全人類の夢

 夕食を取った後、俺とアルマは納屋で作戦会議を開いていた。


「ウィル、今から服のデザインを考えて作ってたら、結構スケジュール危ないよね」


 アルマの言う通りだ。

 キャラの体はおおよそ完成したが、服は作業の複雑性がかなり上がる。

 締め切りまでに問題が起きたとき、解決しきれないかも……。


「デザインの時間は削れない。短縮をかけるなら作業のやり方を考えないと」


「なるだけ効率的なやり方じゃないときついよねー」


「あとは〝盛り〟すぎたせいで、ゴーレムの動作にも問題が出てるね」


「ん」


「とくに太腿とお尻がキツい。太すぎて前に曲がりきらなくなってる」


「~♪」


「あと胸も大きすぎて動かすと変形がキツイ」


「…………。」


「こら、知らんぷりしない。アルマのせいでしょ」


「喜んでたくせに」


「そりゃぁまぁ……ねぇ?」


「ウィル、ここは手分けしない?」


「うん?」


「私は服をつくる。で、ウィルは動作問題の解決」


「まぁ、解決はできると思うけど……」


「よろしく~」


「丸投げ?!」


「だって、動かす準備のほうはあんまやらなかったし……」


「あー〝分業〟かぁ。大きな会社だと仕方ないよね」


「うん」


 3DCGでキャラクターが動きだすまでの工程はやたらに多い。


 モデリングから始まり、UV展開、ボーン、スキニング、マテリアル、テクスチャ、リグ、アニメーション、etc...


 それぞれ専門性があるのにもかかわらず、高いクオリティを求められる。そのためビッグタイトルを開発する大企業では、分業して作業をおこなうことがある。


 結果として、自分がやらない次の工程のことは何も知らない。

 そんなデザイナーが爆誕することがある。


 極端な例だと〝手〟しか作らないデザイナーなんてものも実在した。

 嘘だと思うかも知れないが、マジだ。


「形つくったり、質感つけるのはできるけど~動かし方はよくわかんない」


「いっとくけど、僕も最新のハイエンドモデルのやり方はわかんないよ?」


「じゃー、分かる範囲で?」


「仕方ないなぁ……ま、やってみるか」


「お~がんばって」


「アルマのほうは、どうやって服を作るつもりなの?」


「これ」


 アルマはそういってブレンダさんの髪色を取り込んだ亜麻布を広げた。


「亜麻布……? 布をどうするの?」


「ん、こうする」


 アルマは四角い布をふたつに折り、ゴーレムの肩から胸にかけて着せる。

 まだ何をしようとしているのかわからない。


 次に彼女は土を取り、板状になるように魔力点を打った。

 そして、布の上に粘土の板を重ねる。

 粘土の板は、布を引っ張るとゆっくり布の形に変形していった。

 あれ、これって……。


「まさかクロスシミュレーション?」


「うん。服を着せる感じで、粘土を着せていく感じ」


 ――3DCGの服の作り方は、大きく分けて3種類ある。


 1つ目が、全て手作業の真っ向勝負。

 円柱を広げてスカートにしたり、四角柱に穴を開けて鎧やシャツにする方法だ。

 メチャクチャ大変だが、鎧なんかはこの方法しかない。


 お次はキャラクターの表面を複製してつくる方法だ。

 複製した表面を、キャラクターより少し大きくすれば服になる。

 体にフィットした服、例えば下着みたいな服はこれで作る。


 最後が、ポリゴンの板をキャラクターに着せる方法。

 「クロスシミュレーション」だ。


 これはポリゴンの板を布としてキャラクターに被せ、重力や張力など複雑な物理計算をして服を作る方法だ。


 この方法はリアルでクオリティの高い服をつくれる。

 ゲームでいえば、ウィッチャー3あたりから始まった方法だ。

 アルマは粘土の板を使って、これをやろうとしていた。


「なるほど……うまいこと考えたなぁ」


「ん、形を作ることなら任せて」


「それならこっちも『骨入れ』やるかー」


「お~」


 僕はバイザーの上にあるレンズを倒し、赤色のレンズを視界に重ねた。

 このレンズには魔法がかかっており、ゴーレムの体を透視することができる。


 このレンズでゴーレムを見ると、表面の魔力回路が薄くなり、体の奥にある魔力の結節点。すなわち「骨」が見えるようになる。


 それらの「骨」は、ゴーレムのヒジやヒザといった関節部分にあった。

 「骨入れ」とは、こうした関節をゴーレムに作る作業のことだ。


「しかしアルマさん。これまた盛りましたねぇ」


「いいでしょ」


「お美事みごと。でも、このまま動かすとせっかくの形が崩れちゃうね。人間には形を保持する筋肉があるけど、ゴーレムにはそれが無いから」


「そうなんだよね~」


 あくまでも土人形であるゴーレムは、魔力点で土を囲んでいるに過ぎない。

 動かしようによっては潰れるし、ちぎれる。


 だが、育てるくんのように箱と変わらない簡素な形なら意外と目立たない。

 身もフタもない事をいうと、元がショボいからだ。

 しかしブレンダさんの姿だと、その変化がやたら目立ってしまう。


「たぶん、手も……」


 試しに手を回してみるが、案の定だ。

 手を回すと手首が雑巾をしぼったような形になってしまった。


「あちゃ~」


「うーむ……やっぱりダメかぁ。いまはゴーレムの手のひらを回す骨が〝手首〟にあるけど、これって本来は間違いだからね」


「人間の手首って前腕の2本の骨がねじれることで回るもんね。手首だけ回転させたらそりゃ骨折するよね~」


「うん。人間とゴーレムにはこういった違いがたくさんある。お尻や太腿の魅力を人々に伝えるには、これをすべて再現しないと……」


「がんばって!」


「もう……人ごとだと思って」


 俺はゴーレムに骨を追加していく作業を始めた。


 手首が破綻する理由は単純明快。骨が足らないからだ。前腕にもう一つ関節を追加してやり、手首が回る時に逆回転させる。これだけで手首の破綻は解決した。


「ねじれるなら、ねじりかえしてやればいい。それだけの話だからね」


 俺は手首と同じように問題のある箇所に骨を追加していく。

 おっと、大事なことを忘れるところだった。


 ――そう、乳揺れだ!!!

 こればっかりは妥協できませんよ、ヘヘヘ……。


「乳揺れに関してはこのウィル、容赦しません!!!」


「ウィルこわれた?」


「いや、正気だよ。アルマ、とりあえずこれを見て欲しい」


 俺はゴーレムのオパーイを持ち上げる。

 すると、上の部分が少し変形してせていく謎の現象が起きた。


「ちっちゃくなった……なんで?」


「胸の関節は回転……つまり曲げている。ビニールパイプを曲げると細くなるのと同じ原理でちっちゃくなってるのさ」


「ウィル、これは大問題だよ!」


「分かってる……これは必ず解決しなきゃいけない問題だ」


 僕はゴーレムの前で手を重ね、沈思黙考ちんしもっこうする。

 さながら、どこぞの汎用ヒト型決戦兵器の戦いを見守る司令官のように。


「全人類の夢のために、この問題はただちに解決する必要がある」


「ん。」


「回転しているからこうなる。だから――移動にする」


 胸が変形してしまう原因は回転にある。

 なら回転しないようにすればいい。


 僕はゴーレムの胸の奥、背骨あたりに最初の骨を入れる。

 次に胸の先、体の外に一本の骨を入れ、最後の骨は胸の中に入れた。


 こうして完成したのは、体の中から骨が飛び出し、折り返して胸の中に入るというきわめて奇妙な構造の骨だ。しかし……


「アルマ、みてみて」


<ぷるんっ!!>


「「おぉ~~~!!」」


 僕が胸を触ると、弾力をもって胸がぷるんと揺れた。

 これは……思ってた以上に素晴らしい。人類の大望が叶った瞬間だ。


「ウィル、どうしてこうなったの?」


「この骨は回転じゃなくて、バネのように動いてるのさ」


「バネ?」


「うん、根本の骨が回転した時、その先が反対に回転すると変形は防げる。最後の骨はその相殺をうけて胸の中でスイングするから……」


「ぷるんぷるんになる!」


「そういうこと。さてお次は……アルマさん?」


 作業を続けようとしたら、突然アルマに袖を引っ張られた。

 なにかと思ったら、彼女は納屋の外を指さしている。

 扉の外には赤い太陽の光が差していた。……もう夕方か。


「ん、今日はもう終わり。」


「でも、もうちょっとくらい……」


「わたしとの約束は?」


 そうだ、こっちの世界では無理をしない。そうアルマと約束した。

 ゴーレムに夢中になって、すっかり忘れていた。


「はい……今日は終わりにして、もう寝ます」


「ん。」


 本日の営業は終了。

 さて、明日はなんの作業をするかな。

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