繰り返し可能な感情の再生産としての男
Y曜日。
男が大量に過去に降り積もっている。
時間軸が垂直に、重力に逆らうように立ち昇っており、過去はその永遠の底(マイナス)へと概念を落ち着けている。
そこへ、男を落とせば落とすほど、底は果てしなくなり、永遠は完全なものへと近づいていく。
私は男を一心不乱に貶めて、彼らの、そして私自身の、奈落へと突き落としていく。
落下という根源的な恐怖に対する叫び。
男たちは往々にして、精神的な落下を味わうときに、それぞれの絶望の魂による叫びを発する。
彼らは何を見ているのだろうか。その落下の最中にどのような具体的な感情を抱いているのだろうか。それを憎悪などのネガティブな感情を代表する言葉で名付けてしまえば、簡単であることは間違いない。
私の、異常者としての興味関心はそのもっと複雑な有機体としての感情だ。私の個人的な体験としての、オルガズムと虚無の果てしない連鎖に基づく感情的現象のような、もっとどろどろとした込み入った話が知りたいのだ。
叫びながら言葉を発する男たち。
その彼らの表面的に表れている、個人的に感じとれる乏しい言葉としての感情。
言葉としての感情。
……
……
……
そうだ。
彼らは言葉と涙と声と表情……。それら表面的に観測できる物事によってしか、感情を訴えることができないのだ。そしてそれを私たちが解釈する。
どうやって?
どうやって彼らの感情を解釈する?
そこには、どの程度のリアルが含まれている?
いや、そもそも。
リアルな感情を感じるとることに、本質的な意味などあるのか?
それは彼らの感情を個人的なものとして解釈し直して、極めて個人的な文脈のなかで捉えることにこそ、無意識的であり生命的であり、根源的な意味があるのではないか?
しかし、
やっぱり、
もっとだ。もっと。
どうすれば……
どうすれば……
もっと、もっと……
リアルな彼らの感情をくみ取ることができる?
私のオルガズムのために……
さらなる高尚なオルガズムのために……
どうしたら、彼らのよりリアルで繊細で、壊れやすい心のままの声を聞き取ることができる?
……
……
……
足りない。
足りない。もっとだ。
もっと、もっと。いろいろな感情を、リアルに基づいた感情を私に提供してくれないか。
まだまだ感じたことのない、私に対する感情を……
より多感的に、多角的に感じとりたい。
……
……
駄目だ。感性が緩慢になりつつあるのかもしれない。
オルガズムの度に、そこには繰り返し続けている種類の感情が蠢いている気がする。
繰り返し可能な感情。
その陳腐な再生産としての男。
駄目だ。
全くもって駄目だ。
これは私個人の問題でもあり、男たちの問題でもある。
感性の多様性の限界が、私と男の間で到来している?
……
……
「限界などあるのか。心の問題に限界など。オルガズムに有限性などあるのか?それは無限性への跳躍ではないのか?日々の現実的な様々の物事からの忘却による精神的無限性への回避ではないのか?それは擦り切れてしまうものなのか?」
繰り返せば繰り返すほど、単調性は究極のものになる。
そしてその間に、様々なものに対する摩擦が生じるのだ。それは実に様々なことに対して。本当に広範囲において。
「ずっとずっと追い求めていくほどに、虚無の感覚が長く延々と続くように思えてくる。飢えれば飢えるほど、そしてその飢えが満たされれば満たされるほど、もうそこからは逃れられなくなり、最後にはこう悟るのかもしれない」
(幸せこそが不幸の源だったと。オルガズムこそが不感の宿敵だったと。)
私はまだまだ若い。そして月並み以上に何かに対して飢えていた。全ての物事に対して月並み以上に、具体的に、飢えていた。
そして、それは早くもやってきたのかもしれない。
だからこそ、といったほうがいいだろうか。
だからこそ、
それはやってきたのかもしれない。
ことごとく、凄惨に。
なにもかもを奪い去っていく……
そんな、『それ』という概念。
『it』
私の、私個人の循環は……
そのなかにある幸せ、快楽、オルガズム……、という甘い蜜を私にふんだんに与えたかと思えば、その見えないところで密かに準備していたのだ。
私を内側から壊していく、準備をしていたのだ。
ことごとく、凄惨に。
なにかしらの因果をもってして。
おそらくは、積もりに積もった業を『それ』の甘い蜜として利用して……
静かに静かに……
私の存在全体へと広がっていく。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「もう死んでしまいたい」
大都市のなかで、暮らしている最中だった。
朝起きると、自然とそのようなことが口から漏れ出していた。
大学生も終わりに近づいている頃合い。
そろそろ社会に飛び立とうとしている時分。就活にも苛烈さが滲み出てきていた時分。
「んんん~。どうした?」
隣には男が裸で寝そべっていた。筋骨隆々としたスポーツマンという風だった。そして名前は相も変わらず抜け落ちている、私の記憶の奥深くから。そもそもインプットすらされているのか、怪しい。
男は私の発した言葉の意味を理解し得ないままに、私がベッドから起き上がったという行動のみから、その言葉を発したようだった。
男の朝のむわっとした口臭が、鼻を粘着質に刺激する。私はそうして立ち上がる。
私は居ても立ってもいられなくなった。
何に対して?
……
……
「それもわからない」
何もかもが無気力になっていくのを感じる。
ああ……
ああああ……
これはかつてない経験というか、その今までに感じてきた『それ』を凝縮して煮詰めたような感覚。
唐突に何の前触れもなくやってきた感覚。
そこに個人的な因果付けが何もできそうにない。
日々の循環のなかに振って降りた、悪魔。
そう、悪魔……。
しばらくして、私は朝の準備を最低限行い、外へ出かけた。
まだ見ぬ外へと、出かけたのだろう。
『ブロロロロロロロロ……』
男の単車に跨り、私は海を目指した。
海、海、海。
私は特に何も考えないままに、海を目指していたのだ。
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