アルマと育てるくん
「ふぅ。」
損傷部分を埋めた後はコテを戻し、魔力回路のチェックを行う。
回路に問題がなければ、足をダメにした犯人は「アニメ」ということになる。
俺は工具箱からゴーグル付きのバイザーを取り出した。これは「アウトライナー」といい、ゴーレムに刻み込まれた魔力回路を可視化するための装備だ。
アウトライナーを被ると、育てるくんの表面に格子状の光の線が浮かび上がる。
格子の
見上げるほどの大きさのゴーレムだが、その体は土でできている。土にもかかわらず、この巨体はなぜ自壊しないのか。その秘密がこの魔力回路にある。
魔力回路はゴーレムの土の体、その外側を格子状に囲んでいる。
魔力が流れると回路は半実体を持ち、
籠の目には魔力の板が張られ、土がこぼれるのを防ぐ。
これによってゴーレムの体は自然に崩壊しないように保護されるのだ。
さて、ゴーレムの魔力回路は3つの要素で成り立つ。
すなわち「
「点」は土の上に打たれた
「面」は糸で囲まれた板といえばわかりやすいだろうか。
ゴーレム技術者はゴーレムの体の関節と言った要所、すなわち肘、膝、点を打ち、土の体を格子状に囲んでいく。この見た目が完全にポリゴンモデルなのだ。
この魔力回路はかなり融通が利き、土の形状にほとんど制限がない。
「育てるくん」はヒト形だが、水中で使うために魚の形をしたゴーレムや、馬の形をしたゴーレムもいるらしい。
しかし、ゴーレムの魔力回路は無制限に組めるわけじゃない。
埋め込まれた
育てるくんの真核だと、上限となる点の数は10000だ。
だが実際に使っている面は3000余といったところか。これは3Dモデルだと、いわゆる「ローポリ」というものに相当する。
元の世界のゲームでいうと、ポリステ2や、サンテンドー3DSくらいのクオリティになる。ぶっちゃけレトロゲーだな。
といっても、俺はこのころのことはよく知らない。
俺がデザイナーになった時は、すでにポリステ3の時代だったからな。
先輩によると、その時代は職人芸が必要とされたそうだ。
つまり、育てるくんも簡単にはいかない。
「…………」
俺は育てるくんの体の上に打たれている点をチェックして回った。
ひとつひとつ、まちがった位置に打たれてないか調べる。
なんてったって何千個もの点があるのだ。
確率的に1%のうっかりミスでも、1万もあれば100個のミスが生まれる。
それに、このゴーレムはゲームやアニメのそれと違って人の命がかかっている。
いいかげんな仕事でミスをすることは許されない。
「…………」
冷静に考えるとこれ、ちょっと異常じゃない?
1万もの点からなる線と面を調べるって。
でもこれ、前世では仕事として8時間、追い込みの時期は平気で10時間以上ぶっ続けでやってたんだよなぁ……。デザイナーの仕事って、囚人の刑務作業といい勝負してるのではないだろうか。
だが、こういう作業を始めると、デザイナーという生物は黙々とやってしまう。
ここまでくると、性癖というか……呪いだな。
一度始めると、作業は延々と続く。
朝に始めたチェック作業は、お昼になってようやく終わった。
「点の位置に問題はナシ。線も面もオッケー。となると……アニメか」
体に疲れを感じ始めた俺は、うーんと背伸びをする。
育てるくんに張っている面は3000程度。
このポリゴン数は、5本指の手がギリギリ作れる程度だ。
無駄な使い方は許されない。
逆に言えば「不適切な作り方をする余裕がない」ということ。
原因は育てるくんの体には無さそうだな。
……昼になったせいか、気温が少し高くなってきた。
俺は袖をまくり、少しでも涼を取ろうとした。その時だった。
「ウィル! お隣のアルマちゃんが来てるわよー!」
「アルマが? いまいくよ」
母さんが納屋の外から俺を呼んだ。うちの農場の隣には羊牧場があって、アルマという女の子が住んでいる。その彼女が遊びに来たらしい。
「はいるね~」
やさしい、呑気な声が入ってくると同時に、少しだけ涼を含んだ心地よい風が納屋に吹き込んできた。
「おはよう~!」
「アルマ……もう昼だよ」
「うん知ってる。ウィルのお母さんからこれもらった」
おや、アルマはその手にサンドイッチの入ったバスケットを持っている。
彼女は俺にサンドイッチを渡すと、ふわと大きな
アルマは猫っ毛のふんわりと膨らんだ金髪を肩まで伸ばし、目も猫のように細まっている。そのせいで、普段の彼女はどこを見ているのか良くわからない。ほわわんとしていて、ミステリアスな雰囲気をまとっている少女だった。
「ん、おいしい。今日はラムのハムだね~」
「遊びに来といて、よそんちのご飯先に食べることある?」
「だってマヤさんのご飯、おいしいし~?」
「アルマの神経、図太すぎてアナコンダくらいありそう」
「それより、なにしてるのー?」
「ゴーレムの修理だよ」
「あそこにあるアレ~? なんかカワイイね」
アルマは納屋の中にある「育てるくん」を指さした。
金髪をぽいんぽいんと揺らして納屋の中に入ると、振り返って笑った。
「……ね、この子の動くとこ見せて!」
「まだ作業の途中なんだけど……。ま、いま動かすところだったからいいよ」
「やった!」
「それじゃゴーレムの前を開けて。危ないからね」
「は~い」
「よし……歩行1、ワンループ」
俺が命令すると、育てるくんは設定されているアニメの通りに動く。
――やはりか。始まりと終わりの動きがガタついている。
ぎこちない動きといった印象を受けるが、原因がわからない。
アニメのどこかに間違いがあるんだろうが……。
「なんかへんだねー?」
「うん……」
このアニメは最初から実装されていたものではない。
俺が作って入れたものだ。
最初にゴーレムに入っていたアニメは、とても歩きとは言えないものだった。
手と足を前後に動かしてるだけで、すさまじく質が低かった。
だから俺は基本の「歩き」のアニメをゴーレムに入れ直した。
とはいえ、3Dデザイナーだったのは転生前。
転生した世界で12歳になった俺にとって、これは12年ぶりの作業となる。
やっぱり……何か間違えたんだろうか?
「うーん……もう一回!」
「え、あぁ……」
育てるくんをもう一度歩かせる。
アルマは細い目でじっとゴーレムの歩きを凝視する。
すると突然、彼女は喜びの混じった大きな声をあげた。
「――あ、わかった!!」
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