え?これって結婚詐欺? 【8】

「連絡が取れないの……」

しばらくの沈黙の後、杏奈の口から出た言葉はそんなものだった。

――ああ、やっぱり。

そう、思ってしまった。

私は杏奈の隣に移動して、軽く肩を抱くようにする。

「杏奈……良かったら、話して」

「ん……」

詰まりながら、杏奈は必死に言葉を吐き出していた。


「あれから、全然、連絡取れなくなっちゃって」

「あれから?」

「美帆と美帆の彼氏と一緒に飲んでから」

ああ、まだ彼氏ではないけどね。なんて、ちょっと頭の片隅に思いながら「うん」と頷く。

「LINEはブロックされてしまって。スマホの電話番号も使われていないって……」

「使われてない……」

「会社にも電話してみたの。國枝さんは社外取締役なので、國枝さんに連絡取って國枝さんの方から電話するようにしてくれるって言ってたのに」

「うん」

「いくら待っても電話来ないし。もう一度会社の方に電話して、再度、國枝さんに私の方に連絡するように伝えてくれるように言ったんだけど」

それは、きっと、会社から國枝さんには杏奈の電話の件は伝わっている。

ただ、國枝さんからは連絡してこないだけだ。

「杏奈……」

なんと言って良いか分からない。

分かることは、やっぱり、杏奈は騙されていたということだ。

國枝さんはお金が欲しかっただけなんだ。

仕事上のミスって言うのも、あやしい。だいたい、仕事上のミスの穴埋めがあと100万円足りないって言うのもおかしいし。

――プライベートで必要だったんじゃないかしら。

そう、実は國枝さんは既婚者で、奥さんに杏奈と付き合っていることがバレて、高い買い物をさせられたとか?


とりあえず、國枝さんと連絡が取れないと、身動きができない。

「私、連絡してみようか。國枝さんの会社に。お金だって、そのままなんでしょう?」

杏奈の背をさすりながら、そんな提案をしてみる。すると、杏奈が振り返るようにして私に濡れた目を向けた。

「お金は良いの。だって、結婚するんだもの」

いや、え?結婚?杏奈、まだ、結婚する気でいるの?

「え?結婚?」

思わず、口に出していた。

「そうよ。國枝さんと約束したもの」

「でも……」

「何か事情があるのよ。事情があって連絡できないだけなのよ」

「事情って」

「だから、結婚はするの。國枝さんと結婚するんだもの」

「杏奈」

「私、國枝さんが好きだもの」

たぶん、杏奈も分かっている。

でも、諦めきれないのだろう。

どう、したらいいのだろう。


その夜、電話でハルにそのことを話した。

『そうなんだ。でも、國枝さんはしっかりとした人だったみたいだよ』

そんな言葉が返ってきた。

『ハルはどうやって調べたの?』

『あの会社に勤めてる知り合いがいてさ。ちょっと聞いてみた』

『そう、なんだ』

じゃあ、どうして、杏奈に連絡してこないんだろう。

もし、何か気持ちの変化とかで杏奈と別れたいのなら、ちゃんとお金を返して話し合えばいいのに。

急に連絡が一切取れなくなるなんて。

『美帆?』

黙りこんでしまった私に、ハルが不思議そうな声を出す。

『あ、ごめんなさい。そう、あの、私、國枝さんの会社に電話してみようかしら』

『電話?』

『うん。杏奈には電話してこないけど、私になら連絡してくるかも。杏奈には話せないけど、私には話せることがあるかもしれないし』

『そう、そうか。まあ、うん』

『ありがとうね、ハル。杏奈のこと、気にしてくれて』

『いや、それは。ぜんぜん』

『じゃあ、また。どうなったか、連絡するね。何かあったら相談のってもらうかも』

『分かった。じゃあ、また』

『あ、待って』

そうだ。次のデートの約束、取り付けなきゃ。せっかく、いい雰囲気になってきたのだから。

『ね、次はいつ会える?ハルはいつ暇なの?』

『えっと、まだ分かんない』

『分かんないって……。ハルいつも急に連絡してくるんだから』

『うん。また、連絡するよ』

『ハル……』

『美帆。俺だって、美帆に会いたいよ。だから、連絡待ってて』

そんな言葉を残して、ハルの通話が切れた。

なにそれ。どこのプレーボーイだか。

それでも、少し上気してしまった頬に両手を当てる。


ま、まあ。いいわ。

とりあえず、明日。國枝さんの会社に電話してみよう。


次の日、10時くらいに自分の仕事を抜け出して、杏奈のいるフロアに向かった。

「杏奈」

声を掛けると目を腫らしたままのやつれた顔の杏奈がやって来た。

「美帆、どうしたの?」

「杏奈、これから國枝さんの会社に電話かけてみるね。私に連絡するように言ってみる」

「え、でも」

「大丈夫。電話来たらすぐに杏奈に教えるから」

「う、うん」

一応、杏奈に断わりを入れて、少し離れた休憩スペースに向かった。

すると、私の後をパタパタと杏奈が追ってきた。

「私も一緒にいてもいい?」

「あ、うん。もちろん」

不安そうな杏奈の隣で、國枝さんが社外取締役をしているというIT関連の会社に電話をする。

何回か電話をしている杏奈の知人だと言って、取り次ぎを求めた。

やはり、受付の人が國枝さんに連絡を取って、國枝さんの方から電話するようにすると言っていた。


ふっと、一息をついて、休憩スペースに備え付けのベンディングマシーンでカップのコーヒーを入れる。

二人して無言のまま椅子に座ってコーヒーを飲んだ。


ほんの、5分くらい経っただろうか。

首から下げた杏奈のスマホが震えだした。

二人して、その画面に視線を向ける。

そこには、電話番号が示されていた。

「誰だろう……」

杏奈が不安そうに首をかしげた。

「知らない人?」

「うん」

「出てみたら?もしかしたら、國枝さんの仕事用にスマホとかかもしれないし」

私がそう言うと、杏奈が弾かれたような顔をした。

「そ、そうね」

杏奈の指が、通話ボタンをタップする。

「……はい」

恐る恐る出た電話の相手は誰だったんだろう。

「え?……はい。え?そんな……。國枝さんですよね……はい。はい。あ、はい。……すみませんでした。はい」

ものの、2,3分で電話が切れた。


~ to be continued ~

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