第9話 記憶喪失

「いつ接触してくるんだろうと思っていたけれど、まさかキリヴァリエに入学してくるなんて思ってなかったわ。でも、あなたがそうしたということは私たちの目的のために必要だった、……そうよね?」


「…………」


 流れに身を任せているといつの間にか、俺はエルフ女につられて近くのベンチに座っていた。そして、やけに親し気に話しかけられている。


 …………いや、マジで誰だ?

 先ほどのハグや柔らかい口調から察するに、かなり俺と深い仲みたいだけど、本当に分からない。


 どうする……。ここは素直にあなたなんて存じ上げません、と言うべきか?

 でもなあ、彼女のこのなぜか希望に満ちた表情を見ると、軽率にそんなことを言ってはいけない気がする。多分、酷く怒らせてしまうだろう。


 かと言ってバレないようにこの子と俺の関係性を探るというのも至難の業だ。

 エルフというのは知能が高い。単純な会話でこちらが優位に情報を聞き出すのは難しいだろう。


 ……仕方ない。ここはやはり魔剣の力に頼るしかないか。


「……なあ」


「ん?どうかした?」


 俺が声を掛けると、彼女は爛々と輝く瞳で俺の顔を覗き込んできた。


「……実はこのあいだ魔剣を酷使した代償か、記憶の大部分を失ってしまったようでな……。申し訳ないが……君のことは記憶にない……」



「……………………え?」


 その瞬間、彼女の眼から光が消えた。


「……つまり私と出会った時のことも、交わした約束も、あなたの旅の目的すら忘れてしまったというの……?」


「…………」


 表情が固まり、俺の言ったことが受け止められないといった様子だ。


 しまった……。

 理由はどうあれ、忘れてしまったというのは悪手だったか?

 いやしかし、俺へのイメージダウンを最小限に抑えるにはこれが最適なはず……!


 しばらく沈黙が続いた後、エルフは狼狽した様子で、ゆっくりと口を開いた。


「……そ、そうなのね……。ごめんなさい私……、あなたがそんな大変な状況だとは知らずに、一人で舞い上がってしまって……」


 うわあ……。めっちゃしょんぼりしてるよ……。

 ごめんほんとに。


「でも、だとしたらキリヴァリエに入学したのはどうして?」


「……単なる偶然だ。学園から推薦を受けたからにすぎない」


「そう……」


 そして彼女は考え込むように目を伏せた。


「……記憶を失ったあなたに対して身勝手なのは分かっているけど、よければこの後私に付き合ってくれないかしら……?どうしても私たちの目的を、……いいえ、あなたが成そうとしていた大義を思い出して欲しいから」


「…………ああ、分かった」


 なんだか変なことに巻き込まれそうだが、ここで断るのは人として良くないだろう。実際、ド忘れしてしまった俺に落ち度があるわけだし。


 はあ……、それにしても過去の俺は一体どんなことを言ったんだ?

 おそらく、冒険者をはじめた頃にテンションが上がって、誰彼構わず独自の厨二設定を披露していた時期があったからその時に出会ったんだと思うけど……。


 約束とか、目的とか、大義とか……、えらく話のスケールが大きくなりそうだな……。


「それじゃあ、私からある程度距離を取りながら付いてきて。一緒に行動しているのを見られると怪しまれるかもしれないから」


「……ああ」


 俺が答えると、彼女が先に立ち上がって歩き始める。


「……ちょっと待て」


「?」


「……名前を教えてくれないか。呼び方に困る」


「ああ、ごめんなさい。そうだったわね」


 彼女はこちらへ向き直ると、儚げに笑って言った。


「私はエリオ。エリオ・フローレン。改めてよろしくね、ノウン」



「……よろしく頼む」


 うーん……、聞いたことがあるようなないような……。

 とにかく、思い出したら早めに言ってあげよう。かわいそうだし。

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