◯◯姫

<バッ!>


「「ざわ……ざわ……」」


 ゴーレムのシートを取り外すと、どよめきが起きた。

 聴衆は口々に驚きの声を上げている。


「なんだありゃ?」「アレがゴーレムか?」

「おい、色が付いてるぞ!」「でっけぇ!!!」


 僕のゴーレムを見たオジマさんはすごい形相で僕を見た。


「これは……どういうことだね君?!」


「ど、どういうことって……?」


「色だ! この色はどうつけたんだ!!」


「マ、マギアグラフの応用です。〝移行〟を使って色を魔力点に写したんです」


「――ッ!! そうか、その手があったか!!」


 はっとなった彼は胸を抑え、もう一度ゴーレムを見た。


「新規性は十分……この着色法だけでも喝采かっさいに値するが……」


 オジマさんは「むぅ」と、唸る。そして――


「このゴーレムの顔の作り方は初めて見る。巨大な目に、南国の果実のような房状の髪の毛……すべてが目新しい。まるで異世界にあるモノのようだ……」


「ぎくッ」


「しかし、何よりも素晴らしいのはこの胸部!! 圧倒的サイズ感を支える胴体と下半身のバランスはまさに奇跡的!! 通常、巨大すぎるオパーイは違和感を感じさせるもの。しかしこのゴーレムは胴体を実際の人体より幅広く取ることでそれを緩和している。それは同時に尻を盛ることに繋がり総合的な豊かさを増している!! まさにオパーイによるオパーイのための富の再分配ッ!!」


「何でこの世界の連中、エロいものに対しては妙に語彙ごい力が増えるんだ」


力がたかいね」


「このゴーレムの作者は、天地万象の理を我が意のままに操っているといっても過言ではないッ!! 見た目についての勝者は――ウィルくんとアルマくんだ!」


「なっ……なんだとッ?!」


「うん、順当な評価だと思うわ」


「ぬぬぬ……まだだ、まだ終わっておらん! 次はアピールだ! 『百合姫』はただの人形にあらず! 次はアニメで問う!」


「ほう、これは楽しみですな。これほどのゴーレムを作った少年少女が、いったいどのようなアニメを見せてくれるのか……」


「う、アニメか……」

「ついにこれがきちゃったねー」


「さぁクソガ――子供たちよ、アニメでゴーレムを動かしてみろ!」


「えっと、ではアニメをお見せします」


 こうなったらやるしかない。

 俺は意を決してゴーレムを動かした。


「――動け!」


 俺が命令すると、アニメ風の整った顔立ちのメイドゴーレムが命を持ったように動き始める。彼女はステージに立てかけてあった棒を取り出す。そして――


<ザクッ、ザクッ!>


 ゴーレムは、ステージの上を棒で耕し始めた。


 ……そう、顔面の修理で手一杯だった俺たちは、とてもアニメをつくるどころじゃなかった。だからすでにあった「育てるくん」のアニメを使うしかなかったのだ。


 可憐な格好をした美しきゴーレム。

 彼女はステージの上で床を耕し、種をまくフリをする。

 当然、観客から次第に失笑が広がっていった。


「なんだぁ……?」

「百合姫のダンスでも踊るかと思えば、耕し始めたぞ?」

「これじゃぁ『イモ姫』だなぁ」

「「「ハハハハハハッ!!!」」」


「くっ……」

「ウケはとれたねー」


「うーむ、これは何とも評価し辛い。君たちのアニメの出来自体は良い。だが演技という点では、まったくの見当違いだ。評価不能だな……」


「はい……」


 俺はしょんぼりしてゴーレムを止めた。

 つらい! つらすぎるッ!!


「では、次は私ね」


 次はシホさんの番だ。

 彼女は自分のゴーレムの髪をなでると、優しく背を押した。

 するとゴーレムが静かに踊り始めた。


「――おぉ!」「すげぇ!!」


「あれは……百合姫の?」


「三幕の踊りだね~。すこしアレンジされてるっぽいけど」


「あ、そっか。あれって王子様と踊るやつだったもんね」


「ん。」


 ゴーレムのアニメは『百合姫』の第三幕をもとにしたものだった。

 

 勢いよくステップを切って、ゴーレムはステージ上をくるくるとまわる。

 自分を押さえつける全てからの解放、自由を望むようだ。


 次の瞬間、ダン! と勢いよく地面を蹴ってゴーレムは舞い上がった。


 なんて躍動感だろう。

 あのゴーレムは、筋肉も骨もない、ただの土人形のはず。

 なのに本物の命と意志が宿っているような動きだ。


「――いけない」


「アルマさん?」


「見てウィル。ゴーレムの手足」


「手足? あっ――」


 ゴーレムの手首、そして足首の白粉おしろいがはがれている。

 激しい動きとねじれにゴーレムの体が耐えきれていないのだ。


「シホさん、ゴーレムの動きが激しすぎます、あのままじゃ!」


「分かってるわ。でもダメ。まだよ……」


「――ッ!」


 彼女の視線はゴーレムを見ている。

 だけど、俺にはその先にある「何か」を見ているように思えた。


 それはきっと……ブレンダさんか。


 きっと、2人はただの知り合いじゃない。

 俺たちには決して言えないようなものがある。


 ゴーレムはステージの上で踊り続ける。

 髪を振り乱し、決意を受け止めるように空を抱くが――


「「あぁッ!!」」


 ついにゴーレムの関節が限界を迎えてしまった。

 観客たちの眼の前でゴーレムの足首が砕け、その場で崩れ落ちた。


 足首を失い、無惨な姿をさらすゴーレム。

 なおも彼女はまだ膝だけで踊り続けようとしている、が、しかし――。

 魔力の結節点を失い、その体は末端から次々と崩壊していく。


 手首が折れ、肘が変な方向に曲がる。

 崩壊は体にまで進み、やがて土から生まれた存在は、土に還っていった。


「ひどい……」

「ん……。」


 シホさんはゴーレムだった土の山にかけ寄り、真核を抱き上げた。


「ごめん……無理だったね……本当に――ごめん。」


 俺にはかける言葉がなかった。

 アルマも同じようだ。

 シホさんの辛さは分かる。恥をかくとかかかないじゃない。

 もっとこう――魂の奥底の問題だ。


「これは困りましたね……こちらも評価不能とは。まさかアニメでゴーレムを破壊してしまうとは」


 予想外の惨事にオジマさんも困り果てている。

 そして観客はというと……。


「あーあ。『イモ姫』となりそこないの『百合姫』か~」

「なんか白けちまったな」「土人形じゃこんなもんか」


「お、おまちを! これはなにかの間違いで――」


 ステージに集まっていた観客はそっけないものだ。

 もう興味をなくしている。


 ……こんなのダメだ、認められない。


 シホさんが創ったダンスは間違いなく一級品だった。


 俺は彼女が創ったダンスを見て、嫉妬も悔しさも浮かばなかった。

 そのかわりに胸の中を埋めたのは、圧倒的な感動。

 それがこのまま、こぼれた土の中に消えて良いはずがない。


「アルマ、いいよね?」


「ん。ウィルの好きにして」


「ありがとう。」


 シホさんのもとに走り、俺は彼女の肩をたたいた。


「シホさん。あなたの創ったダンスを、僕たちのゴーレムで動かしてみませんか?」

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