もう一押し

★★★


 ドタドタと騒々しく走ってくる音が近づいてくる。

 それを聞き、工房の主であるビアードは口角を上げた。


<バタンッ!>


 クレーム客の飛びりにも耐える重厚なドアが開け放たれた。

 するとそこには憤怒ふんぬした客の姿があった。


「アンタのとこのゴーレムはどうなってるんだ!!」


「おやおや、何か問題でもありましたかな?」


 息を切らし入ってきたのは、眉間にしわを寄せた町人風の男だ。それに対して学者服を着込んだビアードは、好々爺こうこうや然とした微笑ほほえみを返す。


 開け放たれた扉、入口から差し込む光は彼の顔まで届かない。

 仄暗ほのぐらい工房の闇の中に怪しい笑顔が溶け込んでいた。


「あのメイドゴーレム、何が人々を家事から開放するだ!! 料理はリンゴを切るだけ! 洗濯せんたくはタオルとシーツのみ! 掃除はホウキで床をくことしかできないじゃないか!!」


「ふぅむ……きちんと動作しているようですが?」


「はぁ?! 『掃除、洗濯、料理、何でもこなす』と言っていただろうが!!」


「はて、こなしているではないですか。リンゴを切るのも、シーツを洗濯するのも、ホウキで床をはらうのも立派な掃除、洗濯、料理ではないですか」


「ぐぐぐ……」


「――ですが、このビアード……お客様の言い分も重々承知しております。ゴーレムは設定された動きしかできないもの。さぞお困りでしょう」


「だったら何とかしろ!!!」


「はいッ!!! 何とかしましょうッ!!!」


「?!」


 クレームをつけに来た客は、予期しないビアードの返答にたじろいだ。

 まさかクレームが素直に受け取られるとは思わなかったのだ。


「魔学者たるもの、人々の願いを叶えるのが最上の喜び。これを……」


 ビアードは一枚のチラシをすっと差し出し、ほうけている客の手の上に乗せた。


「……? なんだぁ、この『ドリーミング・プラン』ってのは?」


「それはメイドゴーレムを購入されたエグゼクティブなお客様にのみ・・提供される特別な契約プランでございます。なんと月6000エキュ、1日あたり200エキュ! 氷果アイスミひとつ分という大変お求めやすいお値段になっております」


「いや、普通に高いが? これで何ができるんだ」


「我が工房の精鋭たちが、ゴーレムの状態を毎月チェックします。そのときにゴーレムに新しいアニメを追加するサービスプランですぞ」


「ふむ……毎月新しいアニメがゴーレムに入るって?」


「その通りッ! ゆくゆくは、究極のメイドゴーレムが手に入りますぞ! もちろん、プランへの参加を後回しにしてもよろしいのですが……以前に提供されたアニメは、個別にお買い求めいただく必要がありますな」


「早いほうがとくってことか。なら料理だけでいいんだが」


「でしたらドリーミング・プランから、料理のみのエッセンス・プランに乗り換えるのがおすすめですな! こちらなら月々3000エキュ、1日あたり100エキュ!! 白茶一杯分のお得なプランですぞ~!」


「へぇ、こっちのが安いな……。後で必要なアニメは、別売りで買えるんだよな?」


左様さようですとも!」


「そんならまぁ、別に払ってもいいか」


「毎度ありでございます!!!」


 それはまるで魔法のようなセールストークだった。あれだけ怒っていたはずの客は、ビアードが差し出した契約書に何のうたがいもなくサインをした。


「ありがとうございます!」


 入口まで客を見送り、彼が去ったところでビアードは顔を上げる。

 その顔は、心底客のことをバカにした顔だった。


「ハッ、アホな客だのう。ドリーミング・プランは本当にお得……! 低級なプランで個別にアニメを買うほうが、ずっと高くつくというのに……クックック!」。


 ドリーミング・プランは炊事、洗濯、掃除、3つのアニメが手に入る。一方のエッセン・スプランでは、そのいずれかひとつで半額……。


 ――おわかりいただけただろうか。

 3分の1のアニメしか手に入らないのに、値段は2分の1なのだッ!!


「ヒーッヒッヒ! さて、作業の様子でも見にいくか」


 満足そうに邪悪な笑い声を上げたビアードは、立派なヒゲをしごきながら工房の奥へと向かった。「関係者以外入ったら殺す」と描かれた札のかかった扉を開けると、そこには作業中のゴーレムがあった。


「ほう……なんと」


 格納庫の一角には、百合姫――ブレンダの姿をしたゴーレムがあった。

 その姿は格納庫の壁に資料として貼られているポスターにうり二つだ。

 ビアードは台座にえられたゴーレムの前で、魅入みいられたように立ち尽くした。


「まだまだ途中だけど、良いでしょ?」


「さすがだのう……シホ」


 ゴーレムに見とれていたビアードに、作業中のシホが声をかけた。

 彼女は三脚に乗って、ゴーレムの頭部を仕上げていた。しかしスポンサーの登場に気付くと手を止め、三脚から飛びおりて猫のように軽やかに着地した。


 ビアードの目には、ゴーレムはほとんど完成しているように見える。

 しかし、まだまだ遠い道のりだと、シホはバイザーをあげてため息をついた。


「カタチは取れたんだけどね……やっぱり土人形は土人形。そこがねー」


 ゴーレムの素材は粘土だ。

 形こそブレンダそっくりだったが、その肌、髪は粘土そのもの。

 こればかりはどうしようもなかった。


「うちの衣装を着せればそれなりに見えよう」


「それだけじゃ足りないかな。もう一押ひとおしがほしいかなって」


「ほう? もう一押しだと?」


「そ、だからこういうのをしてみたの」


 ブレンダの姿をしたゴーレムが台座の上でポーズを取る。

 それは『百合姫』にでてくるダンスシーンのものだ。


 ゴーレムは台座の上で躍動やくどう感のあるステップを刻む。

 クルッと回転したかと思うと腕を伸ばし、ビアードの顔をのぞき込んだ。


「うおっ!」


「――せっかくブレンダを創るんだもの。やっぱり踊らせなきゃ」


「大金をはたくことになったが、お前に任せたのは間違いではなかったな」


「そりゃどーも」


「よし、後は任せた。好きなように作ってくれ」


 それだけ言ってビアードは工房に戻ろうとする。

 が、彼はピタリと立ち止まると、物思いにふけるような姿勢をとった。


「……ふむ。万が一、ということもある。こちらも〝もう一押ひとおし〟しておくか」


 ビアードは格納庫を見回し、手近な弟子を捕まえた。


「おい、そこの小僧」


「は、はいっ!」


 緊張している弟子をよそに、シホの方を見るビアード。

 作業を続ける彼女に聞こえないよう、声をひそめてニヤリと笑った。


「あのクソガキの家を探せ。泥臭いとこを見ると、おそらく壁外へきがいの農家のどれかだろう」


「は、はい……それでどうしたら?」


「ゴーレムの作業の進捗しんちょくを見てこい。まぁクソガキが作れているとは思わんが、万が一形にでもなっていたら……」


「破壊しろ。完膚かんぷなきまでにな。」

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