え?これって結婚詐欺? 【5】

4人で入ったバーは、通りの角にあるビルの半地下って言うのだろうか、狭い階段を少し降りたところにあった。


一応、國枝さんがリードするようにして、そのお店に入っていく。

ギイッという木製のドアが開く音が地味に響いた。

カウンターの奥でグラスを拭いていたマスターらしき人が私たちを見る。

「いらっしゃいませ」

そのマスターが私たちに一通り視線を回すと、最後に現れたハルで止まった。

「4名様ですね」

「はい」

國枝さんが答える。

「では、テーブル席へどうぞ」

ニコッと微笑んで、奥まったところにあるテーブルを指し示した。


4人掛けのそのテーブルに、バラバラと腰かける。

最後にさらっと座ったハルを上目遣いに杏奈がぼうっと見ていた。いや、杏奈だけではない、國枝さんも伺うようにちらっとハルに視線を向けていた。

ハルってなんか、ちょっと謎めいていて、皆の関心を引いてしまうのよね。それは分かるわ。

案の定、杏奈が興味津々って言う感じで、少し身を乗り出すようにしてハルに話しかける。

「ハルさん。ハルさんってどうやって美帆と知り合ったんですか?」

「あ、うん。とりあえず、なに飲む?」

薄く口の端を上げて微笑むようにしながら、いつものように質問をかわす。

「あ、ええ。えっと」

杏奈が助けを求めるように、國枝さんを見た。

「ああ、じゃあ。このカクテルどう?」

國枝さんが革表紙のメニューを手に取ると、その中の1つを指さす。

「うん。じゃあ、それで」

杏奈が頷いている。

「美帆は?どうする?」

ハルが長い前髪からのぞく瞳で私を見る。

思わず、ドキッとしながら、視線を逸らせてしまった。

「私、よく分からないから。ハルのお勧めで」

「ん……」

そう言って、ハルがメニューを見て、適当に注文してくれた。

「……仲良さそうね」

杏奈がちょっと拗ねたような声を出した。

「だろ?」

ハルが答える。

その返答に、杏奈がちょっと絶句している。しばらくして、ふっと息を吐くと笑い出した。

「ハルさんって面白い」

「杏奈、失礼だよ」

國枝さんがたしなめている。

「かまわないですよ」

ハルが國枝さんを見て、言葉を返した。

「すみません」

謝る國枝さんと、ちょっと頬を膨らませる杏奈。

まあ、二人もお似合いなのかもね。

ちょっとした会話をしているうちにカクテルが運ばれてきて、軽く乾杯をした。

あら。美味しい。なんてカクテルだろう?

「これはね。マルガリータ」

「マルガリータ?マルガリータってピザみたい」

「ピザはマルゲリータでカクテルはマルガリータ。ピザはイタリアの女性の名前で、カクテルの方はスペインの女性の名前」

いかにもカクテル初心者の私にハルがさらっと教えてくれる。向かいの席では、杏奈と國枝さんも控えめな声でカクテルの話をしていた。杏奈のカクテルはキラキラしていて、グラスも切子が入ったように美しくてちょっと値段も張りそう。

あ、そうそう。それで、あのお金の件はどうなったんだろう?

チラッとハルを見てから、杏奈に話しかけた。

「ねえ、杏奈。そういえば、どうなったの?大丈夫なの?」

「え?」

杏奈が首を傾げる。

「ほら、なんか、彼のお仕事が大変だって言ってたじゃない」

「あ、ああ」

やっと思い出したかのように、杏奈が眉毛を微妙に上げる。

「ああ、じゃあないわよ」

「うん。大丈夫」

「大丈夫って……」

「なんとか調達できそうだから」

「え?調達って、誰が?」

「え?私が」

「杏奈が?」

「他に誰がするのよ」

「いや、だって。本当は國枝さんが用意しなければならないお金でしょう?」

「だから、彼が必要なお金を私が準備したの」

なになになに?安奈どうしちゃったの?

なんで、彼のお金を杏奈が用意しなくちゃならないの?

私は、私と杏奈の会話に一言も口を挟まない國枝さんを盗み見た。

國枝さんの視線は、俯いてグラスを傾けているハルの顔に注がれていた。


~ to be continued ~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る