百合姫

★★★


 俺とアルマはシホさんの案内で楽屋に入った。

 彼女がここの関係者だというのは半信半疑だったが本当のようだ。

 楽屋はかなり大きな場所で、リハーサル用の舞台まである。


 壁には鏡が据え付けられ、そこにテーブル、椅子といった家具が置かれている。奥には大きなドレッサーが並んでおり、カラフルな時代衣装や気ぐるみが整然と並んでいた。


「やっほー!」


 シホさんは勝手知ったるといった様子で、楽屋の中にずんずん入っていく。

 そこには遠慮も何もあったものじゃない。

 だけど、彼女は誰にもとがめられることなく、むしろ暖かく迎えられた。


「よぉシホ!」「元気してたか?」

「また飲みにいこうぜー!」


「今度ねー!」


 劇団の人たちはシホさんに友人のように語りかけてくる。

 それを見て、俺はアルマと顔を見合わせた。


「ほんとだったね?」

「ね」


 しかし、驚きはここで終わらない。

 彼女は楽屋の奥に行くと、こちらに向かって手招きしている。

 かたわらには、亜麻色の長い髪の女性。


 ついさっきまで必死に写し取っていた対象を見間違えようがない。

 ブレンダさんだ。


 ……なんか、スゴイことになっちゃったぞ。

 熱狂的なファンだったら卒倒するんじゃなかろうか。


「紹介するわね、アルマちゃんとウィルくん。そこで知り合ったの」


「よ、よろしくです!」


「よろしくです~!」


「ウィルくんとアルマちゃんね。よろしくね」


 アルマと俺、ふたり揃ってお辞儀すると、ブレンダさんは柔和に笑った。

 間違いなくクソ忙しいだろうに、見ず知らずの子供にも優しいとか……聖人かな?


「この子たち、私と同じく、ゴーレムの資料としてブレンダの絵が欲しいらしいの。それで、一生のお願いを~ってワケ」


「え……そうなの?」


 ブレンダさんの視線は、シホさんと俺たちの間を行き来する。

 そりゃまぁ、いきなり来て胡散うさん臭すぎるよね……。


「ほら、少年。スケッチで君の熱意を見せるのだ!」


「あっ、はい! アルマも出して」

「ん!」


 俺はアルマと一緒にスケッチを出した。ブレンダさんは髪をとかす手を止め、細くきれいな指でガサついた紙を受け取った。


「わぁ……これ、私? シホが紹介するくらいだから、ううん。イタズラを疑ってたわけじゃないんだけど……すごいわね」


「でしょ? 未来の巨匠たちよ」


 楽しげにわらったブレンダさん。

 だがそれもつかの間。

 彼女は形の良い眉をさげると、申し訳無さそうに俺に紙を返した。


「スケッチは無理。午後の部があるから、そんなに多くの時間が取れないわ」


「だよね。だから〝マギアグラフ〟を持ってきたの」


「まぎあ……?」


「んー、なんていえばいいかな……。こう、丸いガラスを通して入ってくる光を、魔力点を並べたガラス板で受け取って記録する魔法よ。こんな感じにね」


 シホさんは僕に木の枠で挟まれたガラス板を見せる。

 文庫本サイズくらいの板には、ローズ座らしき建物が写っていた。


「す、すごい! これって……」


 これ、カメラと写真じゃないか!! もう発明されてたのか……。

 すごいぞ異世界! これがあれば色々とはかどる!


「ウィル、わたしにもみせてー!」


「あ、うん」


「ふふー! 魔学まがくの勝利ってやつよ! 結構高くついたけど、ね」


 この異世界の写真は、ガラス板に記録されるらしい。そういえば、元の世界にもガラス板を使った乾板かんぱん写真っていうのがあったって聞いたな。


 それとまったく同じことを魔法でやったのだろう。

 どこの世界にも、すごいことを考える人がいるもんだ。

 

「さーて、時間がないからチャッチャと始めましょう!」


 シホさんはマギアグラフの準備を始める。


 三脚に載った魔機の見た目は、前世の古いカメラと良くにている。箱にレンズが付き、後ろ側には木枠にはまったガラス板を取り付けるようになっていた。


 準備が終わったら、さっそく撮影が始まった。

 ブレンダさんを前、横、後ろの3方向から撮影し、斜めからの1枚を撮る。


 もっとアップで顔を撮影したかったが、これは無理だった。

 ガラス板の数が限られているためだ。

 無念だが、持ち主であるシホさんの分も必要だ。

 撮れるマギアグラフは、全部で8枚が限界だった。


もろいから、割らないように気をつけて持って帰るんだよ」


「はい! ありがとうございます!」


「それと~、どーせ余るんだから、これも貰っていっちゃいましょ」


 そういってシホさんは、楽屋に在庫として重ねられていたポスターやパンフレット、チラシなんかを俺とアルマに持たせた。


 一部のポスターにはカラーでブレンダさんの姿が描かれている。

 うん、これも良い資料になる!


「もう、シホったら……支配人には内緒にしとくからね」


「ありがと! 少年たち、これで大体の仕事はすんだかなー?」


「はい。まさかこんなものまでもらえるなんて……」


 俺はマギアグラフを取り出して、そこに映っているものをみた。

 ガラス板には、じっとこちらを見ているブレンダさんが映っている。

 不思議なことに、ガラス板の角度を変えるとわずかに立体感が感じられる。

 魔力と科学の原理の違いによるものだろうか。


 とても繊細で淡い色まで入ったマギアグラフは、何処か神秘的な雰囲気がある。

 画面に映るだけのスマホの写真とは、また違う味があるな。


「っと、一点注意!」


「は、はい?」


 楽屋を出て帰ろうとした俺とアルマを、シホさんが呼び止めた。

 彼女はピンと人差し指を立て、面白い悪戯いたずらでも思いついたように微笑ほほえんでいる。


「マギアグラフは精密で、レンズを通してそのままを映す。……でも描くこと、スケッチがまるっきり無駄ってわけじゃないからね。わかってると思うけど」


「はい、それは何となく……」


「うん、よろしい。そのままを信じすぎないこと。創るっていうのは、こうあってほしい、そういう想いだからね!」


 僕とアルマはシホさんの言葉にうなずいた。

 彼女が言ってることは、真似るだけじゃなくて、本物を超える必要がある。

 きっとそういうことなんだろうと……思う。


「んじゃ、頑張ってね」


「はい!!」


 帰り道で僕はふと、違和感に襲われた。何か忘れものでもしたかとおもったが、お尻のポケットに入れた手紙もあるし、持ってきた荷物も全てある。


 うん、気のせいだな。

 違和感を無視して、僕はアルマと家路を急いだ。



★★★



「シホ……」


「なーに辛気臭い顔してんのよ。これから午後の部でしょ?」


「うん。……さっきの子、すごい子たちだね」


「でしょ? 面白い子たちだなっておもってさー。いや~、マジの天才っているんだね。しかもふたり!! ビビっちゃったよ」


「シホもそうだよ、私にとって」


「……はー。」


「ね、踊ってみて。――三幕を」


「……ま、色々無理聞いてもらったし、しゃーなし、かな」


「よかった。」


「でもあれ、デュエットだから王子様が必要だよー?」


「もちろん私がやるわ。相方の動きくらい頭に入ってるもの」


「……さっすが優等生」


 二人は誰もいない楽屋で手を取り、舞台に登った。


 静寂が支配する中、二人は見つめ合う。

 シホはブレンダの手を力強く取った。

 自由への渇望。それが、シホの動きに力を与えるようだった。


 彼女のしなやかな足がステージを蹴り、舞い上がる。

 その躊躇のなさは、姫の選択と決意を象徴しているのだ。


 ブレンダもまた、彼女の動きに呼応するように力強く、優雅にステップを踏んだ。

 けっして取り返しのつかない決意を受け止め、抱擁する二人。


 二人は互いに目を見つめ合い、手を取り合いながらステージの奥――天国への道を歩み始める。その足取りは軽やかで、まるで後悔を感じさせない。


 二人のダンスは、自由への道を切り開く勇気を讃える賛歌となった。


「おしまい!」


「……やっぱり、シホのほうがあたしより上だね」


「だめだめ、あたしじゃ客がしなびちゃうよ。アンタみたいな華がないし」


「そんなことないと思う、だってシホは――」


「ストップ! ごめん、泣きたくなっちゃったぞ」


「ふふ……ずるいなー。すぐそうやって誤魔化して逃げる」


「私は納得してるよ。今の仕事も楽しいし。座長の決断は正しい。私はそう思う」


「でも悔しいな……シホの踊りを私が踊れたら良いのに」


「……ゴーレムなら」


「え?」


「いや、なんでもない忘れて!」


「ゴーレムとかなんとかって言わなかった?」


「そうそう! ゴーレムといえばあのクソオヤジよ! なーにがコネがあるから簡単だろう、よ! ほんとブッ殺してやろうと思ったけど、さんざんエキュをふんだくってやったわよ!」


「ふふっ……ねぇ、シホ」


「ん……」


 ブレンダはうるませた瞳でシホの体を引き寄せる。

 そして二人は、誰もいない楽屋の中でそっと唇を重ね合わせた。

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