結婚相談所?それともハル? 【1】

「最初に付き合ったのは、大学時代で。同じサークルの人でした。今考えてみると、その彼がすごく好きだったっていうより、なんとなく誰かと付き合ってなきゃいけないんじゃないかって思っていたのかもしれません」


「ええ」


「その後、大学を卒業すると、お互い仕事も忙しくなり自然消滅してしまいました」


「そうなんですね」


「そして、新人研修で出会った同期の人は片思いで終わってしまって……」


長々と、自分の恋愛遍歴って言うにはほど遠い拙い経験を話していく。


小林さんはうんうんと相槌を打ちながら聞いている。


あんまり、上手くいってないな私の恋愛。


ちゃんと付き合ったのって、社会人2年目の24歳くらいから2年間くらいだけかも。


とある講演会で一緒に受付をすることになった同業他社の人だった。


意気投合して、その日そのまま飲みに行って。ああ、でもなあ。楽しい日々はあまり続かなかったな。


不満がだんだん溜まっていって……。




「すると、今まで、結婚を意識した人はいないんですね」


確認するような小林さんの声。


「ええ。結婚なんて、その頃は全然考えてなくて」


「結婚というより恋愛ですものね」


「そうです……ね。恋愛ですね」


「でも今は結婚したいんですよね」


「はい」


「分かっていると思いますが、恋愛と結婚は別物です。もちろん、好きな人と結婚してほしいんですが、ただ好きな人だからって理由だけで結婚はできないし。逆に、好きでないから結婚できないとは限りません」


「え?でも好きじゃない人とは結婚できませんよね」


「できますよ。嫌いじゃなければ、結婚できます。とくに、結婚を前提に婚活をする場合、婚活の相手を好きになるなんて至難の業です」


「至難の業……」


「そうですよ。短い期間で、相手を好きになるなんて難しいと思いませんか?」


「確かにそうですね……」


「最初は、そう、一緒に居て嫌じゃなければ、それだけでいいんです」


「え?でも」


「なかなか、いないものですよ。初めから、一緒に居て嫌じゃない人って。もし、そんな人に出会えたらかなり幸運です」


「そうですか?」


「はい。そして、長い間一緒に居ても、何回あってお話しても、どこかに出かけても、一緒に居て嫌じゃない。居心地がいい。そう思えたら、その婚活は大成功です」


そうか。一緒に居て嫌じゃないって大事だ。


その、真剣に付き合っていたはずの時だって、好きなのに一緒に居たいのに、彼の言動に一喜一憂して、イライラして。


とてもじゃないが、彼と結婚したら毎日心が落ち着かなくて大変だった。


「居心地が良いという思いが、相手への思いやりになり、愛に変化していくんですよ」


小林さんが優しく微笑んでそう言って、ちょっと姿勢を正すように座り直した。




「それじゃあ、結婚条件から教えてください。まず、お相手の年齢は何歳から何歳までが希望ですか?」


そんな風に、条件の調査が始まった。


住まいとか職業とか年収とか。子供が欲しいかとか。再婚でもいいかなどなど。


小林さんがキーボードに指を走らせている。


「ほら、こちらちょっと見てください。高橋さんのご希望に沿う方が、こんなにいらっしゃいます」


そう言って、小林さんがパソコンの画面を私の方に向けた。そこには、スーツを着てかしこまった男性の写真がずらっと並んでいる。


思わず目を見張った。


「ええ?本当に?」


自然にそんな声が出ていた。


一見、とても素敵そうな人ばかり。


ああ、でも、そう。写真が上手に撮れているだけかも。


目を皿のようにして見ていると、だんだん色々な面が見えてくる。


緊張しているのか引きつっている顔。ああ、ちょっと神経質そう。この人はちょっとチャラいな。なんて、思わず自分のことを棚に上げてじろじろと見てしまった。


「どうですか?今の結婚相談所は昔とは違うんです。昔のイメージのように、結婚できなくて藁をもすがる思いで入るのではなく、より良い人を求めてより良い人生をおくる為に入会するんです」


小林さんの余裕の笑顔に、オーラのようなものを感じてしまった。


とどめは、「今、キャンペーン中なんです。入会金と登録料が半額です」との言葉。




ついつい、そのまま契約してしまった。


半額と言ってもそれなりの金額。軽率だったかもしれない。


でも、今、私は結婚したい。もたもたしているうちにどんどん歳はとってしまうし。なんだかんだ言って、若い方が価値が高いに決まっている。


OL生活で貯めたお金。自分の為に使おう。


「よろしくお願いします」


「お任せください」


その場で写真館の予約をしてくれた。写真撮影に同行もしてくれるとのこと。


2,3日中にプロフィールを書いてメールで送るように言われる。そのプロフィールを小林さんが良い感じに仕上げてくれるらしい。


「高橋さんがやる気になってくれてとても嬉しいです。私も精一杯、サポートさせていただきます。頑張りましょうね」


小林さんがぐっと拳を握ってガッツポーズをする。


その日は喫茶店の前で別れた。




写真がすぐに仕上がってきた。私も自分を売り込めるものを精一杯を盛り込んでプロフィールを書く。


「優しいとかしっかりしているなんていう性格に関することは、まあ、どうとでも書けるんで、真実味が出るようにちょっとしたエピソードなどがあるといいですね」


そんな助言をもらいつつ、なんとか形になった。文脈などは、小林さんが訂正してくれる。


『さあ、用意が整ったら、いよいよ婚活に本格参戦です』


小林さんのメールの文字に、気合が入っているように感じる。


1時間後には、また小林さんからのメールが届いた。




『今、高橋さんの写真とプロフィールが公開されました』




~ to be continued ~

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