結婚相談所?それともハル? 【4】

『こんにちは。高橋さん』

小林さんの落ち着いた声が何か場違いのように聞こえた。

『こんにちは』

そう言って、一息置く。さあ、断ろう。すうっと息を吸い込んだところで、小林さんが話しだした。

『日曜日の時間と場所が決まりました。11時から横浜シェラトンのラウンジになりました』

『あ、いえ。その』

『行ったことありますか?シェラトン』

『いえ、その』

『ほら、横浜駅西口の高島屋からすぐのところ』

いや、もちろん、シェラトンは知っている。

ぐっと顎を引くと、思い切って口を開いた。

『小林さん、私、やっぱりお見合いやめます』

『え……』

小林さんが息を飲んでいるのが分かった。

『やめます』

『は、え?どういうことです?』

『日曜日、やっぱり外せない用事があるんです』

『え?でも、今さらそんな……』

『すみません』

『今からのキャンセルではお相手に慰謝料を払わなくてはならないですよ』

『かまいません』

『せっかく、日程を空けてくださっているのに』

『申し訳ありません』

私の迷いのない言い方に驚いたのか、小林さんはしばらくの間、無言でいた。

『……わかりました。お相手のお医者様が嫌だってことではないんですよね』

無理に冷静さを保とうとするような声だった。

『あ、はい』

『それでは、どうしても都合が悪くなってしまったということで、日程をずらしてもらう方向で交渉してみます』

『あ、』

『それでいいですね』

『は、はい』

『では、またご連絡します』

小林さんに不信感を持たれてしまったかもしれない。

でも、嫌なんだもの。何が嫌って、これっきりハルに会えないことが、嫌なんだもの。

ああ、ハルにLINEしよう。ううん。電話でいい。すぐに電話しよう。

ルルルル……ルルルル……

ハルらしい、初期設定のままの呼び出し音。

――出ない。

出ない出ない出ない。

ピッと一度切って、もう一度掛けなおす。切って、掛けなおす。切って掛けなおす。

何回繰り返しただろう。

ああ、何で出ないの?

とりあえず、LINEを送っておく。

『日曜日、大丈夫になったよ』

なかなか既読にならない。

何時間経っただろうか。やっとハルからの返信がきた。

『日曜日は予定入れちゃったよ』

あっけらかんとした言葉だった。

え?どういうこと?

まさか、ハルに断られるなんて考えていなかった。

だって、誘ったのはハルよね。

そして、はたっと思い当る。

私が断ったんだ。だから、ハルは予定を入れたんだ。そう、何も責めることなんてできない。

――どうしよう。

馬鹿だ。私。

こうなることなんて、考えれば分かることなのに。

馬鹿だわ。

何やってんだか。


その時、スマホの呼び出し音が鳴った。

――ハル?

弾かれたようにスマホ画面を見る。

いや、また小林さんだ。

ふうっと、息を吐く。

『やっと、お相手のお医者様と連絡がとれました』

『そう、ですか』

『では、今度の日曜日ではなく、次の週、つまり来週の日曜日でいかがですかとのことです』

『あ、ええ』

『お相手がとても譲歩してくださっていますよ』

ああ、そうだ。もう、ハルとの予定は無くなったんだもの。今週の日曜だって構わないんだ。

でも、こんなにハルが気になっているのに、他の人とお見合いするなんて。

少しの沈黙が流れた。

『高橋さん?』

『大丈夫です』

『はい?』

『今度の日曜日、行けます』

ボウっとする頭でそう答えていた。

『え?』

小林さんの素っ頓狂な声が耳に響く。それはそうだろう。だって、さっき私は、あんなに勢い込んで“お見合いやめます”なんて言ったのだから。

『ごめんなさい。勘違いしていました。今週の日曜日大丈夫です。お見合いをお願いします』

スマホに向かって頭を下げた。

『そ、それでは、そのように先方に伝えますが、既に他の方とのお見合いを入れてしまっている可能性もあります。それに、何回も予定を変更するのはちょっと…………高橋さんの印象も良くないので、これからはしっかりと考えて日程を組むようにしてください』

『はい、すみません』

日曜日、ハルとは会えない。白いもやがかかったような思考の中、ヤケになっているような自分がいた。


~ to be continued ~

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