え?これって結婚詐欺? 【1】

「美帆、どうしよう」

杏奈の声も心なしか震えているような気がする。

「杏奈……」

杏奈の右手が私の上着の裾を掴んでいる。

え?あ、ちょっと待って。

杏奈が大変なのは分かった。分かったけど、今日は杏奈に付き合う訳に行かない。

だって、だって、ハルと会うんだもの。

「えっと、杏奈。ミスって何?そんな大変なの?」

「……うん」

「あの、今日はちょっと時間がないんだけど……」

項垂れてしまった杏奈のつむじに視線を投げながら、言葉を濁す。

「ちょっとだけでいいから。話を聞いて」

俯いたまま、杏奈が絞り出すような声を出す。

「でも、その、約束があって」

心を鬼にして、そんな言葉を押し出した。

「と、とりあえず、ほらエレベーターが来たから」

杏奈の背中を押すようにして、タイミングよくやって来たエレベーターに乗り込む。

視線を落としたまま隣に立つ杏奈の様子をチェックする。

通勤用の鞄を肩にかけているので、もう帰るところだったのだろう。

杏奈の服装は……いつもの可愛い服だけど、すでに何回か見たことがある。

あまり考えずに着てきたってことね。うん、あまり余裕がないのかも。

二人とも言葉を発しないまま、エレベーターが一階についた。

エントランスホールを抜けて、ビルの外に出たところで杏奈に話しかけた。

「杏奈?大丈夫?」

「うん。――ううん。大丈夫じゃない」

「いったい、何?どうしたの?」

駅に向かってゆっくりと歩を進める。

「あの、ね。彼が著作権?の関係で、確認を怠ってしまったんだって。それで、相手側から訴えられそうになっているんだって」

ああ、そういえば、彼の仕事はV-tuberがどうとか言っていた。

「訴えられる?」

「著作権、ううん、肖像権?なんかそういうので」

「うん」

「裁判沙汰になると、仕事の評判にも影響するから示談にしたいらしいの。でも、割高の使用料や慰謝料、その他もろもろ請求されているんだって」

「ああ、うん」

「でもね、彼の会社は上手く言っているって言っても、それほどの金額をポンっと用意できるわけでもないらしいの。銀行も今流行りの地盤のしっかりしていないIT関連にはなかなか融資してくれないらしくて」

「そう、なんだ」

「金額が大きくて、すごく大変そうなの」

それはそうだろう。そんな著作権やら肖像権やら慰謝料やら。下手したら一千万単位かもしれない。

「いくらくらい必要なの?」

思わず聞いていた。

「彼が頑張って、用意できる分は集めたらしいの。それで、あと100万あればなんとかなるんだって」

――は?

100万円?

その金額に違和感を覚える。

IT企業社長の彼が、あと100万を用意できないものだろうか。

思わず、言葉を飲み込んだ。

「美帆、美帆って結構貯金してそうだよね」

上目づかいで杏奈が私を見上げる。

「え?何、どういうこと?」

「あ、ううん。美帆を当てにしているわけじゃないの」

杏奈が慌てたように首を振る。

「私、お給料もすぐに使っちゃうから。ほとんど貯金もしてないの」

「え?待って」

「彼を助けたいんだけど。次のお給料日には30万くらいは入るから」

「待って、杏奈。杏奈がお金を工面するつもりなの?」

「だって、彼が本当にすごく困っているんだもの」

――本当に、困っている?

それって本当に?本当の話なの?

「杏奈は彼の仕事場に行ったりしたことあるの?」

「え?ないわよ。もちろん」

「そう」

まあ、そうか、仕事場に行く彼女もいないか。

「彼の仕事仲間に会ったりしたことは?」

「えっと、一人、お友達に会ったけど」

「それって、同僚っていうか、部下とか?」

「わからない」

大丈夫だろうか。彼の話は本当だろうか。


「杏奈」


その時、駅の改札の前に立つ一人の男性が杏奈に声を掛けてきた。


~ to be continued ~

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