気になるハル 【4】
ふと顔を上げると、夕焼けになりきらない灰色がかった空が目に入った。
待ち合わせは昨日と同じ。ロープウェー乗り場の前でハルを待つ。
しばらくすると、昨日と同じコートを着たハルが、裾をちょっとひらひらさせてやって来た。
軽く片手を上げる。
それに気が付いたハルが小走りになった。
「ごめん。ちょっと遅れた」
「うん」
「待った?」
「そうでもない」
そう言うと、ハルが困った犬のように眉間に皺を寄せるようにして私を見た。
「なんか、怒ってる?」
「怒ってないよ」
そっけないハルからのLINEに一喜一憂していた自分を思い出して、少し不機嫌な声になった。
「そう?なら、いいけど……とりあえず、行こうか」
ハルが歩き出した。
ハルの後をついて行きながら、昔からある汽車道を渡った。
何年か前にできたロープウェー。実は一度も乗ったことがない。
値段も高いし、汽車道を通った方が情緒がある。
外国からの観光客やアツアツの恋人同士くらいしか乗らないのではないだろうか。
「なんで、後ろ歩いてるの?」
ハルが振り返った。
「え?あ、うん」
私は、足を止めたハルの横に並んで歩きだした。
「どこに行きたい?」
「どこって。本当はもっと昼間から健康的に過ごそうって話だったのに。もうすぐに暗くなっちゃうよ」
「だって、気が付いたら、夕方だったから」
あたりまえのようにそういうハルに、溜息をついた。
ん?と言う顔で私を見ている。
長い前髪が揺れている。
まあ、ハルはこういう人なんだな。変に納得した。
結局、赤レンガ倉庫のレストランに入った。
まだ夕食には早い時間なのに、随分と混んでいる。コートのポケットに手を入れて、飄々と列に並んでいるハルが不似合いだ。
待っている間に、ふとお店の棚に目をやると、近くのライブハウスのチラシが30枚ほど積んであった。
――昨日の結婚相談所のパンフレットもこんなふうに置いてあったな。
ふと、思い出す。
そう、そうだよ。私、結婚相手を探してるんだった。
微妙な恋愛ごっこをしている場合ではない。
思わずフルフルと首を振った。
「どうしたの?」
ハルが小首をかしげて聞いた。
しばらく待ってテーブルに案内されると、まず軽い飲み物を注文した。
さあ、私がしなくちゃいけないことは何?
もちろん、ハルの身元調査よ。
どんな人なのか、聞かなくちゃ。ハルが私の結婚相手として合格かどうか見極めるんだからってすごい上から目線だけど。
でも、私、ハルのことについて、全く知らないんだから。
「ハルって何のお仕事しているの?」
何気ないふりを装って、グラスを持ち上げながら聞いてみた。
「仕事?」
「うん」
「会社員だよ」
「何の会社?」
「製造業」
「私も知っているような会社?」
「どうかな?なんで?」
「気になるもの」
「そうなの?」
「うん」
「ミホは○○製薬だよね」
「そう、よく覚えてるね」
「昨日聞いたばかりだから、覚えてるよ。そこで何の仕事をしてるの?」
「営業資料を作ったりとか、会場を手配したりとか」
思わず、指を顎に当てて視線を上にあげながら思い出すように話している自分がいた。
「けっこう重要な仕事?」
からかうような声。
「そうよ。重要な仕事よって、いいの、私のことはいいの。ハルは何をしているの?」
「品質管理かな」
「かなって」
「まあ、そんなとこ」
そう言うと、ハルがウェイターに向かって軽く手を挙げた。おつまみのようなものを注文している。
それが終わると、綺麗な黒目がちな瞳でじっと私に視線を合わせてきた。
「ね、ミホは俺とこんな風に出かけていていいの?」
「?どういう意味?」
「彼氏とか、いないの?」
思わず、息を飲んだ。
どうして、こっちの話に持って行くんだか。
「いないの?」
もう一度聞いてきた。
「いないわよ」
嘘をついてもしようがない。
「え?そうなんだ。いつから?」
「なんでそんなこと聞きたいの?」
「だって、別れたばかりだったら、その人のことが気になってるかもしれないし」
まったく、ハルはなんでこんな言い方するんだか。
それって、勘違いしそうじゃない?
かくいう私も勘違いしてしまいそうになっているけど。
~ to be continued ~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます