暗転して私はまた生まれ変わる。何に?
X曜日。
暗転した。
今回もまたすぐさまに暗転した。少しの長続きもしなかった。
暗転という名のオルガズム。
私にとっては、男を他の男に変更するという行為のなかで生じる様々な修羅場が、性的な欲求を満たしてくれるのだ。
まるで、ひたひたとした、贅沢なまでに溜めた真冬の湯舟に、何も体を洗わずに豪快に一気に肩まで浸かったときのように。
まるで、真夏の汗だくの部活動終わりのアイシング替わりの川遊びのように。
すべての快楽を凝縮したかのような、そんなオルガズムが激しく、刹那的に、何回も私を襲う。そして満たす。何かで私を満たしていく。
……
……
……
そして、
飢える。
気がついたら、飢えているのだ。
虚無のなかで、飢えているのだ。
男がいないときに飢えるのではない。
そのようなオルガズムに満たされていた直後であったり、日常的な友達との会話のなかにふと訪れることもあったり、その虚無のなかの果てしのない飢えが、最近になって頻繁に私を襲うようになったのだ。
まるで黒歴史をフラッシュバックして、自室のベッドでのたうち回る幼気な少女のように。それは唐突に場所を選ばずに、何かしらの因果によって、私の心のもとに訪れるのだ。
私はこれを罰だと感じている。そう思うしかない。これは私が背負っていかなければならない精神的な罰。
といっても、私は今までに意識的な罪悪感のようなものを感じたことはないのだが。
もっと、心の奥深く。意識の及ばないところで、私はそれに(罰に)本能的に侵されてでもいるのだろうか。わからない。何もかも精神的な物事を操作することは困難であるように思う。
だから、私は溺れるのだと思う。
溺れるように、飢えるのだと思う。
虚無のなかで、必死に手を伸ばして、あがき、存在を揺らし、もう一生私は私という人間を満足させることができないのではないかと、思えるほどの、渇き。
渇き。
渇き。
オルガズム。
その果てしのない連続性としての時間。
時間は物事の変化を見ることによってしか実感の伴わない現象であるとするのであれば、私にとっての時間は、オルガズムと虚無の果てしのない連続性そのものだった。
そのなかでしか生きている心地がしないのだ。
ああ……
ああああ……
今回も吠えている。男が、吠えている。
「君は僕のことを好きだと言ったね。言ったよね?そうだよね?え?言ってない?」
男が私の固く結ばれた口元を見つめて、ただただ自己完結するだけの会話を繰り返している。
目の前の男は狂ってしまっていた。狂ってしまうタイプのようだった。
「君は魔女だよ。男どもを狂わせる魔女だよ。そんなに綺麗な美しい、純潔そうで、誰に対しても害を及ぼさないと思わせておきながら、君はとんでもないことを僕に、いや不特定多数の男たちに、膨大な回数を重ねて行ってきたんだね」
壮大な自然のなかで、たった二匹の男女のアマガエルが巡り合って交尾をするがごとく当然のように、私は男に対して『好きな人ができたの』と単調な声でそう伝えたのだ。
それが今回の男の発狂の全ての始まりの種だった。今回はかなりヒステリック系の男だったようだ。髪型は綺麗で清潔感があり、最近のマッシュにするかセンター分けにするかの、論争からは外れている存在だった。なにがその男の精神性を決めているかなんてこと、外見からでは少しも分からないのだなと、私はぼんやりと吠えている、その『モノ』を眺めながら感じとった。
「君の人生はすぐさま暗転するさ。それも大きく激しく劇的にね。落ちるところまで人生が落ちる類の人間さ、君は。それは自業自得というものだがね。しっかりと自分を見定めたほうがいいよ。そんなことでは社会に出たときにひどい目に会うと思うよ。クソが!クソが!!!!!!!」
『モノ』は人生における先輩としてのアドバイスを言ったかと思えば、最後には私に汚い言葉を浴びせ続けている。本当に『モノ』は一貫して自らの言いたいことすら主張できないモノであるようだった。
『モノ』……。
私はすでに目の前にいる、モノの記号、名前という記号を忘れているようだった。いつしか、それはただの『モノ』として私の目の前に映っている。
「ははっ。どこまでいっても、これは変えることのできない精神なんだねぇ。こればっかりは、ねぇ……。はは、もう従うしかないようねぇ。この流れに従って、オルガズムに身を任せるしか、ほとんどもうできない体になってるんだよねぇ。ごめんねぇ。本当にごめんねぇ」
私は涙を流した。『モノ』を前にして激しく快楽のなかで、涙を流した。
とめどなくあふれる涙。
視界には、もう現実世界はない。『モノ』も見えない。
見えるのは、私の精神だけ。心だけ。
この暗転してしまった状況だけ。
それらだけが、私を包み込み。
激しいオルガズムに身を震わせる。
もう、私しか見えない。
最高の幸福。
刹那的な幸福。
それを繰り返して、人生におけるその総量が多ければ多いほど、いいのだ。
それにしか、頼ることのできない存在なのだ。
「あああ……ああああああっ……。あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
私はとてつもない、幸せのなかで叫んだ。咆哮した。獣のように雄叫びをあげた。
それから、
それから……
……
……
……
私は、
……
……
……
一体どこに向かっている?
この人生における只中のどこにいて、
どこに向かおうとしている?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
果てしのない激しいオルガズムに襲われた私の目の前には、すでに男はいなかった。その存在をすっかりと消し去っていた。
おそらくは、私のその姿を見て、何かしらの逃避願望を覚えたのだろう。たしかに、それは正しい感覚だと思う。
……
……
私は生まれ変わった。
今回もまた、生まれ変わったという感覚だけが確かにあり、そしてそこには、どこが実際的な変化をしているのか分からない、いつもの私がいた。
実感だけがある。
そして飢えが支配している。
満たされている状況からのとてつもない落差。
破滅衝動からくるとてつもない、オルガズムの果ての飢え。虚無のなかにある飢え。
「あの男のところへ行かなくちゃいけない」
支配されている。
何に?
何に支配されているというのだ?
精神が自らの支配を離れていくのを感じる?
自らの支配?
私という概念?
一体、何が私で、何が精神なのだ?
「とにもかくにも、私はもうすでに落ちるところまで落ちているのかもしれない。そして私には落ち切る覚悟がある。いや、覚悟ではないかな。これは……」
私は今の私の状況を、周囲を見渡して確認した。
そこには、数多くの人間がいて、私はそのうちの一人でしかなかった。
「ある種の妥協だ。生き方における妥協だよ。あはは。そうだよ……」
循環だけが始まっている。
何のフィードバックもない、ただの循環だけが蔓延っている。
そのなかの、そのうちの一人でしかない。
私は心のそこで、そのようなことを考えて、納得しているのかもしれない。
自らを納得させているのかもしれない。
「オルガズムだけあればそれで……」
……
……
……
これでいいのだ これでいいのだ
ボンボン バカボン バカボンボン
天才一家だ バカボンボン
……
……
……
「はははっ」
足が男の方へと動き始めていた。
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