魔機商人ビアード

 それから十数日、ゴーレムのアニメをつくる作業が延々と続いた。


 俺とアルマは人形を動かしてポーズをつくり、それを魔法で記録してゴーレムの中に流し込む。地味な作業が延々と続く。


 これだけ聞くと簡単に思えるだろう。

 しかし、アニメはモデルの調整に勝るとも劣らない地獄だ。


 ゴーレムのアニメは、長い動作ほど多くのポーズが必要になる。

 1秒あたり、だいたい15から30のポーズをつくる。

 例えば2秒の「歩き」のアニメを例に取ると、60個くらいのポーズが必要だ。


 この時点でかなりイヤになってくる。

 だが「歩き」は、アニメとしては簡単なほうだ。


 腰を動かし、左手と右足を前に出す。

 次はそれを鏡写しにするように、右手と左足を前に出す。


 足が地面についた時に足をパタっと下ろして、蹴り足をつくるとか、細かい部分もあるのだが、こうした「演技」や「力」のない動きはそこまで難しくない。


 問題は「力」が必要な動きだ。投げる。たがやす。こうしたアニメはポーズだけでなく、時間やメリハリといった要素が必要になってくる。


 正しいポーズで投げる動きをしても、ぬるっと動いていたら?

 種をくことなんてできない。地面にボトッと落ちるだけだ。


 だからこの種のアニメはアルマでなく、俺がやることにした。

 とはいえ、アルマの手伝いはありがたい。


 ぶっちゃけ、彼女は俺以上にセンスがあると思う。

 アルマのアニメは、しっかりとした観察に基づいて作られていた。

 普段ぽやっとしてるのに、見るべきところはちゃんと見ている。


 正直、俺が本当に同じ12歳だったなら、勝負にすらになってないだろう。

 天才ってのは、異世界にもいるんだねぇ……。


 さて、彼女の協力の甲斐もあって、50個あるアニメのうち、すでに35個のアニメが終わっていた。折り返し点を越え、ようやくここまできた……。


「ん~っ! つかれたー!」


「アルマのお陰で、予定よりもずっと早く進んでるし、今日は切り上げようか」


「え~もう~?」


「アルマって、アニメ作るの好きなんだね」


「……ほどほど? でも、ウィルとつくるのは好き」


「あー、僕も好き」


「ほんと?」


「うん、ひとりでやるより気が楽だし。変なとこないか~とか、聞けるってのもいいよね。アルマって目がいいし」


「目がいい?」


「あー……変な意味じゃなくて、なんていうんだろ。違和感に気づけるとか、その逆で良い所に気づける。そういう目のこと」


「ふーん……」


「僕はあんま、そういうの……ダメなんだよね。見えなくなっちゃう」


「じゃあ、私ウィルの代わりに見ようか?」


「うん、お願い」


 ちょこんと座って人形をいじっていたアルマはふふんと笑った。

 やはり子供なのか、ほめられると嬉しいんだな。


「息抜きにでも行こうか。街でお菓子でも買おうよ」


「……うん!」



★★★



 農家は畑を抱えているため、俺とアルマの家は市壁の外にある。

 納屋をでた俺とアルマは、古びた市門をくぐって街の広場に向かった。


 広場には市場が立ち、活気に満ちていた。屋台の商品棚には、今朝取れたばかりの新鮮な果物や、腕利きの職人が作った自慢の逸品が並んでいる。市民たちは思い思いの品物を求めて、立ち並ぶ露店を行き交っていた。


 しかし、その日はいつもと様子が違った。

 人々の注目が、広場の中央に設置された一つの特別な露店に集まっていたのだ。


「なんだろ~?」


「アルマ、ちょっと見てみよう!」


 興味を引かれた俺は、アルマと人混みの中に潜ってみた。

 すると、ガハハと豪快な笑い声が聞こえた。


「さぁさぁ、魔学・・の驚異をご照覧しょうらんあれぇぇぇぃ!!!」


 人々の注目を浴びているのは、学者風の衣装を着込んだ商人だ。

 彼の奇声じみた胴間声は、広場の隅々まで響き渡るようだった。


 商人の横には、繊細なレースのエプロンドレスを着たゴーレムたちが立っている。

 ふむ、ゴーレム売りか?


 看板とノボリを見ると、『世紀の魔学者ビアードの工房』とある。

 なるほど。あの商人はビアードというらしい。


「工神ピクスも仰天間違いなし! 我がビアード工房最新作のメイドゴーレムを見よ!!! さぁ、皆様にご挨拶だッ!!」


 彼が指示すると、ゴーレムが前に歩み出て、ゆっくりと腰を曲げて礼をした。

 露店を取り囲む人々はその光景に驚嘆の声を上げている。


 服を着ているゴーレムはそこまで珍しくない。しかし、メイドゴーレムは頭部は目鼻と口が作り込まれ、黒目や眉毛まで書かれていた。これが珍しかった。


 「育てるくん」がそうであるように、ゴーレムの顔を作り込むことは少ない。

 せいぜい、向いている方向が分かるように鼻をつけるくらいだ。


 ゴーレムの価値は人の代わりに仕事をすることにある。

 だから顔よりも手足を作り込むほうがずっと重要なはず。

 なのに……これまた思い切ったなぁ?


「このゴーレムは、あなたの家事の全てを引き受けるッ! 掃除、洗濯、料理、何でもこなす。さあさぁ、この機会を逃すなァッ!!!」


 ゴーレムのデモンストレーションが始まった。

 ビアードにリンゴを手渡されると、包丁を手に取り、手際よく切り分けていく。

 ゴーレムメイドの動きは流れるようにスムーズだ。


「すごい…!」


「もっと盛ればいいのに…」


「えっ? なんか言ったアルマ?」


「うぅん、なんでもない。」


「しっかしビアード工房かぁ……どっかで聞いたような?」


 かすかな記憶をたぐり寄せた僕は、ハッとなった。


 看板には立派なヒゲが書かれている。あれと同じものを見た記憶がある。そう、「育てるくん」が背負っているタンクに描かれていた意匠と同じ。つまり――


「ビアード工房って……『育てるくん』を作ったところじゃないか!」


 適当な仕事をしておいて新型を出すとか……。

 お前んとこのカスタマーサポートはどうなっとんじゃい!!!

 ちょっと文句言ってやる!!


「ちょっとおじさん!」


「ん~! 早速のお買い上げかな!? なんだ……子供か」


 一度は色めき立ち、商人の顔をしたビアード。

 だが、僕を見るなりその表情は冷めきったものになった。

 金にならないと思ったんだろう。文字通り現金な奴め。


「おじさんのとこのゴーレムのことなんだけど?」


「オホン。少年、これはオモチャじゃない。お父さんかお母さんはいるのかね?」


「このゴーレムのことじゃない。おじさんが前に売ってたヤツのことだよ。農業用の背中にタンクを付けてるやつ」


「ほう……ほうほうほう? そういえばそんなゴーレムもあったかなぁ……?」


「そのゴーレム、2週間でダメになっちゃたんだけど? それなのに新作を出すなんてどういうつもりさ!」


「あぁ、農業1号のことですな! あれには若干の初期不良がございました。それに関しては――いや申し訳ない!!!」


 ビアードは聴衆の手前、いかにも申し訳ないという風に頭を下げる。

 しかし顔を上げたときの目は挑発的だった。

 明らかに俺のことをあなどっている。


「父さんが技術者を呼んだけど全然来なかった! これのせいだろ!」


「おやおや……サポートが至らなかったのは確か。工房としておび申し上げます。ですが、お待ちいただければ必ずおうかがいに参りましたものを」


「ウソをつくな!!」


「ウソではありません。さて……これは我が工房の製品に付属している保証書の写しですが、どうぞ御覧ごらんください」


「…………ん~?」


 ビアードは1枚の保証書をよこした。どうやったらここまで文字を小さく書けるのか、アリを雇って書いたような書類はやたら読みにくい。


「ココです、コ、コ!!」


 ビアードがトントンと指でたたいた場所にはこうあった。


『問題があった際は必ずサポートに連絡して、到着を待つこと。』

『自分で修理した際はサポートの保証外になる。』

『対象外になる修理の内容は――魔力回路および表面の修復。自作アニメの再生。』


 つまり、俺がしたことは全部アウトだ。


「あっ」


「まさか、ご自分で修理なんて……してないですよねぇ~?」


「だ、だって呼んでも来なかったじゃないか!」


「おや、いついつまでに修理すると書いておりますか?」


「……来ないなら、修理したってしょうがないだろ!」


「しかしですな? そうしたことをされますと、当方も動作の保証ができませんから――しかし少年、キミは運が良い!!」


「……?」


「なんと!! 農業1号の初期不良に対応した『アニメセット』が大好評販売中なのです!! 今ならお求めやすいお値段で提供しておりますぞ?」


「最初から不具合をなくせ!!!」


 クッ、そういうことかッ!!

 修理対応なんて最初からする気無かったなコイツ!!

 こうやって後出しで商品を売りつけるのが目的だ。

 えげつねぇ!!!


「買い切りが難しいユーザーに向けたサブスクプランもございます。なんと一日あたり100エキュ。白茶1杯分のお値段でございますぞ!」


 売った後にさらに金とるのをやめろっていってるの!!

 んがぁぁぁぁ!!!


「我がビアード商会のモットーは、『人々の夢を叶える』ですからな! ガハハ!」


「ぐぬぬぬ……!!」

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