え?これって結婚詐欺? 【7】

「ちょっと、トイレ行ってくる」

そう言って、ハルが席を立った。

その背中を見送って、手持ち無沙汰にカクテルを口に運ぶ。

そんな私を見て、國枝さんが話しかけてきた。

「美帆さん、お優しいんですね。杏奈のことをとても心配してくれて」

「あ、ええ、まあ」

「そうですね。まあ、胡散臭いと思われてもしようがないかもしれません」

「あ、いえ、その」

うん。胡散臭い。とっても。

だって、そうでしょう?杏奈の親にまでお金を出させて。有名V-tuberの経営者ってないでしょう。

「そうよ。美帆、失礼よ」

いや、杏奈。違うでしょ。

その時、ぴくっと、國枝さんが肩が動いた。

どうも、先ほど上着のポケットにしまったスマホが振動したようだ。

ポケットからスマホを取り出して、画面を見ている。

能面のように表情が読めない。まるで、ワザと感情を出さないようにしているかのようだ。

隣に座っている杏奈がちょっと画面をのぞき込むようにしている。

それに気づいた國枝さんがパタッとスマホを伏せてテーブルに置いた。


そうこうしているうちに、ハルが戻ってきた。

席に座って、ふいっと國枝さんの顔を見上げる。

ピクっと眉間が少し動いたように思った。

「ええっと。そろそろ出ますか」

國枝さんが口を開いた。

「もう?」

杏奈が拗ねたような声を出した。

「ほら、あんまりお二人の邪魔をしてもいけないし」

國枝さんが杏奈に向けて意味ありげに微笑む。

「うーん。そうねえ」

カクテルで少し頬を染めた杏奈が頷く。


その店を出て、杏奈たちと別れると、またハルと二人になった。

でも、もうかなり遅い時間。

これから行くとなると……。

「美帆、終電。なくなっちゃうから、急ごう」

そう言って、ハルが歩き出した。

え?あ、そう?

ちょっと拍子抜けしながら、ハルの後を追う。

「ねえ、ハル。やっぱり怪しいわよね。國枝さん」

「うん。あやしいね」

「そうよね。杏奈にこれ以上深入り無いように言わないと。結婚なんてもってのほか」

「はは」

肩をすくめるようにして、ハルが笑う。

「ハル、真剣に聞いてる?」

「聞いてるよ」

「どう言ったら、杏奈の目が覚めるのかしら」

「うーん。ちょっと、調べてみるよ。その國枝さんのこと。会社も含めて」

ハルには珍しく、少し苛立ったような顔をしていた。

「あ、うん。お願い」

ハルのその表情にちょっとひるんでしまって、それだけ言ってその日は別れた。


それから一週間して、帰り際、また会社のエレベーター前で杏奈とはち合わせた。

「杏奈」

片手を上げて合図をする。

「美帆」

そう言いながら、ゆっくりと歩いてくる。

「え?どうしたの?」

美帆のその様子を見て、思わず声を上げてしまった。

いつも可愛くカールしている髪はぼさぼさで、自慢の洗練された洋服もしわが目立つ。何より、化粧も適当で、目の下のクマが尋常ではなかった。

「美帆、ああ、うん、あの。美帆」

言葉になっていない。

今にも泣きそうな瞳でちらっと私を見て、そのまま視線を下げた。

「杏奈。ちょっと、え?」

そう言っている間に、エレベーターが来たので、二人で乗り込む。

崩れそうな杏奈の様子に驚きながら、思わず腕を支えてしまった。


駅までの帰り道、杏奈は殆ど口を開かなかった。

でも、何かあったことは明白だ。多分、そう、國枝さん関連しかないだろう。

その後、ハルからは、「國枝さんも会社も特に問題ないようだ」という連絡があった。

ハルらしくないが、律儀に調べたのだろうか。

私が自分で調べた限りでは、結局のところ、よく分からなかった。國枝さんは表立った仕事をしていないとか変なことを言っていたし。

会社の外部取締役に一応、國枝さんの名前はあった。

ハルを信じていいのか分からないが、なんとなく安心してしまい、杏奈には忠告していなかった。

それが、いけなかったのだろうか。


「杏奈、ちょっと、寄っていこう」

駅を通り過ぎて、会社のある方とは反対側に出た。

杏奈を引っ張るようにして、落ち着けそうで、あまり周りに気を遣わなくていいような居酒屋に入る。


ちょっと個室ふうになっている畳の部屋に通された。足が出せるように、テーブルの下が空洞になっている。

「杏奈、大丈夫?」

テーブルを挟んで向かいに座っている杏奈は俯いたままだ。

とりあえず、ビールと簡単なおつまみを注文した。

杏奈は、やってきたビールにも、手を付けようとしない。

「何?どうしたの?」

「……」

「やっぱり、あの、國枝さんのこと?」

私の言葉に杏奈の瞳からポロっと涙が落ちた。


~ to be continued ~

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