デザイアとメモリア
「ただいまー!」
家に帰った俺は、納屋に荷物を置いて食卓に行った。
ダイニングにいくと、すでに母さんが俺の分も食事を用意していて、スープが湯気を立てていた。
息子が帰って来ることを母はまったく疑ってない。俺は本来なら楽しいはずの食卓を見て、なんだか胸を締め付けられるような思いがした。
前世では、俺は家族の誰とも食事の時間が重なることは無かった。
家につくのは、いつも深夜の11時とかそれくらいだ。
少しでも寝る時間を増やしたいので、起きる時間はいつもギリギリ。
食事は取らず、起きたらすぐに仕事に出ていく。
存在は知っているが、誰もその姿を見たことがない。
俺は家の中でそんな幽霊みたいな存在だった。
「どうしたのウィル?」
「な、なんでもないよ! いただきます!」
母さんは心配そうに俺の顔をのぞき込む。
俺はそんな彼女を振り切るようにテーブルについた。
食卓にはどろっとしたポタージュスープに新鮮なベリーとリンゴが並んでいる。
スープに入ったラム肉と、黒パンに乗っているぼてっとしたチーズはアルマの家からもらったものだろう。アルマには世話になりっぱなしだ。
食卓には父さんもいる。
俺はローズ座で抱えていた疑問を父にぶつけてみることにした。
「父さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「うん、なんだ? 最近のお前はいろんなことに挑戦してるからなぁ。私に答えられるかなぁ……」
「あら、貴方ったら! マックスは魔学者さんなんだから、何でも聞いてみなさい」
「う、うーん……何でもは無理だが、まぁ言ってみなさい」
転生先での俺の父、マックスは魔学者だった。婿入りしたために、母の家業である農場を経営しているが、昔はそれなりに有名な魔学者だったらしい。
教養人である父に答えられないなら、諦めるしかない。
「父さん、デザイアとかメモリアって知ってる?」
「デザイアとメモリアか……分かるぞ。魔学者なら誰もが知っている」
「魔学者なら? どういう意味?」
「まずデザイアからいこう。――デザイアとは望むこと。これは魔法の根源なのだ」
「魔法の根源……」
「デザイアについて聞くというのは、魔法が何かと聞くのと同義だ。歴史上、魔法を支えてきたのは人々の願望、渇望、そうしたものだった」
「――こうなったらいいのに」
「そう、それが魔法の根源だ。伝説では、魔法の創始者は
「じゃあ……魔法は元々この世界になかった?」
「伝説を信じればそうなるな。星追は魔法を使って人々の願いを叶える。しかしそのうちに、邪悪な願いがモンスターを創り出し、世界は混沌としていった……」
「でも世界が滅んでないってことは、どうにかなったんでしょ?」
「その通りだ。星追に魔法を学んだ魔学者たちが立ち上がり、魔法を使って混迷とした世界を少しづつ良くしていった。その時に生まれた合言葉がデザイアだ」
「人々の、より多くの人々のこうなったらいいな。それが世界を救った……?」
「そんなところだ。人々の夢を叶える。それが魔学者の目指すところとなった」
そういえばビアードも「人々の夢を叶える」のがモットーとかいってたな。
あの詐欺師も一応は魔学者のはしくれってわけか。
「メモリアは?」
「メモリアは記憶といった意味だな。魔法には物事を記憶する特性がある」
「記憶する特性? あ、アニメとかマギアグラフみたいな?」
「うむ。真核が保持する魔力点や、ゴーレムのアニメがそうだ。魔法は記憶と密接な関係がある。それをメモリアというんだ」
さすが父さんだ。俺の知らない情報がボロボロでてくる。
そうだ、肝心のことを聞いてみよう。
「……もし父さんが『お前のものはメモリアっぽくて、もっとデザイアが必要だ』っていわれたら、どうする?」
俺がそういうと、父は一瞬キョトンとして、次の瞬間破顔して笑った。
「凍った〝記憶〟にするな、温かな〝願い〟にするんだ……ってところかな? 朝から姿を消していたが、そうか。絵の師匠のところにでも出かけたか?」
「うん、そんなところ」
「いい先生じゃないか。そうか……では私も父っぽいことを言うか」
「あらあら、そんなことしなくても、貴方は十分お父さんよ」
「まぁまぁ、母さん。お父さんにも言わせてあげようよ」
父さんは
しかし、すぐに気を取り直して続けた。
「デザイアが足らないと言っても、願いを持つのは難しいものだ。真実の望みが何であるか、そしてそれを叶えることが本当に幸福なのかという問いに直面する」
「うん。……だから〝みんなの夢を叶える〟ってこと?」
「そうだな。だが、それにはひとつ落とし穴がある」
「…………?」
「全てにおいてお前と意見が一致するものがいたら、一度立ち止まりなさい。それはお前を
「……父さんにもそういう経験があった?」
父は苦笑した。
それが答えだった。
「なーんちゃって!! 難しい話はここまでだ。お前はまだそこまで考えなくて良い。今はやりたいことをやってみなさい」
「うん、そうしてみる」
家の戸をたたく音がして、母が表を見に行った。
ほどなくして、母さんは柔らかい微笑みを浮かべて戻ってきた。
「ウィル、アルマちゃんが来てるわよ」
「ん、いまいく!」
俺は急いで席を立った。
ポタージュをかきこみ、果物をポケットにいれて玄関に向かう。
玄関に出ると、木戸の柱を背にぼーっとアルマが佇んでいた。
俺に気付くと、猫っ毛を陽光で光らせ、彼女は細い目で笑った。
「さてアルマ、作業開始と行こうか!」
「お~!」
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