出会いはネットサークルで? 【7】

ハルがほんの少し顔を上げるようにして、その女性を見る。

「ああ、うん。豆太郎に来るように言われた」

「だから来たの?」

「そうかな」

ハルが自分でも分からないように軽く首を傾げる。

「ハルらしいね」

そう言われて、ハルが困ったように私を見た。

ハルの視線を追って、女性メンバーの視線も私に向けられる。

「ミホ、よろしくね。私、さやか」

そう言って、微笑む。

「あ、よろしくお願いします」

慌てて、頭を下げた。

「そんなかしこまらなくていいのよ。ほら、ハルみたいに自分らしく勝手にしてていいんだからね」

ハルの背中をポンと叩く。

「どういう意味だよ」

視線を伏せたまま、ぼそっとハルが呟いた。

思わず笑みが漏れて、その勢いで、さやかさんに微笑み返してしまった。

ピクっとさやかさんのこめかみが引きつった気がする。

「ハルってね、あんまりオフ会参加しないのよ。Zoomでやる定例会?もいないしね」

「いいだろ」

「よくないよー」

さやかさんがハルの腕を取ってグラグラ揺すっている。

ハルへのスキンシップがけっこう激しい。

なんだろう。これって、マウントを取られているって言うのかな?牽制されている?

まあ、さやかさんの態度がいかにもハルに気がありますって感じだし。

「ミホ、なに飲む?」

相変わらず、下から救い上げるようにしてハルが私の顔を覗き込んだ。

いつの間にか空になっていたグラス。

「あ、ええと」

さやかさんの視線を感じる。恐る恐る視線を上げるとさやかさんと目が合った。

「ここのハウスワイン、赤もいいけど白も美味しいのよ」

ニコッと目を細めて、さやかさんがそう言って、「ね?」と言って、ハルの顔を見る。

ハルはさやかさんではなく私の方を見たまま頷いた。

飄々としたハルが軽く手を挙げてウエイターを呼び止めると、白ワインをボトルで注文する。

「ボトル?」

「俺も、飲もうかな」

確かに、ハルの赤ワインも空になっていた。


その後も、さやかさんはハルに纏わりついていたけれど、ハルはなぜか私と話したいみたいで。

まあ、何を気に入ってくれたのかは分からないけど、なにげにモテそうなハルが私の傍を離れないのは嬉しい気もする。


そうこうするうちに、けっこうな時間が経ち、一次会がお開きになった。

「じゃあ、これで一次会はお開きと言うことで。二次会に参加する人は、店を出たら俺の周りに集まってください」

今日の幹事を任されたと言う、熊さんがちょっと声を張り上げている。

熊さんはその名の通り、体格が良い。顎髭を生やした丸い顔をしている。

「二次会行く?」

こそっと、ハルが聞いてきた。

「あ、えっと、どうしようかな」

言葉を濁していると、きりんとあおちゃんがやって来た。

「ミホ」

「きりん、あおちゃん」

二人の顔を見て、なぜかほっとした。

「あの、私、お手洗い行ってくる」

あおちゃんが私に向かって、おずおずと口を開く。

ああ、うん。一緒に来てってことよね。

「じゃあ、私も行ってくる。きりん、ちょっと待っててね」

ハルがちょっと拍子抜けしたように突っ立っていたけど、まあ、いいか。

歩き出して、ふと我に返った。

そうだ、まあいいかって言ってる場合じゃない。

出会いは繋げないと。私、結婚相手を探しに来てるんだから。

もしかしたら、ハルだって実はお金持ちのいいとこのボンボンかもしれない。

凄いIT企業とかに勤めているかもしれない。

慌てて振り返ると、すでにハルの姿はなかった。

きりんがぽつんと一人でスマホを見ている。

あれ?帰っちゃった?

連絡先、聞いてない。ああ、もう、私の馬鹿。


連れ立って行ったトイレであおちゃんと並んで手を洗っていると、目の前の鏡を見ながらあおちゃんがぽつんと呟いた。

「やっぱり、豆太郎って人気だよね」

「ーーうん。そうなんだね。びっくりした」

私の返答に、諦めたようにちょっと視線を下げる。

その様子に、慌てて言葉を付け加えた。

「でも、ね、決まった人はいないみたいじゃない?」

「そうかな」

軽く首を傾げている。視線は下を向いたまま。

「あおちゃん、可愛いんだから。頑張れ!」

思わず、応援してしまった。

「ありがと」

ニコッと青ちゃんが私を見て微笑んだ。

ーー可愛い。

あれ、でもちょっと待って、もしかして、これって牽制された?いや、ライバルともみなされていないのかな?

どっち?

あらためて、あおちゃんを見たけど、よく分からなかった。


ハンカチを出そうと、鞄の脇のポケットに手を入れると、カサッと指に触れる物。

手に取ってみると、このイタリアンのお店のカードだった。

訝し気にそのカードを掲げてみる。裏返すと、そこには「Line ID ○○○○ ハル」の文字。

思わず、目を見張った。

え?いや、なに?ドラマみたい。

でも、ハルだったらこんなことするかもしれない。

だって、ハルって自分に酔ってそう。でも、まあ、それが似合うところが何とも言えない。

でも、私の人生にこんなことが起きるなんてね。

ちょっと、ドキドキと動悸がうるさい。

「ミホ、どうしたの?」

私の様子を見て、あおちゃんが瞳をぱちぱちとしている。

慌てて、たぶんニヤけていただろう顔を繕う。

「何でもないよ。さ、行こう」


あおちゃんと一緒にきりんの元に戻った。

その頃には、すでに他のメンバーの姿はなく。

「あ、あれ?皆いなくなっちゃったの?」

「うん。二次会行くって。一応、場所は聞いておいた」

きりんがスマホを掲げる。

「さすが、きりん」

「でも、どうする?行く?」

「私はもう帰ろうかな」

あおちゃんが呟くように言う。ちょっと疲れたような顔をしている。これ以上、豆太郎の人気を見せつけられるのも、嫌なのだろう。

「私も、帰ろうかな」

たぶん、二次会にハルはいない。今日、この後、他のメンバーの中から結婚相手を見つける気にもならなかった。

「じゃあ、俺も帰るよ」

きりんが店の扉を押して、あおちゃんと私を先に通してくれる。

ふと、扉の横の棚に置かれたパンフレットが目に入った。三つ折りにされた用紙に印刷された”結婚“の文字。

思わず、手が出ていた。すっと、一部取り上げる。

きりんもあおちゃんもその私の行動を気にした様子もない。


そのまま、今日のオフ会の話をしながら三人で歩いて、駅で二人と手を振って別れた。

あおちゃんときりんは同じ電車らしい。ほほえましく思いながら、二人のうしろ姿を見送った。

背の高いきりんが背中を丸めて一生懸命あおちゃんに話しかけているようだ。

がんばってね、きりん。

思わず、心の中で呟いていた。あおちゃんには豆太郎よりキリンが似合う気がする。

私の結婚相手としても、穏やかそうでしっかりとしいるきりんみたいな人なんて最適かもしれない。

そうか。そうかもしれないな。

トキメキとは違うけど、安心感がある。私にも、きりんみたいな人がいてくれたらなあ。

でも、そう、それに比べると……。

鞄のポケットには、さっき慌てて押し込んだハルのLINE IDが書かれたカードがある。

ハルかあ。

ちょっと魅かれちゃうのもしようがないよね。

そう言い訳してポケットからそのカードを摘まみだそうとすると、三つ折りの用紙が一緒にでてきた。

あ、そうだ。

さっき、お店の入り口に置いてあったパンフレット。

三つ折りを開いて見ると、結婚相談所のパンフレットだった。

へえ、結婚相談所か。マッチングアプリとはちょっと違うのよね。

格式ばった形で、ちょっと敷居が高い。きっと値段も高い。

まあ、家でじっくり見てみよう。

そのパンフレットはもう一度、鞄のポケットにしまいこんだ。


それよりも……。

ハルの Line ID の書かれたカードをちょっと掲げてみた。


~ to be continued ~

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