え?これって結婚詐欺? 【9】
杏奈が呆然とした表情で、自分のスマホを見つめている。
なんか、声を掛けるのもはばかられるという感じだが、このまま二人してじっとしているわけにもいかない。
「あ……杏奈?」
私の声に、杏奈がビクッと肩を震わせた。
「杏奈、大丈夫?」
恐る恐るという感じで、杏奈が私の顔を見上げるようにした。
「……美帆」
「杏奈。どうしたの?誰からだったの?」
「美帆。美帆、どうしよう」
「杏奈?」
「知らない人だった。でも……」
「でも?」
「社外取締役の國枝って名乗ってた」
「え?」
「あの、彼の勤めている会社の社外取締役をしている人。名前は確かに國枝さんだったけど……」
「うん」
「ぜんぜん、違う。……國枝さんじゃなかった」
「なん……」
「私が“電話を欲しい”って言っていると会社から連絡があったけど、心当たりが無かったので、そのままにしていたそうなの」
私は頷いた。まあ、なにかのセールスか何かと思われていたのだろう。
でも、今回、さらに私からも会社に問合せしちゃったから、なんだろうと思ってさすがに連絡してきたんだ。
「國枝さんが、國枝さんじゃなかった。美帆、どうしよう。どうしたらいいの」
杏奈ががっくりと肩を落として、もういちど、自分のスマホに視線を向けた。
つまり、國枝さんは杏奈に嘘の経歴を教えていたということ。
今、現在、杏奈のお金を持って、行方が分からなくなっているということ。
そのまま、しばらくの間、杏奈の肩を抱いていた。
仕事中だけど。今日はもう、いい。後で、課長からお叱りをうけよう。
その夜、ハルにLINEすると、ハルには珍しくすぐに折り返し電話が掛かってきた。
「それって、結婚詐欺だよね」
私のその言葉に、ハルがちょっと沈黙した。
「そうかもしれないね」
「だって、もう、いっさい連絡がとれないんだよ」
「うん」
電話口からは、いつものハルの飄々とした、緊迫感の無い声が響いてくる。
私の怒気を含んだ口調とはかなりの温度差がある。
杏奈に対して、良い感情ばかり持っていたわけではないけれど、同じ会社の、まあ親しくしていた同僚が、こんな目にあっているんだもの。
行き場のない怒りで胸がムカムカしてしようがない。
「杏奈はすごく、落ち込んじゃっているし」
「そう」
「そう、じゃなくてっ」
ハルの人ごとのような言い方にイラっとしてしまう。
「でも、俺や美帆にできる事ってないだろう?慰めるくらい?」
「そう、だけど。なんとかして國枝さんを見つけられないかしら」
「……それは、難しいんじゃないかな」
「でも……」
「だって、結局、國枝さんの電話も住所も勤務先も、何一つ分からなくちゃ、もう、調べようがないよ」
そう、杏奈は國枝さんの住んでいる場所さえ知らなった。
「ハル……」
「そうだなあ。國枝さんの写真を晒して、この人知りませんか?ってSNSで流すとかしないと」
「ああ、その手があるかも」
「でも、そうすると、杏奈ちゃん自身のことも何かと詮索されると思うけど」
――そうか。たしかにそうだ。
でも、そう。杏奈に聞いてみよう。
ハルとの通話を切って、その勢いで杏奈に電話を掛けた。
「美帆。ありがとう。でも、駄目だわ」
「杏奈……やっぱり、SNSって抵抗あるよね」
「うん。まあ、そうなんだけど。……私、國枝さんの写真って持ってないの」
「え?一枚も?」
「うん」
「スマホで写メ撮ったりしてないの?」
「……國枝さん、写真写りが悪いからって一度も写真撮らせてくれなかったの」
「……」
何も言えなかった。だって、おかしい。結婚しようって言う相手の写真を一枚も持っていない時点でおかしい。
「変、だよね。今考えると、色々と疑問点がでてくるの」
「杏奈」
「私、騙されていたんだよね」
私は無言で応えるしかなかった。
――その次の日から、私は、ハルと連絡が取れなくなった。
電話もLINEも。
いったい、どういうことだろう。
私たち、ちょっといい感じになっていたはずなのに。
それは、私の勘違いだったの?
それとも、私がハルの気に障ることでも、してしまったのだろうか。
だからって、何も言わずにいなくなるなんて。
まるで、杏奈の國枝さんのみたいじゃない。
~ to be continued ~
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