを繋ぎ止める方法は、人間には知られていない。
精霊が外に居る時は精霊自身が選んで、望んで外に出た時だけだと言われている。
だから人間世界に身を置いている精霊は極めて少ない。
人が出会えるのはまれだろう。
初めての事に、ククラがぱちぱちと瞬きをした。
そんなククラを見て、トビナが笑い掛けてくる。
「やっぱり、珍しいわよね?」
「うん。でも言われなければ分からないよ。…僕が聞いてよかったのか?」
トビナが肯くのをククラは不思議な気持ちで見ている。
そして見ているククラの顔を、しみじみと見ながらトビナが聞いて来た。
「ククラ君にも質問して良い?」
「…答えられる範囲なら」
「…どうして、悪魔を飼っているの?」
トビナの言葉に、傍に居たジェイが反応をした。
ククラの喉元に細身のナイフをすぐさま当てる。
その行動は予測していなかったのか、トビナが慌ててジェイに言う。
「やめなさい、ジェイ!?」
しかし、トビナの言葉をジェイは聞かなかった。
「…最悪だな」
ジェイがそう言うのをククラはじっとして聞いている。
余りにもククラが動じないので、逆にジェイの方が少し心配になった。
自分の脅している相手が年若い少年だと、改めて気付く。
「お前は怖くないのか?」
「…それぐらいで?」
微笑んだククラの答えに、ジェイがひやりとする。
そうだ。こいつは、オンウルから来た魔導士だ。
たった一人で国を壊し、たった一人で国を変革したと言われている。
ジェイがククラの喉元からナイフを離す。
じっと見守っていたトビナが、ほっと大きく息を吐いた。
「…飼っている訳じゃないんだ。…彼は、ここで永遠に眠っているだけで」
そう言うククラの顔をトビナとジェイが、見極めるようにじっと見ている。
そんな二人に、ククラは困ったように笑ってみせた。
暫くして二人の表情が緩む。
トビナは納得したように頷き、ジェイは下を向いて溜め息を吐いた。
「そう。変な事を聞いて御免なさい…少し心配だったの。ククラ君が嫌な思いをしてるんじゃないかって」
トビナの言葉に、ククラは笑って首を振る。
「いいよ。…分かれば、誰でも気になるとは思うから」
そう言うククラの顔を、しっかりと見てからトビナが深く頷いた。
ジェイはただ、ぼんやりとククラを見ている。
納得をした後は、それ以上追及はしない性質の様だ。
「…じゃあ、僕はもう帰っていいかな?」
ククラがそう言うとほぼ同時に、突如大きな音が協会中に響き渡る。
その音の後に、低い怒鳴り声が聞こえた。
「戦禍のククラが入ったってえのは本当か!?私の前に姿を見せろ!!」
…もしかして、呼ばれてますか?
ククラが音の方を見ていると後ろのジェイが、ぼそりと呟いた。
「…ご愁傷様」
ククラがびっくりして振り向くと、ジェイはそっぽを向いていて。
何故かトビナが両手を合わせて拝むようにしていた。
「ごめんね、ククラ君。…お姉さんが来ちゃったみたい」
え?お姉さん?
何の気配を嗅ぎつけてか、3人の所に大きな人影が現れた。
「おい。そこの奴、ククラてえのを見なかったか?」
ジェイとトビナは迷わずに、前に立っている少年を指さした。
「…お前が、ククラ?」
そういう声は低くて、とてもお姉さんの声には聞こえなかった。
ククラの目の前には身の丈2メメルは超えているだろうという大きな人物が立っていた。
ククラは随分首を上げて、その人物を見た。
髪は薄茶色の巻き髪。長い睫毛はきっと魔法で伸ばしてある。
薄い色の口紅、爪にも魔法で綺麗な色が乗っている。
腰もギュッとくびれていて、薄いピンクのローブを被っていた。
しかし、性別を聞かれたら、この人物は確実に男性だろう。
…うわあ。…こっちでおねえって初めて見たよ。
ククラはそう思いながら目の前の人物を見ていた。
「そうかお前が…」
まるで品定めをするように、ククラをじろじろと頭の先から足の先まで眺める。
その不躾な視線に少しククラは不機嫌になる。
「丁度いい。私が行く仕事について来い。…お前の噂を確かめてやる」
ええ?
「断れませんか?」
「何だと!?私の誘いを断るだと!?」
大きな怒鳴り声に、後ろの二人がびくつく。
ククラは動かずにじっと目の前の人を見ている。
「…話の内容を聞かないでは、答えられないな」
ククラの態度に、お姉さんは感心したように頷いた。
「そうか。…はっきりと物事を言えるのは良い男になる証拠だ。…よし、話をしよう。それからお前が自分で決めてくれ」
ククラが肯くと、お姉さんはロビーに戻る。
その後から付いて行って、お姉さんが座ったソファの隣にククラは座った。
お姉さんは資料を膝の上で開く。
ククラはそれを覗き込んだ。
「…お前は私が嫌じゃ無いのか?」
お姉さんがククラの頭上から聞いてくる。
座っているにもかかわらず、ククラはお姉さんを見上げた。
「…まだあなたの事を何も知らないのに、好きも嫌いもないだろう?」
ククラの笑った顔を見て、お姉さんは顔を真っ赤にした。
「そ、そうか」
お姉さんが口を噤む。
ククラはその見上げた姿勢のまま、言葉を継いだ。
「あなたの名前は、なんていうの?」
「私か?私は、フランソワだ」
ククラがにっこりと笑う。ちなみに他意はない。
「そう。じゃあ、フランソワ。この仕事は何処まで行けばいいんだ?」
そう言うククラを、ぼおっとフランソワが見ている。
彼女が何も言わないのでククラはじっと見つめた。
魔法が掛かっているのか、フランソワの眼は綺麗なピンク色だ。
その眼を不思議そうにククラは眺めている。
「…あ。そうだな、国の外れにあるヤンソンまで行くんだ」
やっと自分を取り戻して、フランソワが言った。
「少し遠いな」
「…大丈夫だ。列車で行く」
ククラはその言葉を聞いて固まった。
その態度にフランソワが不思議そうに首を傾げる。
長い巻き髪がゆらりと揺れた。
「列車があるのか?」
ククラの問いかけにフランソワは頷きながら言った。
「そうだ。この国には列車がある。…我が国の自慢の一品だ」
うわ。乗りたい。
そんなククラの顔を見て嬉しそうにフランソワが微笑む。
「魔導士はあまり乗りたがらないが、ククラは乗ってみたいか?」
「うん。乗りたい。…あなたに付いて行こうかな」
そのククラの台詞に、ロビーにいた魔導士達が息を飲んだ。
新しい魔導士はなんて命知らずなのかと。
「…そうか」
嬉しそうに顔を赤らめて、フランソワが笑顔で言った。
「じゃあ一緒に行ってくれるか、ククラ」
ククラはそのフランソワの笑顔を見て、自分も笑顔で返した。
決して他意はない。
「うん。僕も連れてってもらうよ、フランソワ」
ククラの答えに、フランソワが横を向いて呟いた。
「…何だか、婚前旅行みたいじゃないか」
その台詞は幸いにも、ククラの耳には届かなかった。
ただそれを聞いた魔導士達が、ククラを止めるべきか真剣に悩んだが。
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