第22話 アイテムボックスの使い方

 失礼。驚きのあまり正確ではない表現が出てしまった。

 エリオの名誉のために訂正させていただくが、正しくは不味いというより「味が薄い」だ。……いや、もはや「無味」と言っていいかもしれない。


 前提として、異世界の食べ物は基本的に美味しくない。

 よっぽどの高級店でない限り、転生前に食べていた冷凍食品の方が美味しい。

 なので俺はこっちの世界の料理にはあまり期待をしていないのだが……、その中でもエリオの料理は異質だった。


 スープだけでなくサラダも肉料理も魚料理も、まるで雲を食べているのではないかと錯覚するほどなんの味もしない。

 それはもう怪奇現象の域に達しており、キツネかタヌキにでも化かされているみたいな気分に陥っていた。


 もしかしてあれか?リオンやその他のメンバーが集まらなかったのって、この料理が出ることを知っていたからじゃ……。


「……どう?美味しい?」


「!!!!?!?」


 愛する我が子をいつくしむ母のような顔でエリオが尋ねてきた。


「……え?……ああ、なんというか……。……すごく優しい味だな……。心が落ち着くというか……」


「そう?ならよかったわ」


 俺の曖昧な評価を受けて、彼女は嬉しそうに笑った。

 心が落ち着くどころかざわめいて仕方がないのだが、女の子が丹精込めて作った手料理に誰がケチをつけられるだろうか。


 しかし、この状況は少し不味い。

 一口や二口ならまだしも、これらの味のしない物体を大量に摂取することは、最悪俺の命に関わる。


 ならば、開くしかない。自分の手で突破口を……!


「……なあ、エリオ。あの絵はなんだ?」


 俺は壁に掛けてあったよく分からない抽象画を指さして言った。


「え?ああ、あれは……」


 彼女の視線がその絵画へと移り、説明を始めたその瞬間。

 俺はマントで隠した右手で、亜空間から塩コショウの入ったミル(チェスの駒みたいな木製の入れ物)を取りだした。


 スキル「アイテムボックス(仮称)」。

 物体をいつでもどこでも亜空間にしまったり出したりすることができる、俺が転生した直後から使えた謎の便利スキルである。

 そこまで容量は多くないし、あまり大きなものを収納することもできないが、一人旅に必要なものはだいたい入るので使い勝手に不満はない。


 そして、これがカッコよさ以外の理由で普段からマントを羽織っている理由だ。

 マントをしていれば手元を簡単に隠すことができ、周囲の人間にバレることなく存分にアイテムボックスを使うことができるのだ。


 昔、冒険者を始めたてのころは人前で堂々と使っていたのだけど、頻繁に荷物持ちを頼まれたり、危ないクスリの運び屋を依頼されたりしたので隠すようにした。


 塩コショウについては、この世界では調味料が貴重なので買える時に買って常にストックしている。これをかければ大抵のものは美味しくなるので重宝している。



 俺は取り出した塩コショウを亜音速の手さばきで、目の前のステーキにふりかけた。


「……ということがあって、リオンが領主の家からくすねてきたのよ」


 エリオが説明を終え、こちらに向き直るタイミングでアイテムボックスにミルをしまう。


「……ほ、ほう。そんなことがあったのか」


 そして、俺は何事もなかったかのように食事を再開する。

 塩コショウを振りかけたステーキを口に運ぶ。


 ……うん、悪くない。

 決して美味しいとは言えないものの、先ほどより何倍もマシだ。

 いける、これなら完食も夢じゃない……!


「…………あそこにあるソファはどこで手に入れた?かなりの高級品みたいだが」


「えっと、それは……」


 再びエリオの視線が逸れる。

 その隙に再び塩コショウを取り出し、スープにぶっかけ、一気に飲み干す。


「……そういう経緯で、リオンが貴族の屋敷から盗みだしたのよ」


「……ほう……。じゃあ向こうのタンスは……」


「あれは……」


 以下同様の流れで、俺は料理に塩コショウを振りかけては食べ、振りかけては食べを繰り返した。


 そしてついに……。


「……かくかくしかじかで、リオンが盗賊団から強奪したのよ」


「……もご……ほ、ほう……。……むぐ……そうだったのか……、ごくん」


 ついに、俺は成し遂げた。

 何人前あるか分からないエリオの味の無い料理を、ついに完食したのだ!


「あら?もう全部食べちゃったのね」


「……ああ。……ご、ごちそうさま……」


 や、やったぞ……。

 今日はやけに疲れる日だと思っていたが、まさか最後にこんな特大イベントが待っているだなんて……。


 しかし、俺は乗り越えた。

 かつてないほど過酷な試練の数々を、俺は乗り越えたんだ……!


「それじゃ、食後のデザートを用意するわね」


「!!!!?!?」



 頼む、誰か俺を殺してくれ。

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