歩き続けるってこと

「マジ?!」


 アルマはパチンと指を鳴らして笑った。

 まさか、2回見ただけで何が悪いか分かったのか?


「ほらウィル。こ~して歩く時、見て」


「……?」


 アルマは俺の前に立ち、歩く横姿を見せる。

 うん。普通に歩いてるね。何の変哲へんてつもない、ただの歩きだ。


「これが私とウィルが歩く時。で、こっちが育てるくん!」


 さっきと同じように、アルマは歩く横姿を見せる。

 しかし今度はちょっとぎこちなく見える。

 全く同じような歩き方なのに、何がちがうんだ?


「……んんん~?」


「わからない? やってみて!」


「お、おう……」


 俺は言われた通り歩いてみる。

 しかし、アルマは俺を見て不満げな声をあげた。


「ウィル、違うよ~? 背筋を伸ばして『そのまま歩く』の」


「背筋を伸ばして、そのまま?」


「そう、こう!」


 アルマは俺の肩を小さな手でつかみ、背を後ろにひっぱった。

 なんだがメチャクチャ歩きずらい。そして――


「――あっ!!」


 そう、かかとにやたら力がかかっている。

 ゴーレムの踵が変形していた原因はこれか!!


「ウィル、歩くときって、こ~前に傾いてから歩くでしょ? でも育てるくんはそのまま歩いてるの。だからちょっと変、かな」


「うん、アルマの言う通りだ。原因がわかったよ!」


 アルマの指摘は正しい。

 通常、人間は体を前に傾けて、重心を移動させてから歩きだす。


 しかし、俺が作ったアニメにはそれ・・が入っていなかった。


「ふっふ~!」


「しまったなぁ……ゴーレムのアニメは、最初と最後のポーズが完全に一致している必要がある。だからこうしてたんだよね。そうじゃないとゴーレムが壊れるから」


「ん~、どゆこと?」


「例えるなら、そうだね……うん、アルマが座ってる状態から、立った状態になったとしようか。それも1秒の半分の半分、そのまた半分で。できる?」


「無理!」


 アルマは即答した。まぁそうだよね。


「うん、でもゴーレムはできる……いや、やろうとしちゃうんだ」


「そうなの?」


「うん、ゴーレムは指示されたことを忠実にやってしまう。それが物理的に無理のある動きでもね。その結果、ゴーレムの体に負荷がかかり――最悪、自分の動きに耐えらなくなって壊れてしまうんだ」


 だから俺は歩きのアニメがスムーズにつながることだけを考えた。

 しかし、歩きには「歩き出し」が必要。このことを完全に見落としていた。


「あ~~~~!!!」


 俺は悔しいやら情けないやらで頭をぐしゃぐしゃとかいた。

 アルマに間違いを指摘されたからじゃない。

 俺は「これ」を知っていたからだ。

 大昔、歩くアニメを作っていた時に、まったく同じ内容を先輩に指摘された。

 それなのに、すっかり忘れていたことに腹が立ったのだ。


「ごめん。ウィル……おこった?」


「あ、いや違うんだ。これはアルマに怒ってるんじゃなくって……ええと」


「反省?」


「うん、そんな感じ……かな。」


 大人げないかも知れないが、本当にショックだった。

 まさか子供に間違いを指摘されるとは思わなかったのだ。

 それも、デザイナーでもない、12歳くらいの子供に。


「なまったなぁ……」


「ん、がんばって」


「お、おう」


 アルマは雑に僕を励ました。

 実際にはずっと年下の彼女にどう反応していいか困ってしまう。

 ありがとうとも言えない。ただ、ごまかしがちな生返事しか出来なかった。


「育てるくんの不具合の原因はわかったから、アニメを直そう」


「どうするの?」


「まずは「歩き始め」と「歩き納め」をつくる。それと方向転換だね。真っ直ぐ歩くだけだと作業できないから、実際の作業のアニメも作らないと……」


 父さんに「もうちょっとで使える」なんて言ってしまったが、見通しが甘すぎた。こりゃ大変なことになってきたぞ……。


「すごい数になりそ~」


「う、うん。ちょっと数えてみようか……」


 少し怖いが、アニメのリストを作ってみよう。

 俺は工具箱から帳面を取り出して、必要なアニメをリストアップしていく。


「歩き始め」「歩き収め」「歩行」「左を45度向く」「左を90度向く」「右を向く45度むく」「右を向く90度むく」「耕す」「種をく」「水をまく」……。


「ウィル、クワを取りだすのと片付けるのもないと、種をまけないよ~? あと種を取り出すアニメも必要かも?」


「あっそうか……」


 僕が必要な動きを書き出すと、すかさずアルマがツッコミをいれる。

 こうして必要なアニメが足されていき、その数はどんどん増えていく。

 最終的にリストは50個ほどに膨れ上がった。


「呪いの書が完成した」


「すごい数だね~。これ、全部ウィルがつくるの?」


「そうなるかなぁ……お父さんは忙しいし」


 ウゲー……1日1個の動作を作ったとして、50日もかかる。

 休みなしのフル稼働で1ヶ月半……ゲロ吐きそう。


 実際には休みなしで作業できないし、テストと修正を考えたら2ヶ月は必要だ。

 来月には種をかないといけないのに、これじゃ間に合わない。

 どこがもうちょっとだよ! 全然だよ!


「マズイなぁ。1ヶ月半もかかったら、来月の小麦の春きに間に合わないよ」


「じゃ、わたしもやろっか~?」


「え、アルマが?」


「うん~! うち羊牧場だから、忙しくなるのってこれからだし~?」


「そっか、今ってそっちも農閑期なんだっけ? じゃぁ……お願いできる?」


「うん。まかせて~」


 アルマと僕の二人でやれば、ギリギリ〆切に間に合うかも知れない。


 ゴーレムのモデルを創る作業は一人がかかりきりになるのが基本だ。

 だが、アニメとなると話が変わってくる。


 ゴーレムのアニメの作り方は、ゴーレムを模した小さい人形でポーズを作っていき、そのポーズを時間ごとに魔術で記録していくものだ。


 つまり、人形さえあれば、いくらでも作業者を増やせる。

 これなら間に合うかも……!

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