え?これって結婚詐欺? 【6】

「ええっと。杏奈、杏奈はそれでいいの?」

「え?うん」

私の言っている意味がよく分からないって感じで首をちょっと傾げる。

「だって、その……。杏奈、手持ちのお金もあまりないって言ってたし」

「うん。お母さんに頼んだら、今回だけは貸してくれるって」

「お母さんって、お母さんにちゃんと理由を話したの?」

「お金が足りなくなっちゃってって」

いや、ちゃんと話してないでしょ。なんだかんだ言ってお嬢さまの杏奈。杏奈のお母さんは単純に日々の生活費が足りなくなったんだと思っているに違いない。

「大丈夫よ。彼も今回、たまたまミスしちゃって困っているだけだし。問題が解決すれば、元通りだから」

「そんな上手くいくの?」

「あ、大丈夫ですよ。先ほど、先方とやりとりをして納得してもらえましたから」

私の食い気味の疑問に、國枝さんが答えた。

「え?そうなんですか?」

「はい。もう、支払も済ませました」

「それって、杏奈のお金で?」

「はあ、まあ。彼女のお母さんが彼女の口座にお金を振り込んでくれたので、それを使わせてもらいました」

「使わせてもらったって。そんな」

思わず、声が震える。

「いいのよ。美帆」

杏奈が私をなだめるような声を出す。

「杏奈」

「だって、私たち、近いうちに結婚する予定だから」

――え?

結婚?

「え?え?結婚?」

「うん。そう」

ちょっと、恥ずかしそうに頬を染める杏奈。

いや、ちょっと待って。いいの?杏奈。あなたにお金を借りて平然としている彼と一緒になっていいの?

「國枝さんのお仕事って何をなさっているんですか?」

それまで、黙っていたハルがふいにそんな質問をした。ハルの瞳が、長めの前髪の間から國枝さんにじっと注がれる。

びくっと、國枝さんの肩が微妙に震えた。

「あ、ええ。いわゆるV-tuber関連のIT事務所を経営してます」

「へえ、すごいですね」

ハルが空々しい声を出して言葉を続ける。

「なんて事務所ですか?どんな動画を流しているんです?」

「あ、はい。この事務所で」

國枝さんがスマホを取り出してささッと操作すると、私たちの方に画面を向けた。

あ、この動くアニメ?の人物、V-tuberっていうのよね。この2.5次元みたいなの。

あれ、このV-tuber、見たことある。けっこう、有名な人なんじゃないかしら。

この事務所ってすごい大手ではないけど、まあまあの規模よね。

「國枝さん、この会社を経営してるんですか?」

「ええ、まあ」

「すごいでしょ?」

杏奈が口を挟む。

「でも、この会社、別の方が代表取締役ですよね」

「ああ、ええ。私は名前は出していないんですが、代表取締役の彼と一緒に仕事をしているんですよ」

「彼は、表立ってできない仕事をしてるのよ」

なにそれ?表立ってできない仕事ってなに?

「まあ、面倒になった訴訟沙汰の処理とか、誤発注の対応とか」

「ふうん。大変ですね」

ハルが軽く頷く。

「はは、何とかやってます。今回は杏奈さんに助けてもらいましたが」

「あの、それぐらいのお金は会社が用意してくれないんですか?」

思わず、私の口が勝手に動く。

「ええ、まあ。今回は額が大きくて、会社だけではなんとも。さらに、今回は私のミスなので、会社には強く言いにくくて」

「そんな」

「会社にはあまり迷惑をかけないで解決したかったんです」

「そんなこと、できるんですか?」

「ええ、穴埋めできたので、もう大丈夫です。杏奈にもすぐに返します」

「ほら、心配しなくても大丈夫よ。美帆」

「なんか、でも、ちょっと……結婚とかは少し考えた方が良くない?結婚してしまったら、お金のこともうやむやになってしまいそうだし」

「いいのよ。結婚したら、全部二人のお金だから。本来、國枝さんはお金持ちのエリートなんだもの」

いや、だって。その会社の経営者って言うのは本当なの?

「杏奈はその会社で彼が仕事しているところは見たことないんでしょ?」

「会社ではね。でも、さっきもちゃんと取引の電話してたし。名刺ももらっているし」

いや、名刺は簡単に作れるし。電話なんてどうとでも。


「あ、これ、私の名刺です」

國枝さんが私とハルに名刺を差し出した。そこにはその事務所名と外部取締役の肩書と國枝さんの名前。

おずおずとその名刺を手に取ってから、ハルに視線を移した。

「わかりました。ご結婚はいつの予定ですか?」

ハルが名刺を見ながら質問をする。

「今度の秋には」

秋か。

杏奈は嬉しそうだ。

杏奈、よく考えてみて。そんなエリートが杏奈にお金を借りる?それも、たった100万。


ハルが私にウインクをするようにして、頷く。

何か、考えでもあるのだろうか。


~ to be continued ~

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