もう一押し
★★★
ドタドタと騒々しく走ってくる音が近づいてくる。
それを聞き、工房の主であるビアードは口角を上げた。
<バタンッ!>
クレーム客の飛び
するとそこには
「アンタのとこのゴーレムはどうなってるんだ!!」
「おやおや、何か問題でもありましたかな?」
息を切らし入ってきたのは、眉間にしわを寄せた町人風の男だ。それに対して学者服を着込んだビアードは、
開け放たれた扉、入口から差し込む光は彼の顔まで届かない。
「あのメイドゴーレム、何が人々を家事から開放するだ!! 料理はリンゴを切るだけ!
「ふぅむ……きちんと動作しているようですが?」
「はぁ?! 『掃除、洗濯、料理、何でもこなす』と言っていただろうが!!」
「はて、こなしているではないですか。リンゴを切るのも、シーツを洗濯するのも、ホウキで床をはらうのも立派な掃除、洗濯、料理ではないですか」
「ぐぐぐ……」
「――ですが、このビアード……お客様の言い分も重々承知しております。ゴーレムは設定された動きしかできないもの。さぞお困りでしょう」
「だったら何とかしろ!!!」
「はいッ!!! 何とかしましょうッ!!!」
「?!」
クレームをつけに来た客は、予期しないビアードの返答にたじろいだ。
まさかクレームが素直に受け取られるとは思わなかったのだ。
「魔学者たるもの、人々の願いを叶えるのが最上の喜び。これを……」
ビアードは一枚のチラシをすっと差し出し、
「……? なんだぁ、この『ドリーミング・プラン』ってのは?」
「それはメイドゴーレムを購入されたエグゼクティブなお客様に
「いや、普通に高いが? これで何ができるんだ」
「我が工房の精鋭たちが、ゴーレムの状態を毎月チェックします。そのときにゴーレムに新しいアニメを追加するサービスプランですぞ」
「ふむ……毎月新しいアニメがゴーレムに入るって?」
「その通りッ! ゆくゆくは、究極のメイドゴーレムが手に入りますぞ! もちろん、プランへの参加を後回しにしてもよろしいのですが……以前に提供されたアニメは、個別にお買い求めいただく必要がありますな」
「早いほうが
「でしたらドリーミング・プランから、料理のみのエッセンス・プランに乗り換えるのがおすすめですな! こちらなら月々3000エキュ、1日あたり100エキュ!! 白茶一杯分のお得なプランですぞ~!」
「へぇ、こっちのが安いな……。後で必要なアニメは、別売りで買えるんだよな?」
「
「そんならまぁ、別に払ってもいいか」
「毎度ありでございます!!!」
それはまるで魔法のようなセールストークだった。あれだけ怒っていたはずの客は、ビアードが差し出した契約書に何の
「ありがとうございます!」
入口まで客を見送り、彼が去ったところでビアードは顔を上げる。
その顔は、心底客のことをバカにした顔だった。
「ハッ、アホな客だのう。ドリーミング・プランは本当にお得……! 低級なプランで個別にアニメを買うほうが、ずっと高くつくというのに……クックック!」。
ドリーミング・プランは炊事、洗濯、掃除、3つのアニメが手に入る。一方のエッセン・スプランでは、そのいずれかひとつで半額……。
――おわかりいただけただろうか。
3分の1のアニメしか手に入らないのに、値段は2分の1なのだッ!!
「ヒーッヒッヒ! さて、作業の様子でも見にいくか」
満足そうに邪悪な笑い声を上げたビアードは、立派なヒゲをしごきながら工房の奥へと向かった。「関係者以外入ったら殺す」と描かれた札のかかった扉を開けると、そこには作業中のゴーレムがあった。
「ほう……なんと」
格納庫の一角には、百合姫――ブレンダの姿をしたゴーレムがあった。
その姿は格納庫の壁に資料として貼られているポスターにうり二つだ。
ビアードは台座に
「まだまだ途中だけど、良いでしょ?」
「さすがだのう……シホ」
ゴーレムに見とれていたビアードに、作業中のシホが声をかけた。
彼女は三脚に乗って、ゴーレムの頭部を仕上げていた。しかしスポンサーの登場に気付くと手を止め、三脚から飛びおりて猫のように軽やかに着地した。
ビアードの目には、ゴーレムはほとんど完成しているように見える。
しかし、まだまだ遠い道のりだと、シホはバイザーをあげてため息をついた。
「カタチは取れたんだけどね……やっぱり土人形は土人形。そこがねー」
ゴーレムの素材は粘土だ。
形こそブレンダそっくりだったが、その肌、髪は粘土そのもの。
こればかりはどうしようもなかった。
「うちの衣装を着せればそれなりに見えよう」
「それだけじゃ足りないかな。もう
「ほう? もう一押しだと?」
「そ、だからこういうのをしてみたの」
ブレンダの姿をしたゴーレムが台座の上でポーズを取る。
それは『百合姫』にでてくるダンスシーンのものだ。
ゴーレムは台座の上で
クルッと回転したかと思うと腕を伸ばし、ビアードの顔を
「うおっ!」
「――せっかくブレンダを創るんだもの。やっぱり踊らせなきゃ」
「大金をはたくことになったが、お前に任せたのは間違いではなかったな」
「そりゃどーも」
「よし、後は任せた。好きなように作ってくれ」
それだけ言ってビアードは工房に戻ろうとする。
が、彼はピタリと立ち止まると、物思いにふけるような姿勢をとった。
「……ふむ。万が一、ということもある。こちらも〝もう
ビアードは格納庫を見回し、手近な弟子を捕まえた。
「おい、そこの小僧」
「は、はいっ!」
緊張している弟子をよそに、シホの方を見るビアード。
作業を続ける彼女に聞こえないよう、声をひそめてニヤリと笑った。
「あのクソガキの家を探せ。泥臭いとこを見ると、おそらく
「は、はい……それでどうしたら?」
「ゴーレムの作業の
「破壊しろ。
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