破滅衝動に駆られる私は何度も何度も浮気をして彼氏たちの精神をめちゃくちゃにしてきた。私はその罪を償うべき瞬間というものを待ちわびていた。そしてそれが今来た。自らの破滅が始まる。

ネムノキ

エピローグ(という名のプロローグ)

「おい!一体これはどういうことなんだ!説明しろ!」


 もう何回目になるだろうか。このような言葉を彼氏から向けられた回数を数え上げれば枚挙に暇がない。10本の指をもってしても、それに加えて記憶のなかをたどっても、すでにその出来事の感情的な思い出も、淡く不鮮明な輪郭をもってしまって、正確な回数はいつも分からず仕舞いだ。


 要するに、私は今までに何十人もの男の人と付き合ってきたことになる。そしてその都度、最後はめちゃくちゃな関係になって別れた。全ては私に原因がある。どうしてそう言い切れるのか?それは私が故意にそうやって仕向けているから。別れるしかない状況を作り上げているから。


 私は付き合っている状態で、いつも他の男に手を出したくなってしまう質の女だった。純粋な恋愛というものの、価値が私には理解できなかった。どうして世の中は真っ当に一人の人を愛し続けることが正しいと思い込んでいるのだろうと、そんな率直な気持ちを抱かずにはいられなかった。


 一人を愛し続けることなんて誰にもできないなんて、みんな理解しているはずなのに。どうして無理に身を固めようとするのだろう。どうして不満を抱いたまま一緒の空間にいることができるというのだろう。


 嫌なところも愛の力でなんとかするのよ。運命の人がいないんじゃない、運命の人にするの。


 そんな言葉を今まで、人からドラマから、映画から、アニメから。小説から音楽から。あらゆるコンテンツのなかから受け取ってきた。そしてそのたびに、とてつもない拒絶感を世間に対して抱いてしまう。


 私はそういう人間だった。世の中は私のことを捻くれているというだろう。異常者だとののしるだろう。しかし、私はマイノリティーの常として、その言葉をそっくりそのまま彼らに返してやりたいのだ。多数派の彼らに対して。


 君たちの正当性はどこから一体やってきているのか?


 私は私のやりたいように生きていくし、彼らは彼らの正義とかいうもののために、常識とかいうもののために、仲良く苦しんでいればいい。正しさのなかでとてつもないやるせのなさを感じていればいい。


 ………


 ………


 ………

 

 私は破滅衝動に駆られている。付き合っているときから、すでにもうどのように別れるかを考えてしまう。ホストに浮気をしようかとか、田舎出身のむさ苦しい男の子に寝取られてあげよう、とか。そんないろいろなパターンのなかで、彼氏の苦しむ姿を想像しては、とてつもない快楽に溺れてしまう。


 私の両親は、そのような凄惨すぎる破局を迎えた二人だった。子供のときの私はそれを、そのときの精神において眺めていた。そして、それがとても美しいものだと思った。なぜ?そう思ったのか?


 それは二人の顔が、憎悪によって歪んでいるのではなくて、その関係性の快楽から歪んでいるかのようであったからだ。少なくとも私にはそう見えた。父親は5つ年下のかわいい童顔の娘と体の関係をもっていたし、母親のほうは10つ年上のちょび髭がダンディなおじさんと肉体関係を持っていた。


 お父さんも、お母さんも、とっても幸せそうだったなぁ……


 二人して、同じように浮気して。もめて、泣いて。そして殴り合って。その際の二人の憎悪の形をした幸せ。これが幸せでないとしたら、人はいったい何のために浮気をするというのだろう。


 一過性の快楽によって引き起こされた間違い、なんて決して言わないで欲しい。


 それは一過性なんて言葉で片付けられていいものではなくて、それこそが正真正銘の愛なんだと私は思うんだ。愛の在り方なんだと思うんだ。憎悪はその過程における副産物でしかない。


 これがありのままの愛なんだって。


 ありのままの愛は、固定なんて少しもされないんだって。


 それが真実の愛。


 ……

 

 ……


 ……


 こうして私は傍から見れば破滅衝動によって行動をしているとみられるようになったらしい。


 私は少しもそんなことを最初は考えていなかったが。しかし、不思議なことで。人から評価を下されると私はそのような人間へと変化していくらしい。これはもう本能レベルにおいて。自己のアイデンティティが形成されていく過程の必然のように。



 ……


 ……


 ……


「おい!!!聞いているのか!!そいつは誰だ!」



 繰り返し、彼氏が私に向かって声を張り上げている。


 私は怒りに苦しんでいる彼氏のことを、出所のわからない軽蔑するようなまなざしで、自分でもわからないままに、言葉を紡いだ。



「ただの男よ。私の愛するただの男。君と同じオスの人間。そして私たちは必然的に巡り合い、惹かれ合い、愛し合ったの。それに説明なんているかしら。私はこの人とすでに愛し合っているのよ。あなたは負けたの。負けた?いいえ、違うわね。もう必要のない人なの、私にとって」


 彼氏だった人が呆然と私のことを見ている。


 とても現代の文明人から発せられた言葉であるとは思えないような、動物的な残虐性を持っていた。


 私は本能だった。


 本能としての人間だった。


 そしてまた高度に発達した、醜いまでの非説明性がある破滅衝動をもった異常人格の持ち主でもあった。


 新しい彼の愉悦の表情が私を誘った。


 元カレの前で、新しい関係性の私たちは、人ならざるものとして、この現代社会においてその存在を確実に、刻んでいたのだった。

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