え?これって結婚詐欺? 【4】

いとも自然にハルの腕が私を引き寄せた。

寄り添ったまま、指を絡ませながら、お酒を飲んだり、料理をつまんだり。

軽く、キスをしたり。

まったりとした時間が過ぎて行った。


しばらくして、その小料理屋を後にした。

少しふらつきながら、夜道を歩く。

暗い路地の角で、向かいから来た人とぶつかりそうになった。

私たちと同じく男女の二人連れ。


「ご、ごめんなさい」

とっさに謝った。

「あ、いいえ」

向こうの女性がそう言いながら、薄暗い中、目を凝らすようにして私を見る。

あ、え?

「あ、杏奈」

思わず、声を上げていた。

「美帆」

偶然って言うのもなんだけど。

杏奈と杏奈の彼に会ってしまった。

「杏奈。えっと、その」

「美帆。美帆もこの辺に来てたのね」

「あ、うん。そう」

「私たちも近くで食事をしてたの」

少し嬉しそうに杏奈が首を傾ける。

そのちょっと媚びるような可愛らしいしぐさに、ハッとして、隣に立つハルを見上げた。

すんっというような澄ました表情で、ハルが杏奈とその彼を見ていた。

「ハル?」

ちょっと、ハルの上着の裾を引っ張った。

「あ、ああごめん」

ハルが私を見て、目を細める。

「ハル。こちら、杏奈。私の会社の同期なの。そして、こちらは杏奈の彼」

「どうも。はじめまして」

ハルが少し斜めに構えるようにして挨拶をした。

杏奈の彼がちょっと目を見開くようにして顎を引く。

「はじめまして。國枝といいます」

杏奈の彼が、礼儀正しくかるく頭を下げた。

「山岸です」

ハルが名乗った。山岸……。ハルは山岸という苗字だったのか。考えてみれば、私、ハルの本名さえ知らなかった。

山岸ハル?はるひこ?はるか?まさはる、とか?

飄々としているハルを興味深そうにじっと見て、杏奈が口を開いた。

「美帆。良かったら、これから一緒に飲みに行かない?」

その言葉に驚いたように、杏奈の彼が首を回して隣に立つ杏奈を見る。

杏奈がそんな彼を見上げて可愛い声を出した。

「ね、聡志さん。いいでしょ?」

「いや、でも、ご迷惑じゃ……」

「え?そう?美帆、迷惑?」

そう聞かれて、迷惑とも言えない。

「ハル、どうする?」

上着のポケットに手を入れて立っているハルを見る。

「うん。そう、どうしようか」

ハルはどちらでもいいのか。そんな返事をする。

「ね、ねえ。杏奈。その、大丈夫なの?なんか、ほら、相談しようとしてた件」

私は、今思い出したかのようにそう言って、杏奈と國枝さんを見た。

「あ、ああ。うん。何とかなりそう」

「そうなの?」

「うん。大丈夫」

そんな会話を杏奈としていると、ハルがふっと、私に一歩近づいた。

「この二人って、さっき話してた?」

そっと、控えめに囁く。

「うん。そう」

ああ、そう言えば、杏奈とその彼のこと、ハルに話しちゃってた。

まさか、鉢合わすなんて思わないもの。

「聞かなかったことにしておいて」

慌てて口ぱくでハルに伝える。

「おっけ」

くすっと目を細めてハルがうなづいた。


そのまま、ハルが顔を上げて、杏奈と國枝さんに向かって口を開く。

「飲み、行きましょうか」

そのハルの言葉に、意表を突かれたかのように、國枝さんが息を飲んでいた。

まさか、ハルが乗って来るとは思わなかったのだろう。

杏奈が、一瞬キョトンとした後、嬉しそうな声を出す。

「ええ、是非」


はたして、4人で飲みに行くことになってしまった。

ああ、ハルといい雰囲気だったのにな。

なんて思っているのは私だけなんだろうか。

杏奈はハルが気になるようで、國枝さんの腕に自分の腕を絡めつつも、視線をハルにチラチラおくっている。

「でもね。美帆の彼がこんなに素敵な人だと思わなかった」

「あ、えっと、その、まだ彼ってわけでは」

「そうなの」

「ね、ねえ。ハル」

「どうだろ」

からかうように、笑うハル。

まったくもう。

杏奈の彼の國枝さんは、なんか、ギクシャクとして動きがぎこちないような。

なんだろう。やっぱり、なにか怪しい。仕事のミスの穴埋めはどうなったんだろう。

杏奈はお金の工面をしなくて良くなったのかしら。


國枝さんとしては、私たちがいては、そんなお金の話なんてできないだろうし。

困ったことになったって思っているのかも。


硬い表情で歩を進める國枝さんと、弾むように歩く杏奈のちぐはぐさに違和感がぬぐえない。

そうだ、この際、しっかりと見極めよう。

國枝さんが杏奈をだましていないか。そうよ。それには、ハルもいてくれた方がいいじゃない。


ふと、目が合った杏奈に、私はぐっと口を引き結んで頷くようにした。

杏奈がどうしたの?というような瞳で私を見て、ぱちぱちと瞬きをした。


~ to be continued ~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る