我ら異常者

 チケットを買ってもらった僕たちは、ニ階席に案内された。

 一階の立見席と違って、ここは劇がよく見える。

 俺はまだ子供で背が低いから助かった。でも――


「やー結構良いところが取れたわね」


「そ、そうですね」


 順番でチケットを買ったせいか、アルマ、俺、シホさんと並びの席になった。

 うん、ちょっと居心地が悪い。


 チケットを買ってもらったから遠慮してる。

 それもあるが、もっと大きい理由は彼女がゴーレム職人だということだ。


 笑われるわけだよ、まさか同業者だとは思わなかった。

 そりゃ、身の程知らずと笑うだろうさ!


 まぁ気にしてもしょうがない。せっかく資料集めの機会なんだ。

 記憶できるものは全て記憶して、スケッチもガンガン描いていこう。


「アルマ、鉛筆とって」


「ほ~い」


 僕とアルマは筆記具を取り出して、スケッチの用意を始める。

 すると隣に座っていたシホさんが「ヒュウ」と、口笛を吹いた。


「創る前に調べつくし、まずは絵で書く。基礎が身についてるなんて、これはうかうかしてられないかな?」


「お金ないんで、一発で覚えて帰ります」


「ふふ、頑張れー未来の巨匠。私も持ってくればよかった」


「……使います? アルマ、予備あったよね?」


「ん。」


「お、ありがと少年。」


 ステージの幕が開く前に、僕たちはスケッチの用意をした。

 紙と鉛筆を持った3人がずらっと並んでるのは、ちょっと異様な光景だ。

 席を探す客たちは、僕たちの近くを通るたびにギョッとしていた。


 周りの目が気にならないといえば嘘になる。

 しかし、今さら気にしても仕方ない。


 ――ここに並んでいる3人は異常者なのだ。


 何万個もの魔力回路を土の塊にチクチク刺してゴーレムを作ろうなんてバカな発想をするのは、異常者だけだ。もっと自分たちのことを自覚しよう。


 アイ・ハブ・ア・ペン!!!

 アイ・アム・ア・クレイジー!!!


「少し暗いけど、なんとか描けそうですね」


「そうね。ローズ座が吹き抜けで良かったわ」


 ローズ座はバームクーヘンみたいな形をして中央に屋根がない。

 だからステージの天井は吹き抜けになって光が入ってくる。

 普通の建物なら真っ暗な中、勘で描くことになってたな。


 周囲の白い視線を見えないバリアで跳ね返しながら待つ。

 すると、ほどなくしてベルが鳴った。開演だ。


 ステージ上に男が登り口上を述べ、静かに物語が始まった。


 劇が始まると曲が流れ、舞台上で妖精の衣装を着たダンサーが踊り始める。

 この世界だと演劇には歌と踊りがあるようだ。

 演劇っていうよりは、ミュージカルといったほうが正しいな。


「内容はともかく……描かないとな」

「うん、ウィル、わたし横かくね」

「じゃあ僕は前を描く」


 使える時間はわずかにしか無い。

 アルマに横顔を任せ、俺は正面からの顔をスケッチする。


 ステージ上にブレンダが現れた。

 俺たちはストーリーも音楽もそっちのけで彼女に集中する。


 話題の劇を見に来てこれで良いのかと思わなくもない。

 だがまずはスケッチだ。


 ブレンダの亜麻色の髪は腰までの長さがあり、驚くほど真っ直ぐだ。

 その目は薄い青色で透明感があり、人間離れした印象を俺に与える。

 人の目というよりは、水の中に沈めた宝石のようだ。


「…………」


 構造を分解し、特徴を記録する。

 顔全体のバランスから相対的な目鼻の位置、そして眉のバランス。

 「複製」と「似させる」のは、同じようで違う。


 目で見たものは人の頭の中で再構成される。

 その際に特徴が誇張されたり、目立たないものは忘れ去られたりする。


 特に今回、ブレンダは〝演技〟をしているのが問題だ。


 資料として使うなら、怒ってもいない、笑ってもいない、ベースとなる中庸の目を探し出して紙の上に書き留めないといけない。


 しかし、彼女を見る人々は、彼女が怒っている時、笑っている時、それぞれの印象とまとめたものを本人と認識する。全く難題だ。


 こうしていると、人を見るよりはモノを見ている感覚になる。

 自分自身も非人間化してるように錯覚する。


 いや、俺は実際にそうなっているだろう。

 俺達デザイナーにスイッチが入ると、人は人じゃなくなる。


 それは世界にあり、光を受けて影を作る〝物質〟でしかないのだ。


 血の通った温かい肌も、眩しい笑顔も、全ては情報で物質だ。

 物質なら再現できる。

 それを使えば、感情すらデザインする事ができる。


 そのために俺達は世界をバラバラに分解する。

 感情の無い〝モノ〟になるまで。


 劇は第二幕に入った。

 王宮の庭園で百合姫はオリオン王子に恋をする。

 しかし廷臣は二人の愛を試す。

 不条理な試練から誤解が生じ、二人の関係はすれちがう。

 オペラで愛の困難が歌われ、ダンスで二人の情熱的な愛が表現される。


 周囲の観客たちは劇に夢中で、3人の変人たちの存在を完全に忘れてる。

 俺はそれを良いことに集中を深め、ページをめくって新たな線を引き始めた。


 ふと、不安がよぎった。

 アルマにスケッチのコツらしいコツは何も教えていない。


 ……大丈夫だろうか。

 いや、いま気にしても仕方ない。


 不安を振り払い、俺は自分が担当する正面に力を注ぐ。


「…………」


 劇はクライマックスを迎える。

 百合姫と王子オリオンは試練を乗り越え、真実の愛を確かめ合う。

 しかし、ここで王の追手がかかる。百合姫は白刃を向けられ、決断を迫られる。

 最後のオペラで百合姫と王子は天国で結ばれるという決断をする。

 そうして彼女たちの自由を祝福するダンスが始まった。


 ――そして終劇。ステージの前に重々しい緞帳どんちょうがおりる。


「ふぅ……終わった……なーんも内容覚えてない」


「うん、わたしもぜーんせん頭に入んなかった」


「ふたりともすごい集中力だったね。えらいぞー」


「えへへ」


 人見知りしがちなアルマだが、シホさんに褒められてまんざらでもない。

 さて、俺のスケッチは……うーむ。使えなくもないっていう感じ?


「お、ウィル君のスケッチ、よく描けてるじゃない! あの距離からここまで正確に描けるなんてすごいわね」


「あ、ありがとうございます。アルマのは――おぉ……」


 俺は思わずため息が出てしまった。

 アルマのスケッチはひと目見て「あっ」と思うものがあった。


 彼女のスケッチは俺が描いた物と違い〝光〟を描いていた。

 ブレンダの横顔は、陽光の中に浮き上がっているように見える。


 俺は影を意識するあまり、線を使いすぎて暗い沈んだ絵になっている。

 たしかに形は取れてる、印象も合っている。

 でも、ぱっと見の印象は、アルマが描いた絵のほうが


「すごぉ……さすがアルマ」


「ぬふふ~!」


 こんな絵も描けるとか、アルマは何なんですかねぇ……。

 そのうち「さん」付けしないといけなくなりそう。


「私のはこんな感じ、どうかな?」


「えっ、これは……」


 シホさんは紙一枚だけなので、スケッチの数は多くない。

 そのどれもが大胆なラインで全身を捉えており、力強い線をたった2本引いて背中と足を表現しているものまであった。


 俺が驚いたのは、ブレンダさんを背中から見たスケッチだ。

 大胆な空白のあるそれは、体がSの字1本のラインで表現されてる。

 だが、ひと目見てブレンダさんと分かる。


 変態だ、変態がここにもおるぞ!!


「うへぇ……」


「あら、自信なくした?」


「は、はい」


「うーん……でも、自信が無くせれば大したもんよ。自分を守ろうとして、意固地いこじになる人のが多いんだから。だいじょーぶ! 君の人生まだまだなんだから!」


 すみません、今の俺は強くてニューゲームしてるんです……。

 自信どころか人権なくしてますよ!!!


「それにウィル君のスケッチは、間違ったものは書いてないと思うな、うん。たしかに少し、メモリアみたいな気もするけど」


「メモリア?」


「えっと、なんていえばいいんだろ……そのままを覚えすぎ?」


「うーん?」


「君の絵は今のブレンダに忠実すぎる。こうなってほしい……デザイア願望を盛っていくのも大事かな。欠けた星を見て、こうあってほしい。みたいな」


「こうあってほしい……」


「でも、自分だけが思ってちゃじゃダメ。みんなが夢見るようなものじゃないと」


「…………」


「今より少しでも良いものを望み積み重ねていく、それが創るっていうコトじゃないかな? ――ごめん、ちょっとニュアンスばっかりで、わかりにくかったかな」


「いえ、参考になりました」


 メモリア、デザイア……聞いたことのない言葉が出てきた。

 この異世界独特の美術に対する観念、そして用語なんだろうか。

 あとで父さんや母さんにも聞いてみよう。


「おし……じゃ、スケッチも終わったことだし、楽屋にいこっか」


「……へ?」


「あれ、いわなかったっけ? 私ここの元関係者なの。ブレンダとも友達なのよ」


「ほげぇぇぇぇ!?」


「シホさん、ゴーレム職人じゃなかったの~?」


「ま、色々あってね。何事も経験ってやつよ」


「こ、これまでのスケッチは一体……」


「何事も」

「けーけん?」

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