芸術と商品と勝負事

「アニメを買いますかな? それともサブスク契約をしますかな?」


 そういってビアードは長いヒゲの先をつまんで笑った。

 クッ! ブーメランみたいなヒゲしやがって!


「どっちも無しだね。アニメなら僕らでも作れるし」


「ね、ウィルはゴーレムもアニメもつくるの上手だもんね~」


「おやおや、それではどうぞ……ご勝手になさってください」


 言葉の終わりにかけて、ビアードは不快感を隠さなくなった。

 ふん、金をムシれないとわかったから、正体を表したな。

 

「そうするよ。金のことしか考えてない工房に頼っても仕方ない」


 俺はこれみよがしにメイドゴーレムに視線を送り、鼻で笑ってやった。


 金が稼げればそれでよしとするビアードの態度。

 職人としてそれは許せない。いや、許してはいけない。


「どうせこんなのしか作れないんだろ」


 俺はやつの技術をあざけった。それにビアードはカチンときたようだ。

 たちまち耳まで顔が真っ赤になった。


「小僧、今……何と言った?」


「こんなのしか作れない工房っていったんだよ。そのゴツゴツした土人形の顔ときたら……ラクガキで誤魔化すのがせいぜいなんだろ?」


「その言葉、取り消してもらおう。そもそもこれは芸術品ではない、商品なのだ。この顔は……熟慮を重ねた上での決断だ」


「へぇ。作れるけどえてそうしたって?」


「――当然だ!!! 小僧、あまり大人を甘く見るなよ」


 ビアードの形相ぎょうそうは一変していた。

 柔和だった額にシワが寄り、だらしなく垂れ下がっていた眉が上がっている。

 先ほどまでの卑屈とさえ思える表情は消え去り、熱をまとっていた。

 なんだ、怒れるんじゃないか。


 彼にはちゃんとした職人としての矜持きょうじがある。

 商品としてより多くの人に手頃な値段で届けたい。

 そうした理想があって品質を下げたなら、俺の言うことはお門違いだ。


 うん……これは、俺も悪い。


 商売人寄りの職人。

 なら、ビアードのやることもわかるし、嫌いになれない。

 サポートのひどさはどうかと思うけど。


「へぇ、あんたにも職人としてのプライドがあったんだ」


「おっ、ケンカかー?」「いいぞーやっちまえ!!」


 屋台に集まっていた客がトラブルの予感に騒ぎ出した。無責任にケンカをあおり立て、今か今かと殴り合いが始まるのを待っている。しかし――


「小僧、お前も職人ならゴーレムで勝負しようじゃないか」


 ビアードが俺に売ったケンカは客の想像とは違った。

 腕っぷしは腕っぷしでも、職人としての腕を争うものだった。


 俺を見下ろしているビアードの口角は上がり、笑っている。

 子供に負けるはずない。そう思っているんだろう。

 すまんオッサン。実は俺の「中身」は子供じゃないんだ……。


 しかしまぁ、大口をたたいたのはこっちが先だ。

 勝負を挑まれて逃げるわけにはいかない。

 この挑戦、受けて立つとしよう。


「いいよ、条件は? まさか100体の棒人形を作れなんて言わないよな? 品質を無視した大量生産じゃ、そっちが勝つにきまってる」


「チッ、減らず口を叩きおって! もちろん品質に決まっている!!」


「品質を求めるのはいいけど、客観的に評価できないと困るよ」


 俺はビアードに釘を差した。美醜びしゅうの感じ方は人によって違う。

 競い合うなら、誰でも分かるような基準がないと困る。


「ふむ……なら、あれはどうだ?」


 ビアードは広場にあった広告塔を指さした。

 塔には鮮やかな多色刷りのポスターが貼られている。


「――『百合姫』のポスターか」


 ポスターは、最近流行っている『百合姫』という劇を告知するものだ。


 大きなポスターには主演女優であるブレンダの豊かな髪が誇張されて描かれており、これは劇の象徴的なイメージとなっている。彼女を作れというのか。


「なるほど、絶世の美女を再現する。わかりやすくていいね」


「条件は同じ、そして真核コアは……これを使うッ!!」


 ビアードは指を弾いて小気味よい音を鳴らす。

 すると、工房の助手らしき青年が彼のもとに金属の箱を持ってきた。


「――ッ! なんて大きさだ……」


「フッ、お前のようなガキは見たことがないだろう……」


 ビアードが箱から取り出したのはゴーレムに使われる真核コアだ。

 しかし、その大きさは平均的な真核の倍以上、拳大のサイズだった。


 育てるくんに使われている真核はプチトマトくらいだ。

 あれに比べると、眼前の真核にはある種の偉大さ、敬意まで感じる。


「こいつは西方のドラゴンから作られた真核だ。聞いて驚け……この真核がサポートできる魔力回路の容量は――1000000だ。」


「ひゃ、ひゃくまん?!!!」


 育てるくんの100倍?! 100体分の魔力回路を作れるってことォ?!


怖気おじけづいたか?」


「いや――面白そうだ」


 自分でも笑みがこぼれているのが分かる。

 すごいのを出してきたな……。

 魔力の「点」が100万箇所打てるなら、「面」は60万以上使えるか?


 60万ポリゴンはかなり多い。いや、多すぎるといっていい。

 2025年代のゲームで動く3Dモデルが、大体20万ポリゴンだ。

 その3倍となると……表現力のポテンシャルとしては申し分ない。

 これは俺にとっても挑戦になる。


「ウィル、楽しそうだね~?」


「まぁね」


「では、勝負を受けるということでいいんだな?」


「あぁ、もちろん!!」


「期間は一ヶ月! 同じ日に、同じ場所にここに来い。」



★★★



 ――夕暮れ。

 刻々と色を深くしていく夕焼けの光が街の石畳に優しく降り注ぐ。

 市場はその日の喧騒を静かに終えようとしていた。


 客足は次第に少なくなり、商人たちは店を片付け始める。

 布製の天幕テントがひとつひとつ畳まれ、木のテーブルからは商品が下ろされていく。


 野菜売りの老婆は、売れ残ったカブをかごに入れ、市場の片隅では鍛冶屋が火を消し、空に向かっていく煙が薄れていくのを見守った。


 「また明日。」声をかけ合い家路につく商人たちの間には、一日の労働を終えた満足感と、心地よい疲れが漂っている。それはビアードたちも同じだった。


 買い手のつかなかったゴーレムを乗せた馬車が、石畳を軋ませながら街路を進む。

 手綱を取る弟子の横にどかっと座ったビアードは満足そうだ。


「まぁ、良い宣伝になったな」


「僕、ビアード師匠の仕事が見れるなんて、楽しみです」


「ん? あぁ、ゴーレムを作るとかなんとか、あの勝負のことか?」


「えぇそうです。あの真核を使えるなんて、さすが師匠ですね!」


「ば~~~~っかじゃねぇの?」


「え?」


「俺が作るわけねぇだろ。商売ってのは忙しいんだぞ」


「じゃ、じゃあ……」


「金だよ金。職人は金で探しゃいいんだ。ま、今回ばかりはチト高くつくだろうが」


「…………」


「ま、ゴミみたいな真核がウチの宣伝に使えるんだ。ちょうどいいだろ」


「ゴミ? ドラゴンの真核ですよね? 貴重なものなんじゃ……」


「ハハッ! 貴重は貴重だ。だが、魔力回路100万のゴーレムを必要とする客がどんだけいると思う? 需要と供給ってな。あれよか1万の鳥竜デミ・ワイバーンの真核のほうが高いんだよ」


「そ、そうなんですか……?」


「おうとも。100万の魔力回路を使うゴーレムを欲しがる客もおらんし、作れるやつも滅多におらん。だからゴミみたいな値段で買えたよ」


「じゃあ、誰もが持て余してたってことですか」


「ま、数字がデカければハッタリは効くからな。悪い買い物じゃなかった」


「は、はぁ……。それで師匠、ゴーレムは誰が作るんです?」


「おう、それそれ。1人心当たりがある。この手の案件に強いやつがいてな。ちっとクセのあるやつだが、金貨袋で殴りつけりゃイチコロよ」


(弟子入り先、間違えたかなぁ……)


「ま、売り物にはならんだろうが……百合姫ブレンダの生き人形、いや、ゴーレムとなりゃ、そのまま売るより良い看板になる。きっと儲かるぞぉ~~~!!」


(うん、転職しよう。)


「ハーッハッハッッハ!!!」


 家に帰ろうとしていた人々が何事かと振り返る。

 夜の帳を迎える準備を始めた街に、ビアードの高笑いがいつまでも鳴り響いた。

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