資料を集めよう


 決闘の約束をしてから数日後。

 俺は納屋でアルマと朝の打ち合わせをしていた。


「育てるくんのアニメの進み具合は、問題無さそうだね。」


「うん~。あと一週間くらいで終わる、かな?」


「それなら、そろそろ別の作業に手を付けても良さそうだね」


「百合姫さんつくる?」


「うん。まずは資料集めからしようか」


「しりょー?」


「うん、やみくもに手を動かしても作るのは無理だからね」


 今回の決闘で作るゴーレムは、ブレンダさんという明確なモデルがいる。

 何も調べずに頭の中だけで作るのは不可能だ。徹底的な調査から入らねば。


「資料って、何をあつめるの~?」


「うーん、そうだなぁ……まずは3面図がほしいな」


「サンメンズ?」


「前、横、それと後ろが分かる絵のこと。一番はモデルになってもらうことなんだけど……相手は有名女優だからね」


「ぜーったいムリだね~」


「でしょ? だから絵だけでも集めたいなぁって」


「じゃー、ポスターがしちゃう?」


「いやいや、そんなことしたら怒られるよ!」


「うーん……じゃあ、劇を見に行く!!」


「それが良いかな。『百合姫』を見てスケッチする。……後は劇場にあるポスターとか印刷物をスケッチして、それを資料にするとか、かな」


「なんか、すっごくたいへんそー?」


「うん……でもまぁ、これは向こうも同じだからね」


 こればっかりは仕方ない。

 なんせパソコンなんてモノがない異世界だからなぁ。


 画像検索も無ければ、スマホで写真撮ることもできない。改めて考えると、前世の俺はメチャクチャ良い環境でモノ作ってたんだなー。


「よし、それじゃ街にいこうか」


「お~!」


 今から行けば午前の部に十分間に合うだろう。

 俺とアルマは貯金箱をもって、街に出かけるために納屋を出た。


 こないだ街で見たポスターには、劇の値段は500エキュと書いてあった。

 二人合わせても、今の中身でなんとか足りるはずだ。


 家の前をてくてく歩いてると、人を乗せたクモ型ゴーレムがこちらに歩いていた。

 ゴーレムに乗っているのは、青い郵便帽子を被ったおじさんだ。

 おじさんは俺の姿を認めると、帽子を振って俺のことを呼び止めた。


「マックスのせがれじゃないか。郵便だよ」


「あ、ありがとうございます!」


 郵便配達人はゴーレムのコンテナから封筒を出すと僕に手渡した。

 宛名は……父さんや母さんじゃなくて俺だ。はて、誰の手紙だろう。


 ――ゲッ! 封蝋にヒゲのマーク、ビアードか!


「誰から~?」


「ビアードのオッサン。えーっと内容は、と……」



ーーーーーー

 拝啓、クソガキ様


 この度は決闘の運びとなり、たいへん腹立たしく思います。

 しかし、我々も商売。お客様のご要望は何としても叶えねばなりません。

 なので仕方なく貴様の挑戦を受けて立つことにいたしました。


 決闘の日時は来月X日。場所は町の広場にてお待ちしております。

 万が一勝利されたあかつきには、決闘に使用した真核を進呈します。

 敗北の際は1ヶ月間工房のトイレを掃除とウンコのみ出しをしていただきます。


 貴様のバカさと熱意は認めます。

 ですが我が魔学力の前では、ただの子供の遊びに過ぎません。


 どうか、このお笑い草になるまでの一幕を楽しみ

 決闘に臨んでいただきたく思います。


 敬具

 ビアード

ーーーーーー


「あのクッソオヤジ……」


 手紙はビアードのもので、決闘を正式なものとする手紙だった。

 内容は大体理解できた。しかし初手クソガキ様はパンチが効きすぎてるだろ。

 それにねちっこい書き方も妙にムカつく。うっかり破りそうになったぞ。


「お手紙、どんなのだった?」


「決闘の日時と場所、あと買った時、負けた時の条件が書いてたよ。まけたらビアードの工房でウンコ掃除だってさ」


「わー! ぜったい勝たなきゃ!」


「うん。なんか本当にヤな条件がきたなぁ……」


 納屋に戻るのも面倒だし、手紙はとりあえずお尻のポケットにしまっておく。

 気を取り直して俺とアルマは劇場に向かった。


 今『百合姫』をやってるのはローズ座という劇場だ。

 街の北側には運河が通っており、ローズ座はその運河のすぐ側にある。


 広場と目抜き通りを抜け、水の音を追いながら劇場に向かう。

 次第に白い煙が立ち上る茅葺かやぶき屋根が見えてきた。


 劇場は3階建てで、バームクーヘンを立てたみたいな形だった。

 漆喰の壁には赤い木の柱が交差していて、実用と飾りを兼ねている。

 色合いもあって、なんかメルヘンチックな感じだ。


「ん~」


 目を細めたアルマが俺に向かって手をさし出した。

 ああ、そうか。ここ、建物が高いせいで光が無くてちょっと暗いもんな。


「暗いから気をつけてね」


「んっ」


 俺はアルマの手を取り、木戸をくぐって劇場の中に入った。


「「おぉ~~~」」


 手をつないだ俺とアルマは、ローズ座の中でそろって間抜けな声を上げた。

 ローズ座の中には、不思議な非日常空間が広がっていたからだ。


 中に入るとまず、ステージが目に入る。

 ステージと言うと、演者が立つ舞台のことだが、これがまた凝ってる。


 女の子が人形遊びに使うオモチャ、ドールハウスというのがあるだろう。

 あれをそのまま人間サイズしたものがあったのだ。


 家具はもちろん、階段にドア、照明まである。俺が一番驚いたのは、奥側にあるガラス窓だ。ガラス窓は普通の家にあるそれと同じ形だ。違うのは、窓の後ろには照明が配置されており、色のついた光が揺れ動いてることだ。


 小道具係らしき人が照明のチェックして色を切り替えているのだが、彼が操作するたびに光の色が青、オレンジ、白と移り変わる。


 これに俺はピンときた。

 窓を使って、昼夜の表現ができるようになってるのだ。

 いくらなんでも凝りすぎだろ?!


ってるなぁ……」


「すごいね、すごい!」


 アルマはステージを見てとびはね、ふわふわした金髪をさらに宙に浮かせた。

 彼女のテンションが上がるのも無理はない。俺でさえワクワクしてるもの。


「ウィル! チケット買お!!」


「あ、そうだね。買わなきゃ見れないもんね」


 俺はそんな当たり前なことすら忘れてた。

 劇場の中をうろつき、当日券を売ってるおじさんを探しあてた。

 しかし、俺たちを非情な現実が襲った。


「ひとり1000エキュだよ」


「え~?!」

「500エキュじゃないの?!」


「劇が評判になってね。よその街からも客が来て、値上がりしたんだ」


「そ、そんなぁ……倍なんて」


「悪いけど、決まりだからねぇ」


 そんな、今から家に戻るのか。

 父さんと母さんにお金を……いや、そうなると決闘のことが知られる。

 もし止められたら便所掃除コースだ。

 ぐぐ、どうしたらいい!?


 俺とアルマはチケットブースで立ちつくすしかなかった。

 すると、後ろから女性の声が飛んできた。


「ごめんね! チケット1枚もらえるかな?」


「おや、シホじゃないか、久しぶり! ……毎度どうも!」


「ありがと! この子たちは?」


「あぁ、すぐにどかします。チケット代が払えないとかって――」


「ふんふん……別に入れたっていいんじゃない?」


「んなこと言いましてもねぇ……」


 後ろから来て、チケットを買った女性が俺たちを見る。

 ふんふんと口元に指を当てた彼女はしゃがみこみ、アルマに目線を合わせた。


 女性は長いコートを着ているが、すらっとした足はその上からでもわかる。艶のある黒髪は肩の上で短く切りまとめられ、好奇心が強そうな灰色の瞳でみつめられると、心の中までのぞかれそうでどきっとした。


「じゃ、私が払うから! それでいいでしょ?」


「そんな! 知らない人にお金を払ってもらうわけには……」


 俺の訴えに、アルマもこくこくと頷く。


「なるほどね~。うん、うん、なるほど男の子だもんね~」


 女性の視線が落ち、俺とアルマのつながれた手に注がれる。

 なんか勝手に納得してるようだ。


「ね、きみたち、何で『百合姫』を見たいの?」


「えっと……じつはゴーレムが造りたくって、そのモデルに――」


「まさか、ブレンダを? ゴーレムに?」


「そ、そうです! 変、ですよね……」


 女性は腕を組んで何か考えていたが、くすぐったそうに小さく笑った。


「いや、教えてくれてありがと! 君たち面白いことやってるねぇ……。こんな面白いこと教えてもらったら、お返ししないとね~?」


「え、えぇ?」


 女性はエキュを取り出し、チケット売りを見る。

 おじさんはそれを受け取り、お手上げとといった様子で苦笑いした。


「払うっていってんだ、観念しな」


 おじさんはブースから身を乗り出し、俺とアルマに劇のチケットを渡してくれた。

 本当にいいんだろうか……。


「あの、後で返しますから、お名前を!」


「お金は返さなくていいけど、自己紹介はしましょうか」


「ウィルです」


「アルマだよ」


「うんうん、ウィル君とアルマちゃんね」


 黒髪の女性は俺たちの名前を噛みしめるように頷く。

 そして、繊細な細い指がならんだ手を俺に向かって差し出した。


「私はシホ。君と同じゴーレム職人。よろしくね!」

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