二度は間違わない
あれから少し作業を続けたのち、俺たちは休憩に入った。
俺だけ続けても別に良かったのだが、アルマは頑なにそれを止めようとする。
「ちゃんと休まないとダメ」
そういって俺は、半ば無理矢理に手を止めさせられた。
納屋に腰を下ろすと、周囲はしんと落ち着いている。
風が吹く。梢の揺れる音が、草の
動いてるけど停まっている。
作っている最中はあれだけ熱狂していたのに。
あの熱気も風の音を聞いていると、どこかにいってしまったようだ。
「アルマ、これ」
「ん」
俺は食卓から持ってきたベリーやリンゴを取り出した。
ちょっと
いや、さわった瞬間そんなイヤな顔しないでよ。気持ちはわかるけど!
「さっきの続きだけどさ……」
「うん~?」
「えぇっと、アルマは転生、したんだよね?」
「うんうん」
「で、まぁ、その……え~っと」
「もしかして私のこと、前の世界ではオッサンだったと思ってる?」
「ぶほっ?!」
「女でもシコるって言葉普通に使うからね。」
「あー……」
そういえばそうだ。心当たりはある。
3Dデザイナーはプログラマや企画、進行なんかにくらべると女性が多い。
俺が死んだ所でも、男女比はだいたい半々くらいだった。
なのでわりと……あっけらかんとしている。
もちろんセクハラはセクハラなのだが、女性の方からわりとその――
性的にエグい発言が飛んでくることも多かった記憶がある。
単純に俺が
「そ、そうじゃないよ、やっぱ3Dやってたのかなって」
「うん。〇〇〇〇のあと▲▲▲▲に行って~■■で開発室のチーフやってた」
「……すご」
アルマのキャリアはまさにトップクリエイターのそれだった。
おそらく、技術的には僕よりはるか上の天上人だ。
そりゃ僕よりも圧倒的に早くゴーレムを仕上げるわけだよ。
育てるくんの時や、スケッチを見て感じた感覚は間違ってなかった。
「逆にそっちはどーなん?」
「□□□□の後$$$$で最後はアートのディレクションやってた」
「げ、よく死ななかったね~……ごめん。死んだんだよね」
「うん。高血圧と腎炎、それと心不全で」
「トラックのほーがまだマシじゃない?」
「……言われてみればそうかも」
「ウィルは酒って感じじゃないよね。ちょっと待って当てる。ん~……」
アルマは指をのばし、空中をかき回すようにして答えを探した。
「――エナジードリンク!」
「当たり。当たっても何もでないけど。そういうそっちは?」
「酒とカップラーメン・カレー味でーす。肝硬変と腎臓病」
「おぉう……って、どっちも生活習慣病?」
「マジでトラックの方がマシだよねー……そうだ、そっちは元の世界でも男?」
「うん、元の世界でも俺は男だったよ」
「ふ~ん、そっか……転生って性別そのままになるのかな?」
「どうだろう? 魂の形が~みたいな? しらんけど」
「なんかそういう設定ありそうだよね」
「そだねー」
ふと、ここでアルマとの会話が止まった。
納屋の中に沈黙が降りる。
見上げると、納屋の壁と屋根の隙間から一条の光が差し込んでいる。
揺れ動く光のリボンは、納屋の中の埃をきらきらとした光の粒にしていた。
静かだ。アルマも何も言わない。
沈黙に耐えかねたとしても、下手な会話をしたくない。
なんとなく、お互いにそう思っている気がした。
「アルマはさ……」
「ん?」
「なんでこっちの世界でもゴーレムを作ろうと思ったの?」
「そういうそっちは?」
「僕は……ただ単に、創るのが好きなだけだよ。元の世界でも、こっちの世界でも、好きに物を作っても別に怒られなかったし」
「ふーん……いいな」
「え?」
「こっちは色々しがらみがあってさー。私たちの国って徴兵制なの知ってる?」
「あぁ、聞いたことある」
「でさ~、お国の政策で、外貨を稼ぐためにゲームとかアニメを作るの推進してるの。それでゲーム会社とかアニメ会社に入ると徴兵免除されるのね?」
「うん」
「徴兵制って基本男だけでしょ? だから男は会社に入ろうとすっごい頑張るの。でも会社もそれ知ってるから、足元見てクソみたいな扱いするのね。だって、会社辞めたらそのまま徴兵行きだからねー」
「か、過酷すぎる。総ブラック会社ってこと?」
「そーそー。お金とかそっちの半分くらいだったよ」
「ひどいってレベルじゃなくない?」
「だからあっちじゃ男と女のバトルが激ヤバでさー。仕事の取り合いでパワハラ・セクハラ、エグい嫌がらせがフツーにあったの。だから▲▲▲▲受けたんだよねー」
「そ、そうなんだ……」
「でもそっちに移ってもさ、何で作ってるのか、そのうち分かんなくなってさー」
「アルマが移ったの、大っきいとこだもんね」
「だから、ウィルは楽しそうだなって……創ろうとした理由は、そんだけ。」
「そっか。」
彼女は猫っ毛をくるくると指で巻いている。
俺は前からずっと気になっていることを彼女に聞いてみた。
「やっぱ……アルマから見たら、僕ってイマイチ?」
「男として?」
アルマの不意打ちに、ぶっと吹き出してしまった。
わかってやってる。彼女はいたずらっぽく笑っていたから。
「いや……ゴーレム作る腕前のこと」
「それって気にすることー?」
「逆に聞くけど、気にしないことある?」
「ん~ぶっちゃけるけど、私はウィルのこと好きだよ」
「えっ」
「一緒に作業したいって思うし、嫌われる要素も別にないし~? 腕前より、そっちのほーがレアじゃない?」
「あぁ、そっちね……」
「腕前については~努力次第?」
彼女はニヤニヤと笑っている……気がする。
いつもと同じような細目なので、真意まではよくわからない。
クッ! 完全に遊ばれてる……!
「アルマはこっちでも続けるつもり? 3Dっていうか、ゴーレム作り」
「ん。そのつもりだけど? 創るの好きだし、それ以外にしたいこと無くない?」
「うん、僕もそのつもり。僕も……創るの好きだし」
「でもさー、たぶんこっちのほうがキツくなるよねー。パソコンもないし」
「だろうね……今の時代って、たぶん産業革命の時代だよね」
「〝原作〟だとそーだね」
「歴史のこと原作っていう人始めて見た」
「昔とか歴史だと、どっちのかわかんなくなるし?」
それもそうか?
まぁいいや、続けよう。
「産業革命では色んな発明がされた。けどそれは人間を楽にするどころか、負担を増やしただけになってる。このままだと、ゴーレムも同じことになる」
「だろーね。ビアードのオジサン見てたらわかるもん」
「でも、僕はその歴史に習いたくない。幸い、ただの機械とゴーレムは似て非なる部分がある。だから……できる範囲で
「具体的にはー?」
「まだ何も。」
「だと思った。ウィルってそういうとこが雑だし」
「うっ……」
「ひとつ約束してもらっていいかなー?」
「うん?」
「ちゃんと寝ること」
「あぁ……」
「ウィルに死なれたら、次探すの大変だから、ね」
「うん、善処するよ」
「何か硬いなー? セカンドチャンスなんだよ? ウィルもやりたいことはどんどん盛って盛って盛りまくっていいと思うんだけどな~」
「アルマの場合は盛り過ぎだと思うけど、そうするよ。もうちょっと盛ってみる」
「それでよし! あとは天寿をまっとうする! ってとこかな~?」
「うん。それは……何よりも大事だね。」
二度は間違わない。
俺は彼女が差し出した手を握り、誓った。
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