盛り過ぎでは
「じゃあ、僕は頭から手を付けるから、アルマは体をお願い」
「うん、まかせて~!」
作業についたアルマの細い目の奥がギラギラ光っている。
やる気があるのは何よりだけど、なにか不穏なものを感じる。
でも、アルマはスケッチとかすごい上手だし……。
任せっきりでも問題はないだろう。
「さーて、それじゃ顔を作っていくか」
3DCGのなかで、顔は一番難しい部分だ。
それに、12年ぶりの作業だからな……基本をおさらいしよう。
人間の顔をつくるときは、まず骨格から大雑把な形を取る。
人体、特に頭部は複雑だ。
しかし観察していくと、単純な形状の組み合わせだとわかる。
頭部をつくるときは、球体と四角形の組み合わせを使用する。
頭蓋は後ろに長い卵型で、顔には四角形を使う。
顔に四角形を使うのは、正面と側面の平面を明確にできるからだ。
人の顔は意外と平たい。
新人はこれに気づかず、「船の先」みたいな顔をつくりがちだ。
これはマンガやアニメの絵に慣れている人ほど多い。
マンガやアニメは横顔でウソをつく。
キャラの印象を残そうと、正面と同じ長さの目を描く。
それを立体で再現するから船のような顔になるのだ。
まずは頭蓋をつくろう。
魔力点を動かして球体をつくっていく。
――よし、できた。
出来たとはいえ、今は大きな球体が四角い棒に乗っているだけの状態だ。
これだけでは人に見えない。なので顔を作っていく。
顔に当たる部分に四角形の塊をドンと置く。
うん、これで〝エコルシェ〟の完成だ。
エコルシェとは、フランス語で「皮を剥いだ」という意味で、骨に筋肉や皮をつけていく要領で造形していくアプローチを指す。
今回は基本に立ち返って、この方法でいくことにする。
さて、次はマギアグラフを参考に、顔に印をつける。
頭部の一番上、髪の生え際、そしてアゴ。
これらを決めて3分割していくことで、眉の位置と鼻の底部が決まる。
「……。」
印をつけるために、ゴーレムからマギアグラフのところまで離れた。
見ると、ゴーレムの体がだいぶ作り込まれている。
棒のような手足に形がつき、胴体にはくびれができ、へそまで作られていた。
「アルマ……は、はやいね?」
「いきおい?」
「勢いかぁ……」
アルマはモリモリゴーレムの体を作っている。
彼女に比べると、俺は失敗を恐れすぎてたかもしれない。
うん、もっと大胆に作っていこう。
「よし!」
意を決した俺は、顔から首の形を一気に作り込んでいく。
首は顔の印象の一部になる。頭を作ったら次に首を作るのが俺のやり方だ。
そうして耳後ろから鎖骨までのラインに魔力点を打ってアゴの先端につなげる。
アゴが正確に取れれば、ほぼ勝ったも同然だ。
顔のアウトラインの要所であり、印象の多くの部分を占める。
顎から頬、額の形は逆算していける。
それぞれ比率と流れが大体決まっているからだ。
よし、おおよそ輪郭が取れ、目鼻立ちも作っておおよその顔が出来た。
まだ髪は作ってないが、かなりブレンダさんっぽく見える。
遠くからも印象を確認してみるか……。
「…………?! ????!!!!」
アルマの担当部分、体が先ほどより作り込まれている。
それはいい、いいのだが……!
「ア、アルマさん、それは盛りすぎ!」
「そう、これくらいがいいよ?」
アルマはだいぶ
とにかくゴーレムの姿が、非常にセクシーさを強調したものになっていた。
まず胸。その大きさは理想と解剖学的な整合性のギリギリを攻め、なめらかな曲線は数学的な真理を追い求めている。さながら重力と弾力のシンフォニーだ。
そして腰は――エチチである。
直接的な表現は避けたかったが、俺が持つ
腹直筋同士が並ぶことで生まれるラインが視線を運ぶ運河となってへそにつながり、デリケートなラインの丸みに誘導してそのままV字の大河へとつながっている。
視線はそのまま母なる海へ――おっと、これ以上はいけない。
すばらしい。ファンタスティック。人類の勝利といえよう。
品質的には問題がない。
だがそれ以外には問題しかなかった。
「アルマさん????」
アルマはすでに
おそらくタイツなのだろう。
太腿に大きな横のラインが入り、肉が乗ったように強調されている。
いい趣味だ。いい趣味なのだが――
「そこまで行くとデブじゃん!」
「は? デブじゃないし!!」
アルマが立ち上がり、感情をあらわにして怒った。
彼女の怒った姿を見たのはこれが初めてだ。
いつも穏やかに細められていた目はつり上がっている。
そこには明らかな
「だって、これは流石に……やりすぎだよ」
「ふぅん。そんなの誰が決めたの?」
「いや、うん。決まってはいないけど……もっと忠実に作ったほうがよくない? ほら、これって一応、勝負なわけだし?」
「ウィル、おじさんの手紙に勝利条件は似てることなんて書いてあった?」
「…………ハッ!!」
俺は尻のポケットから手紙を取り出して中身を確認する。
――無い。どうやって勝利を決めるのか。どこにも書いてない。
「おじさんも熱くなって書くのをすっかり忘れてたんだと思う。たぶん、今も考えてない。男の人ってそういうとこあるし」
「えぇ? じゃあどうやって勝利を決めるんだろう? 普通に考えたらその場で多数決をするとか……あっ!」
「わかったでしょ? この勝負、アピールが大事なのよ」
「そうか、そういうことか。アルマはそこまで考えて……」
「シコれるほうが人気が出ると思うの。ここは派手に作り込んでいかないと」
「アルマの言う通りかも知れないけど――ん、ちょっとまって?」
「なに?」
「……アルマ、なんでシコれるなんて言葉をしってるの?」
「…………。」
「ねぇ?」
「き、気のせいだよ。そう! シコシコつくるって言ったんだよ~?」
――まさか。もしかすると……。
これまでずっと彼女には違和感があった。
年齢に比して異常なまでの技量。そして今回のゴーレムの作り込み。
やっぱり君は――
「違うよアルマ。シコるは男が自分のジョイスティックを握って上下に激しくエキサイティングして<シュート!!!>することだよ」
「ぶふぉ!」
アルマは俺の言葉を理解して吹き出した。
この異世界の人間なら、理解不能な単語がいくつも混じっているのに。
「アルマ……君も?」
俺の質問に、アルマは顔を真っ赤にしてうなずいた。
意外とツボだったらしい。
彼女は咳払いをして息を整え、少し苦しそうに言った。
「わかった、わかったから……それくらいにして」
「転生者……だよね? アルマも」
「うん。どうしてここに来たのか、その記憶はないけどね」
「そっか、僕と同じか……」
「ウィルも? なーんだ、なにか聞けると思ったのに」
「いきなり来たからね……」
「話、もどそっか?」
「あ、うん。 この話は後にしよっか。」
正体がバレてもアルマの押しの強さはかわらない。
いや、案外これが素なのかもしれないな。
「アルマの言い分はわかる。だけど僕の言い分も聞いてほしい」
「うん、いいよ~。多分私と同じことを考えてるだろうけど」
「君くらいの腕前があれば当然か……アルマ、キミが作っているものに僕が今作ってる頭は乗せられない。リアリティのラインが違うからだ」
「うん。それは承知の上で作ってた。絶対反応すると思ったから」
「アルマ……もしかして、僕を試してた?」
「うん。もうちょっと引っ張ろうかなーって思ってたんだけどね」
「なんでまた?」
「だって……ウィルの反応が面白かったんだもん」
俺はがっくりと肩を落とした。
ひょっとして彼女はもっと前から俺の正体に気づいていたに違いない。
その上で遊んでいたんだろう。
まぁ、今これをほじくり返してもしょうがないか。
「アルマがいうアピールの方向性を活かすなら、デフォルメが必要だ。そして、それには今のリアル系のアプローチは適していない。だから――」
俺はここまで作ったゴーレムの姿をみる。
今なら方針転換しても傷が浅くすむ。ここが腹の据えどころだ。
勝ちに行くなら、普通のやり方じゃダメだ。
誰もみたことがないような、そんなゴーレムを出さないと。
「――だから、今回は、アニメ系のモデリングでいく。」
俺の決定を聞いたアルマは、細い目をさらに細くして微笑んだ。
勝利をつかむなら……これが最善だ。
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